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追放令嬢の妹には復讐の才能がない! そして復讐相手は愛が重い  作者: 亞月こも
第4章 変わる関係の中で悪女(?)になる
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4 大人にならないといけませんわね


 大人になる。

 その言葉には、感情を殺して、場に即した行動をとれるようになるという意味が含まれている。

 貴族の子女として、政略結婚は当たり前だ。好きになった人としかいられないなんていうのは、むしろ子どもじみた甘えだろう。


 嫌いな人ではない。人としては、ニゲラのことも好きだ。自分の意思を無視された政略結婚でもない。自分が選んだ道だ。それだけでも、かなり恵まれている。

 地位が低い貴族の令嬢の中には、ヒキガエルのような老人の後妻に入るしかなかった話も聞く。自分たちは、そもそも生まれながらにして政治のための道具でしかない。あやうくそれをはき違えるところだった。


(大人にならないといけませんわね……)

 それが、一晩考えた結論だ。


 頭ではそう結論づけたのに、もう一度だけでもフォンに触れられたいと思ってしまうなんて、本当にワガママだ。

 ハイドの母親は地位も子どもも捨てて、真実の愛のために出奔したのだという。それは間違っていると思うけれど、少しだけ気持ちがわかるようになってしまった。


 建国祭には、あと2日いる予定だ。

 当初思っていたように、ちゃんとニゲラとの距離を縮めたい。

(あの失態を取り戻すには……、自分から、するしかないですわよね……)

 できるのか。いや、やるしかない。そう思って、そんな思いで触れるのは不誠実だとも思う。


 いっそニゲラの性格が悪くて嫌えたなら、ひどい態度を返しても心は痛まなかっただろうか。近づいて知った彼は、あまりにいい人だ。彼に恋をしていなくても、人としてちゃんと大事にしたい。

(傷つけてしまいましたわよね……)

 まずはそれを謝るのが先だろう。


 起きるのを面倒に思いながらも、もそっと起きる。

「おはようございます、アリサ様」

「おはようございます、ミズキ……」

 挨拶を返したらギョッとされた。


「アリサ様、こちらへ」

 すぐに部屋から連れ出されて、洗面所に連れて行かれる。

 鏡を見て自分も驚いた。どう見ても泣き腫らした状態だ。身に覚えはありすぎる。


 濡らしたタオルで冷やされて、お湯で温かくしたタオルで温められて、目元をマッサージされた。それからいつもより入念な化粧をされる。それほど違和感なく、見られる見た目になった。

 付き人兼護衛として学舎に行く時につけられた、ミズキが有能すぎる。これほどの人材を両親はどこで見つけてきたのだろうか。


 昨日と同じようにみんなと合流して、馬車で昨日とは違う道へと向かう。


「アリサ嬢。今日はみなと一緒に回るのがいいだろうか」

(アリサ嬢……)

 ニゲラから呼び方を戻されたのは、心の距離だろうか。そう簡単に失態は取り戻せないのだと思いつつ、首を横に振った。


「いいえ、ニゲラ様。わたくし、今日もニゲラ様と2人がいいですわ」

「そうか」

 短くうなずかれたが、どことなく空気が微妙だ。


(こうやって少しずつすれ違っていくのかしら……)

 自分の両親は仲がいい。意見が合わない時もあるけれど、関係が冷えていると感じたことはない。だから、夫婦は仲良くいられるものだと思っていた。

 国王と王妃のような表面上の協力関係の方が貴族らしいのだろうか。もしニゲラとそうなっていくのだとしたら、それは自分の罪だと思う。


 馬車を降りるのと同時に、みんなと別れてニゲラと歩く。

 昨日のような楽しい雰囲気にはならない。腫れ物に触るような感じだろうか。

 ひとつ息を飲んで、自分からニゲラの手を取った。驚いたような目が向いて、一緒に邪魔にならない道の端に寄る。

 彼の手を両手で包むようにして、祈るように胸元に運んだ。


「ニゲラ様。昨日は申し訳ございませんでした。わたくし、ニゲラ様のこと、人として好きです。傷つけるようなことはしたくないですし、大事にしたいと思っております。

 ただ……、男女になっていくのには、時間をいただきたく思っております」


 ニゲラの手に力が入り、軽く握り返される。

「昨日は……、拙がはやって、驚かせて悪かったと思っている。アリサ嬢のペースを待てたらというのは、昨日も言ったとおりだ」

「ありがとうございます」

 本当にいい人だ。

 ニゲラが一瞬視線を泳がせて、言いにくい告白をするように言葉を形作る。


「実は……、みなでとった夕食の後、フォンから2度と泣かせるなと釘を刺された」

「え……」

「次に泣かせたら、どんな手を使ってでも奪い取ると脅された。フォンがあんなにも感情をむき出しにするのを見たのは初めてだ」


 あってはいけない感情が顔を出しそうになって、ぐっと押さえこむ。嬉しい、なんて。あまりにニゲラに失礼だ。


「フォン様の誤解はわたくしが解きますわ」

「いや、泣かせたのは事実であるからな。誤解ではあるまいよ」

「ニゲラ様とフォン様は、仲がいいのですわね?」

「それは……、アリサ嬢からはそう見えるのだろうか」


「立場上、もっといがみあっていてもおかしくないとは思っておりますわ。ニゲラ様が大人になっていらっしゃるのかもしれませんが」

「兄弟とは言っても、学舎に入るまではほとんど接点がなかった故。同い年の弟がいて、そちらがこの国の正当な後継者らしいというくらいな認識であったな。

 学舎で会ってすぐは接し方がわからなかったが、ウィステリア嬢の取りなしもあって、互いにほどよい距離に収まったと思っている」


(姉様……!)

 意外なところで姉の名を聞いた。フォンの婚約者だった姉と、フォンと、ニゲラ。この3人の中には自分が知らない1年が、確かに存在しているのだろう。

 そう思いつつも、今はもっと重要なことを聞きたい。


「……フォン様がこの国の正当な後継者だと、ニゲラ様は思っていらっしゃるのですか?」


 ニゲラがハッとしたようにして、よりひと気がない方へと誘導される。距離も近くなったのは、恋人のそれではなく、内緒話のそれだろう。


「前にも話したが、拙の半身はこの国のものではない。であるならば、本来的には、フォンが継ぐべきだと考えていた」

(過去形……)

 今はそうではないということなのだろう。


「……お考えが変わられたのには理由があるのですか?」

 考えるように一拍置いてから、ニゲラが答えてくれる。

「拙の半身……、母方の同胞から、何百年とこの国に尽くしてきたのに、未だにこの国の者として認められないという話を聞いた。母上が王妃として迎えられ、この国での市民権や人権が保証されるものと期待していたそうだ。……現実は、同胞たちが望む方向にはならなかった」


「それで……、ニゲラ様を王に立てたいと」

「うむ。その願いは切実であろう?」


 なぜだろうか。正直に話してもらっている気はするのに、それだけでは弱いように思う。

 立場的な話は、学舎に入る前から耳にしていたはずだ。自分との最初のお茶会から学舎祭までの間に叛意したことへの説明はつかない気がする。


(そこまでは……、まだ話せるほど近くない、ということかしら)


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