1 プロムに向けて
本格的にプロムに向けた準備が始まった。相手がいない学生たちがそわそわしている感じがするのは気のせいではないだろう。お茶会に使える共同学習室の使用頻度も上がっている。
その使用頻度に拍車をかけているのが、フォンとニゲラだ。ほとんどは自分との3人のお茶会だけど、それだけではない。二人が一緒に開催して令嬢たちを招くという、今までになかった試みが時々行われている。
「昨日のお茶会はいかがでしたの?」
「うん。アリサで癒されたい」
「答えになっておりませんわ」
デレたネコのように甘えてくるフォンの頭をよしよししつつ、ニゲラに視線を向ける。
「失礼を承知で言うなら、ギラギラとした獲物を狙う目を向けられるのは心地いいものではなかったな」
ニゲラはニゲラで、さりげなくもう片方の手を取って頭に乗せられた。平等に撫でろということだろうか。よしよししておく。
イスの位置が近い横並びなのは、自分たちの中ではもう定番になっている。
「ニゲラ兄様は、長く話してる子がいたよね?」
「まったく興味を持てぬ話題を永遠と一人で話された記憶ならあるが。フォン様こそ、いい雰囲気の令嬢がいたであろう?」
「話しててもまったくおもしろくなかったけど?」
(うーん、困りましたわね……)
何が起きているのかは、考えなくてもわかる。
自分との関係は、フォンかニゲラに他のパートナーができるまでだ。二人とも、プロムまでに相手に他のパートナーを作ろうとしているのだろう。
徹底的に仲良くすると言いつつ、ちょっと面倒な感じになっている。
「まあ、そもそも公爵家は多くないから、同年代で僕らと家格がつり合うのって、トゥーンベリの姉妹だけだからね。仲よくなったところでその先はないんだけどさ」
「上や下にはいらっしゃるのでしたっけ」
「上はけっこう離れててもうみんな結婚してるし、下は5歳以上下で、まだ完全に子どもだね」
「トゥーンベリとの縁談がまとまらぬ場合は、下の世代になるのであろうが」
「プロムはそこまで考える必要はなくて、一緒にいたい人といていいから、ワンチャン僕らとっていう感覚の子は多いよね」
生徒会メンバーには軽く今の関係を話してハイドに大笑いされたが、他から自分たちの関係について疑われている様子はない。仲がいい幼なじみや生徒会仲間の延長として、よく一緒にいると思われている感じだろうか。
「最近思うのであるが。拙は追われるより追う方が好きなのかもしれぬ」
「自分に興味がない子の方がいいってこと?」
「うむ。迫って泣かれたのにはゾクゾクした故」
(え)
ニゲラは何を言っているのだろうか。キスをされて泣いた時のことだとしたら、罪悪感を返してほしい。
「……失言であった。もうそんなことはせぬが、それはそれで悪くないというか……」
「じゃあアリサがニゲラ兄様にデレデレになったら?」
「……ただただかわいい」
「ダメじゃん! それただアリサがいいだけじゃん!」
つっこんで、フォンが疲れたように肩を落とす。
(仲はよくなっている気はしますけれど)
他人行儀だった部分が抜けて、お互いに気安く本音を言えるようになっているとは思う。
「はい、アリサ。あーん」
「ん」
フォークで差し出されたチョコレートケーキをありがたくいただく。おいしい。幸せだ。
「チョコレートもフォン様が作られていますの?」
「カカオからってこと? それはさすがに大変だからね。板状に固めて運んできてもらってるよ」
「拙も何か作れるようになれたらと思うのだが、何がよかろうか」
「えー、アリサに作ったものを食べさせるのくらいは独占させてほしいんだけど? 僕のライフワークだから」
(いつの間にライフワークになりましたの……)
つっこみたいけれど、イヤではないどころかむしろ嬉しい。そしておいしい。もぐもぐ。
「ふむ。ならば拙はドレスのデザインを形にしてもらうのがよかろうか。アリサ、プロムのドレスは拙が贈っても?」
「じゃあアクセサリーは僕がプレゼントするね。もちろん、豪華なネックレスも」
(フォン様、ネックレスは首輪だとおっしゃっておりましたわよね?)
めちゃくちゃいい笑顔の裏にはそんな意図しか感じない。
「お気持ちはとても嬉しいのですが、両親が張り切って用意しているところだと思いますわ。トゥーンベリも公爵家として力を入れたいところかと」
「残念」「残念だ」
二人の声が重なる。
どちらもプロムでエスコートしてくれる気が満々なようだ。このままだと2人にエスコートされる浮気性な悪女コースまっしぐらな気がする。




