10 キツネにつままれている気がする
ものすごく混乱している。
建国記念式典の後から夜になった今までずっと、ニゲラとフォンの両方から恋人のように扱われている。具体的には、2人ともスキンシップが過剰だ。
手をつなぐのはデフォルトで、手の甲にキスを落とされることもあれば、肩を抱きよせられたり、頭を撫でられたりもする。どちらからも、だ。
ニゲラはいい。公に彼氏の立場だ。唇のキスより手前は、してもいいと話してある。
けれど、フォンはなぜこれほど堂々と触れてくるのか。ニゲラもなぜそれを許すのか。何時間経ってもわからない。
ガーベラ、ウルヴィ、ハイド、アルピウムの4人も、自分と同じようにキツネにつままれているような顔をしている。
「夜の花火は城の裏にある湖で上げられるから、城の裏庭から見るのが一番キレイなんだよね。みんなで行かない?」
フォンがものすごく簡単そうに聞いてきたけれど、普通は貴族であっても簡単には入れない場所だ。
「そもそもボクらが入る許可は取れるのですか?」
同じ疑問を持ったのだろうハイドが、メガネをクイっとしながら尋ね返す。
「うん。朝登城した時に友だちを連れて来るかもって言っておいたから問題ないよ」
まるで一般市民の家のような感覚で言われても困る。
「あの、ニゲラ様から提案された国王陛下への謁見を、ニゲラ様の卒業後にさせていただいたので。わたくしとしては今伺うのは気まずいのですが……」
記念式典であれば、自分はただの来客のうちの一人だ。直接顔を合わせる可能性は限りなく低かった。けれど、フォンやニゲラの友人として訪ねたら、挨拶をする必要がある可能性が高い。
「その点は問題なかろう。建国記念日の花火の時には、父上は自室から見る習わしがある故。閉め切って誰とも接点を持たぬと思う」
「建国記念日ってね、偶然、ニゲラ兄様の母上の誕生日でもあるんだって。だから父上にとっては二つの意味があるんじゃないかな。花火を上げるようになったの、彼女が来た後からみたいだしね」
「それは……、精巧な花火の技術自体が、母上と共に来た者たちによって伝えられたからであろうが」
「話を戻すと、友だちといる時には邪魔しないでって、ちゃんと思春期の息子らしいワガママを言ってきたから、母上からも横槍はないと思うよ」
フォンが用意周到すぎる。それならと全員が頷いて、お城の裏庭にお邪魔することにした。
城の敷地内に入るタイミングで認識阻害の魔道具は外す。1日に2回もここに来るとは思わなかった。
庭が広いため、奥に行く今は引き続き馬車に揺られる。だんだんと夕闇が迫ってきて、オレンジと藍色のコントラストがキレイだ。
さすが王宮の庭なだけあって、木々はよく手入れがされている。
(あれはブルーベリーで、ラズベリーに……、オリーブ、レモン、オレンジ、ブドウ……)
思いのほか、食べられる実がなる植物も多いのが楽しい。
(おなかが空いてきましたわね……)
一昨日からいろいろと食べてきているのに、時間が経つと当たり前のようにお腹が空くから不思議だ。
「そうそう、夕食はバーベキューを用意させておいたから」
フォンがさらりと言った。嬉しいけれど、それ以上に驚きが大きい。
「わたくしたちが来るのを断るかもという発想は……」
「ないよ? 僕が本気で叶えようとして叶わないことはないからね」
言葉とともに、握られていた手に頬を寄せられる。
フォンがそんなことを言うのは初めてだ。なんとなく、自分自身に言い聞かせているような気もする。
進む方向の木々の間に建物らしきものがちらちらと見える。平屋で、下級貴族の邸宅のような装いだ。周りの木が比較的高く、このあたりまで来ないと目に入らないだろう。
(庭師が住んでいる場所かしら?)
さすが王宮内は庭師に対しても扱いがいいのだなと思う。
到着した場所には、炭火に焼き網がセットされたもの、下処理がされた食材、十分な数のランタン、飲み水と火消し用の水が準備されていた。すぐそばには井戸もある。
控えているのは城付きの使用人だろうか。調理もすると言う相手を、自分たちでやるからと言ってフォンが帰す。
付き人に指示をするのかと思えば、フォンが率先して焼いていく。
「わたくしも手伝いますわ」
「うん。肉類は脂が落ちた時に火が上がることがあるから気をつけてね」
「お詳しいですわね」
「料理人が信用できない時は自分で料理してたからね」
相変わらず何事もないように言うけれど、それは大事ではないだろうか。
(一国の王子、王太子がする生活ではありませんわよね……)
生きあがいているだけだと言っていたフォンを抱きしめて、全力でよしよししたい。今はできないけれど。
そう思ってフォンを見ていたら、ふいに頬にキスをされた。
(待ってくださいませ……)
二重の意味で心臓が持たない。
ちらりとニゲラの方を見ると、目が合って頷かれた。
まったく意味がわからないが、フォンのこれらの行動はニゲラの公認だと思っていいのだろうか。
非日常的な空間で非日常的なことをするのは、すごく楽しい。その場で焼いた肉や野菜も最高においしい。食事は毎日バーベキューでもいい気がする。いや、他のおいしいものも食べたいから捨てがたい。
「デザートはスモアだよ」
「スモア?」
「マシュマロやチョコレートが、少しずつ市井に出回り始めたでしょ? それで、裕福層が始めた贅沢な食べ方なんだけど……」
そのまま食べてもおいしいマシュマロを、フォンが串に刺す。なんとなく痛い。それを炙って、軽く焼き色がついた状態で、チョコレートを乗せたクラッカーで挟む。
「はい」
「いただきますわ」
差し出されたそれをパクッとひと口。
「おいしいっ!」
思わず砕けた言い方になってしまったのは許されたい。マシュマロがとろとろで、チョコの甘さと絡まって、ビスケットのほんのりとした塩気とも相性がバツグンだ。
「フォン様は天才ですわね!」
「ははは。僕が考えたわけじゃないけどね」
フォンが楽しそうに笑う。それだけで満たされる感じがする。
今この場所でだけは何も問題がないかのような時間が、とても愛しい。




