2 建国祭と認識阻害の魔道具
国王陛下への挨拶は、ニゲラの学舎卒業時に先送りしてもらえた。安心して、生徒会メンバーで王都に来ている。
王都自体は初めてではないけれど、お祭りの準備がされている賑やかさにはわくわくする。
公爵家はみんな王都に別宅を持っていて、もちろんトゥーンベリ家もある。男性はハイドのマクロフィア家の別宅、女性は自分の別宅に泊まるということで、学舎と保護者の外出許可を得た。
夕食はマクロフィア家でお世話になり、ガーベラとウルヴィをトゥーンベリの別宅に案内した。自分の付き人兼護衛のミズキと、ガーベラの付き人も一緒だ。
別宅の管理人に挨拶をすると、友人分を含めてお気に入りのケーキ屋のケーキを取り寄せてあるという。さすが長年の使用人だ。
食べながら楽しく話してから、身支度を整えて来客用の寝室に入る。元々は2人部屋だけど、作りは広いから、付き人を含めた5人で泊まれるように調整してもらった。
初めて来る場所のはずなのに、ガーベラの付き人はどことなく慣れている気がする。少し不思議に思いながらガーベラに尋ねる。
「そういえば、ガーベラさんの付き人さんはお名前をなんとおっしゃいますの?」
もうずいぶん長く会っているのに、聞く機会がなかったなと思う。もっとも、貴族が友人の付き人の名前を知っている方が珍しいから、知らないことに問題はない。
なにげない会話くらいな感じで聞いたけれど、ガーベラは一瞬言い淀んで、付き人本人を見た。
(ガーベラさんも忘れたのかしら?)
そういうタイプだとは思っていなかったから意外だ。付き人がぺこりと頭を下げる。
「ウィスリーと申します。どうぞお見知り置きを」
「改めてよろしくお願いいたしますわ」
姉、ウィステリアに少し響きが近くて親近感を持った。
翌朝、朝食前にマクロフィア家の別宅に集まった。朝食と昼食は祭りの中で済ませる方向だ。
出発前に話すことがあると言われ、来客用のホールに通される。テーブルの上に、マント、帽子、ネッカチーフ、ショールやネックレスなどの装身具が並んでいる。
「僕とニゲラ兄様はこのままお祭りに行ったら大騒ぎになるからね。認識阻害の魔道具を使うけど、みんなはどうする?」
「認識阻害の魔道具、ですの?」
「うん。これ全部そうだよ。気づかれにくいようにいろいろな形のものがあるんだ。
身につけていると、知っている人から『知っている気もするけど、誰だろう』っていうくらいな認識になるの。
身につけるところを見られていると効果がないから、みんなの前で身につければ、みんなには僕たちを認識できるってわけ」
(なるほど……)
フォンもニゲラもこの国の王子だ。変装なしで王都は歩けないだろう。
「せっかくなので、わたくしも試してみたいですわ」
「アリサ様が身につけられるなら私も」
「うちも!」
「人数分用意してよかったですね。もちろんボクも身につけて行きます」
「話のネタとしてはおもしろそうだな」
満場一致なようだ。
フォンはブローチで留めるタイプのマント、ニゲラは装飾的な留め具がついたネッカチーフを選んで身にまとう。
つけるところを見ているからか、特に変わった感じはしない。
フォンがこちらを見て小さく笑う。
「変わらないって思った?」
「はい、申し訳ないのですが」
「じゃあ、ちょっと簡単な遊びをしようか。僕とニゲラ兄様だけをこの部屋に残して、いったん出てくれる? 魔道具をつけ直すから、100数えてから戻って、どっちが僕でどっちがニゲラ兄様かを当てるの。どう?」
「わかりましたわ」
フォンとニゲラはまるで雰囲気が違う。普通なら絶対に間違えようがない。それがわからなくなるくらい、認識阻害の魔道具は凄いのだろうか。
期待とともに部屋を出る。他のメンバー、自分たちの付き人も一緒だ。
中にはフォン、ニゲラと、それぞれの付き人だけが残った形だ。
学舎祭の事件の後、フォンには改めて若い付き人がつけられている。水色の髪の純朴そうな青年で、シノビではないだろう。
ニゲラの付き人は、自分が入学した時から変わらない。黒髪で、おそらくニゲラ派のシノビだ。
「ひゃーく!」
声に出して数え終えて、付き人が開けてくれた扉を入る。
そこには、知っているような知らないような感じがする人が2人いる。
フォンたちの付き人は2人から距離をとり、どちらに仕えているのかわからない位置に移動している。
「えっと……、フォン様とニゲラ様、ですわよね?」
「そうですよ」
知っているような知らないような感じがするうちの1人が、いつもの2人のどちらとも違う口調で答えた。外見と同じように、声も知っているような知らないような感じに聞こえる。
2人とも無表情にしているのもあってか、ぱっと見でどちらかはわからない。
「なるほど、これは凄いですね」
隣でハイドが声を上げた。
「フォン様ともニゲラ様とも2年近く日々を共にしてきたのに、ボクにはどちらがどちらだかさっぱりわかりません」
「私もお手上げですわ」
「うちもわからないです」
「俺もだ」
みんなの声が続く。
その場でじっと二人を見比べる。目で見てもわからない。だから、心が感じたことを口にする。
「なんとなくなので間違っているかもしれませんが。わたくしは、わたくしたちから見て右側がフォン様、左側がニゲラ様だと思いますわ」
二人の表情が驚いたように変わって、向かって右側の人物が帽子を取った。その瞬間、フォンをフォンだと認識できるようになる。
「よくわかったね? 今までこの遊びでちゃんと当てられた人はいなかったのに」
「なんとなく……、ですわ」
そうとしか言いようがない。言葉ではうまく表現できないし、この場で言うことでもないけれど、フォンの方を見ている時には胸がきゅっとしたのだ。愛しいような、それでいて切なくて苦しい、そんな感覚があった。
(ちゃんとフタをしないといけませんわね)
ないことにはできないけれど、ないフリはできる。そうしないといけない。その道を選んだのだから。




