11 いるはずのないもう一体の魔獣
アルピウムがすぐに反応してフォンの方に駆ける。が、動線上にヤロウがいて遠回りになり、一瞬遅れた。
ニゲラが横からブラッディサンダーホーンに攻撃を入れ、敵のスピードが緩んだところでフォンがなんとか距離をとる。急所は免れたようだが、足元がふらついている。
直後、フォンの体が何かに吹き飛ばされ、自分のすぐ近くの壁に激突した。
「おかしいですわ! さっきも今も、フォン様は何と戦っていますの?!」
「アリサ嬢が言うとおり、まるで、いないはずの何かがいるみたいですね」
ハイドの言葉でハッとした。
いないはずの何か。特定の花の香りに呼び寄せられる魔物。フォンがいた廊下で感じた、ラベンダーの香り。
アルピウムが言っていた、あの魔物を呼びよせる花はラベンダーだった。
「フォン様!!!! 無礼を承知でお願い申し上げますわ! 王家の紋章のブローチをわたくしに!!」
言いながら身を乗り出して腕を伸ばす。
ふらりと立ち上がったフォンが口元の血をぬぐう。
振り向くことも迷うこともなく、服から引きちぎったそれを預けられる。
「ミズキ! わたくしを守ってくださいませ!!」
受け取ったのと同時に、応援席横の階段へと飛びだして駆け上がる。見えない何かの気配が迫って、直後、ミズキが間に入って攻撃を受け止め、その何かを蹴り飛ばした。
「まったく……、無茶をするにも程があります、アリサ様」
「おそらくカリプトラサスケル、姿を消せる魔物が紛れこんでいますわ!」
「はい。そうでしょうね。私が対処する術を持っていなかったらどうするおつもりだったのか……」
淡々とした口調で文句を言いつつも、ミズキがメイド服のエプロンのポケットから何かを取りだし、指に挟んでパチンと鳴らした。そこから発せられた眩しい光に驚いて目を閉じる。
再び開くと、目の前に緑色の巨大なカメレオンに似た魔獣がいる。ギョロリと飛び出した目と、頭の上の頭より大きなトサカが目を引く。
近くの観戦席から悲鳴が上がった。
「あまり知られていないのですが、カリプトラサスケルは驚くと魔力が不安定になり透明化が解けます。この状態であれば、ただの巨大爬虫類と大差ありません」
言葉が終わるより早く、手にした小刀でカリプトラサスケルの首元を切り裂く。青い血が噴き上がり、魔獣はその場に崩れ落ちた。
「さすがミズキですわ。ありがとうございます」
「まったく、本当に……。アリサ様は私を信頼しすぎです」
「ふふ。頼れる付き人兼護衛ですから」
話す間に学舎の警備兵が駆けてくる。
ハッとして、闘技場の中に意識を戻した。
(フォン様……!)
重症に見えた。カリプトラサスケルは引き離したけれど、ブラッディサンダーホーンは残っている。
会場全体から歓声が上がった。
フォンとニゲラの剣が同時に、両側からブラッディサンダーホーンの首を深く切り裂き、その巨体を沈めたようだ。
(よかった……!!!!!)
フォンが無事なら、戦績なんてどうでもいい。
そう思ってホッとした瞬間、フォンがドサッとその場に倒れた。
「フォン様っ!!!!!」
最悪の想定が浮かぶ。彼のいろいろな表情が思い返されて涙があふれる。
(フォン様! フォン様……! シオンっ!!!)




