11 とんだ悪女ですわ
花火が上がった。闇夜に咲く大輪の花は、この世のものとは思えないほどに美しく輝いて、一瞬で散る。
目の前の湖の中ほどで上げられているため、上がる瞬間は大きな音がする。弾けると火薬のにおいも漂ってくる。すごい臨場感だ。
「キレイですわね」
「うん。アリサの方がキレイだけどね?」
「ふふ。同じタイミングでどれだけのカップルが同じことを言っているのでしょうね」
笑って答えて、いや違うと頭の中でつっこむ。今自分はフォンと恋人の関係にはない。訳がわからないまま、ニゲラとの二重関係を受け入れてしまっていた。
(ニゲラ様とちゃんと話さないといけませんわね……)
反対側のニゲラを見ると目が合った。その表情からは、何を考えているのかがまるで読み取れない。
袖を引いて、花火の音にかき消されないように耳元に顔を寄せる。
「ニゲラ様、お話ししたいのですが……」
「ああ。湖畔を散歩しようか」
迷いなく手を取られて、もう片手にランタンを下げてニゲラが歩きだす。気を悪くしている感じではなさそうだ。
当たり前のようにフォンがついてくる。毎回異性とのお茶会に現れていたころを思いだす。
「あの……」
フォンを見やってからニゲラを見上げる。
「構わぬであろう」
「……ニゲラ様がそうおっしゃるなら」
フォンにも一緒に聞いてもらった方がいい話ではあると思う。
ゆっくりと歩いているのに、これから話すことを考えると心音が速くなる。けれど、意を決して話さないといけない。息を吸って、ゆっくりと吐き切って、もう一度吸ってから切りだした。
「わたくし、ニゲラ様に謝らないといけないことがございますの」
「ふむ?」
「……どうしても、フォン様が好きで」
「ああ。そうであろうな」
(え……。「そうであろうな」? 「そうであろうな」って、どういうこと???)
ものすごく勇気を出して言ったのに、返ってきた言葉は羽根より軽い。
「……ご存知だったのですか?」
「初めから、思いあっているのではないかと聞いていたと思うが」
「そのころはまだ、そういうわけでは……、なかったと思うのですが、そう見えていらしたのですか?」
「アリサより、フォンの方か。作った笑みではない素顔を、拙はあのお茶会で初めて見た。アリサもフォンに対して気負いがなかったから、気安いのだろうと」
「そうだったのですね……」
「アリサが以前よりフォンを目で追うようになったのは、武術大会の模擬戦の後くらいからであろうか」
「ううっ……、完全に隠しているつもりでしたわ……」
ハイドにも同じことを指摘されている。そんなにわかりやすかっただろうか。恥ずかしすぎる。
「それでも拙の隣に立ってほしいと願ったのは拙のワガママだという自覚はある故、申し訳なさもあったが。フォンのためであっても望みが叶うのならそれでよいと思っていたのだよ」
「すべてわかった上だったのですわね……」
侮っていたつもりはなかったけれど、ニゲラ・ラナン・テオプラストスというもう一人の王子を侮っていたのかもしれない。第一王子の彼もまた、聡明だ。
「では、今日のフォン様の態度の変化は……」
「建国記念式典の際には、付き人が離れて拙と二人になれるタイミングがわずかにあるのだが。そこで協定を提案されたのだ」
「協定?」
問い返しながら、付き人たちの位置を軽く確認する。見えるけれど近すぎない場所だ。このまま話しても聞こえないだろう。
ニゲラの代わりにフォンが答えてくれる。
「うん。僕らの敵、どっちにとっても一番イヤなのって、僕らが仲良くしてることでしょ? だからお互いのために、徹底的に仲良くしようって。アリサも共有してさ。そうしたらみんな幸せじゃない?」
後ろから手を取ってきたフォンは、花火を背景にものすごくいい笑顔だけど、何を言っているのか。
「フォンはたまに突拍子もないことを言い出すのであるが。かつてないレベルとはいえ、利害は一致していると判断している」
「僕が国王になってもニゲラ兄様が国王になっても、お互いに便宜をはかったり支えたりするっていう協定でね」
(なるほど……)
ニゲラの治世にはフォンが必要だと、ニゲラは言っていた。フォンにとっても足を引っ張られる心配がないのは大きいだろう。
ニゲラと本当の意味で二人きりになるタイミングを作るためにも、建国記念式典に行くことにしたのかもしれない。
「平等にするために、アリサに対してはどっちにも許されているところまでっていう約束にしたんだ。だから、唇へのキス以上はナシね。アリサがニゲラ兄様にも許すまでは」
大切そうに手の甲にキスをされたけれど、それが一番わからない。
「……わたくしがニゲラ様とキスをできるようになったら、フォン様とも解禁される、ということでしょうか」
「うん。楽しみだね?」
本当にいい笑顔だけど、本当に待ってほしい。恋愛とかキスとかはそういうものではなかったはずだ。
「その点はアリサがよければと言ったのであるが。フォン様? 盛大に引かれている気がしているが?」
「アリサはイヤ?」
今にも捨てられそうな子犬のような懇願の表情をするのはやめてほしい。
イヤかイヤではないかという感覚の話なら、正直、イヤではない自分にも困っている。
ニゲラは政治的な意味で受け入れている部分もあるのだろうが、傷つけない形でフォンともいられるなら悪い話ではない。フォンが全面的にバックアップする前提なら、ニゲラが王になることも反対なわけではない。ニゲラのことは人として好きだし、できる範囲では力になりたい。
けれど、現実的だとは思えない。
「……将来的にはどちらともとは参りませんわよね?」
「どっちかに他にパートナーができるまでっていう約束にしたから、そこは問題ないよ。プロムまでにそうなればいいし、ならなくても、プロムでは二人のエスコートを受けた前例もあるからね」
「浮気性の人みたいですわね……」
頭を抱えたい。
けれど、フォンがなぜこうしたのかはわかった。
ニゲラの許可を得れば堂々とそばにいられる。その上で、ニゲラに他の女性を当てがえば解決だと思ったのだろう。
「……わかりましたわ。ただし、条件がございます」
「何?」
「何であろうか?」
「学友の前では控えてくださいませ。はたから見たら、わたくしがとんだ悪女ですわ……」
「あっはっは!」
フォンが盛大に笑う。
「アリサに悪女ってまったく似合わないけどね」
「二人の王子を侍らせている公爵令嬢なんて、悪女でなければなんなのですか……」
ニゲラがククッとおかしそうに笑う。ニゲラが笑ったところは初めて見る。のに、それがこんな話でいいのだろうか。
「じゃあ、みんなのところに戻るのはもう少ししてからね」
フォンが静かに言って、腕を取って頬を寄せてくる。
「うむ。全面的に賛成しよう」
反対側からはニゲラに肩を抱かれる。
(花火、キレイですわね……)
見上げて思考を放棄した。
お読みいただき、ありがとうございます。
第4章完結です。
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いよいよ最終章に入ります。最後までお楽しみいただけると嬉しいです。




