10 帝王学科武術大会魔獣戦
時間にしてほんの5分くらいだっただろうか。あまり長く付き人を追い出しているのは外聞が悪いから、名残惜しく思いながら離れた。
「この後は武術大会の魔獣戦の準備に入られるのですか?」
「うん。行ってくるね」
「ご武運をお祈りしております」
「ありがとう。学舎祭の片づけが落ちついたら、またお茶会をしようね」
はいとは言えないまま、扉を開けて出るフォンの背を見送る。
ミズキが室内に入ってきて、フォンの付き人がフォンに寄った。
「フォン様、国王様がこちらをフォン様にと」
「父上が? 初めてじゃない?」
「王家の紋章に魔除けの呪いを施させたものとのこと。昨年度に引き続き今年度のご活躍にも期待されてのことでしょう」
「そう?」
ブローチをつける付き人の言葉にそっけなく答えつつも、その横顔は困惑だけじゃなくて、嬉しさもにじませているように見えた。
(ラベンダーの香り……?)
フォンの後から部屋を出ると、かすかにそんな匂いがした。部屋の中にいた時にはしなかった香りだ。
不思議に思ったけれど、この時にはただそれだけだと流していた。
今日出場しない生徒会メンバー、ハイド、バーバラ、ウルヴィと一緒に最前列の応援席に座る。貴族組の付き人はひとつ後ろの席だ。
遠目に、貴賓席に国王と王妃が見える。
開会が宣言され、神学科による応援歌が披露される。続けて、地位が高い順に4人の学生が呼ばれる。予選にあたる模擬戦に勝ち残った4名だ。
「2年、フォン・S・テオプラストス、ニゲラ・R・テオプラストス。1年、アルピウム・N・レオントポディウム、ヤロウ・A・ミレフォリウム」
フォンを先頭に会場に入ってくる。模擬戦の時よりも大きな声援が全員に送られる。
フォンの胸元には、ふだんはつけていない王家の紋章が輝いている。さっき贈られていたものだろう。
最後について出てきたミレフォリウム辺境伯家のヤロウは、先日の模擬戦の時と違って動きがぎこちない。来賓の錚々たる顔ぶれに緊張しているのだろうか。
4人が戦闘開始位置につく。
「全員で魔獣に挑みますの?」
去年の大会を見ているはずのハイドに尋ねる。
「はい。魔獣戦では、一体の魔獣に4人で挑みます。どれだけ魔獣にダメージを与えたかという個人の技能だけでなく、仲間同士での連携や補助なども採点対象になり、総合ポイントの高さを競います」
ハイドから説明を聞いた直後、同じ内容が丁寧な言葉でアナウンスされた。
「去年はどのような魔獣でしたの?」
「山岳地帯に住むエアリオンという、シカに似た魔獣でした。殺傷力はあまり高くないものの、風をまとって走るからとにかく素早くて。どう足を止めさせるかがカギになるのですが、フォン様がマントを顔に被せて視界を奪い、エアリオンが振り払おうと止まった隙にニゲラ様が一撃を与えたのを皮切りに、あとは一方的な討伐でしたね。僅差でフォン様が優勝でした」
「そうでしたのね。運悪く風邪をひいてしまっていて、来られずに残念でしたわ」
去年は自分と父が体調を崩していたため、母だけが姉の学舎祭に来ていた。武術大会には興味がなかったのか、帰った母からその話は聞いていない。
颯爽と戦うフォンはさぞ格好よかっただろう。見られなかったのが残念だけど、今年は近い席で応援できるのが嬉しい。
選手用の入場口とは別の、魔獣を放つためのゲートが開かれた。飛びこんできたのは牛よりひとまわり大きな体躯の、赤黒い体に黄金色のねじれたツノを持つ魔獣だ。
「ブラッディサンダーホーン?!」
隣のハイドが声を上げる。会場もざわついている。
「強力な魔獣ですの?」
「去年のエアリオンに比べると俊敏性こそ劣るものの、攻撃力は桁違いです。騎士でもソロ討伐は非推奨で、学舎の魔獣戦でこれほど殺傷力がある魔獣が用意されたことはなかったはずです」
背筋がゾワッとした。食い入るようにフォンの動きを追う。
闘技場に入ったブラッディサンダーホーンは鼻息荒く、睨め回すように4人を見る。何度か地を蹴り、次の瞬間にはフォンへと突進していく。金色のツノの先がバチバチと光って、突進と同時に雷撃が走った。
「命に関わるほど強力な雷撃ではありませんが、食らって麻痺したところにあの巨体での体当たりです。大けがを免れない上に、踏まれれば骨の数本は軽く持っていかれるでしょう。運悪くツノが急所に刺されば一刻を争う可能性もありえます」
フォンが剣を数メートル横に投げて地に刺し、避雷針代わりに雷を地面に吸わせる。続けて迫る巨体を軽く避け、剣を拾って構え直した。
ほうと息が漏れる。あの一瞬で最善を判断して行動した印象だ。
ブラッディサンダーホーンが向きを変え、今度はヤロウへと迫る。
ヤロウは正面から立ち向かうように飛びこみ、電撃を受けそうになったタイミングで剣を手放した。それでもかすかに痺れたのか、避けようとした動きが追いつかず、ツノがかすって腕に傷を負う。
ブラッディサンダーホーンがヤロウを攻撃した隙に、ニゲラとアルピウムがそれぞれ一撃を加えた。ヤロウの血とブラッディサンダーホーンの血が舞い、会場から悲鳴と歓声が上がる。
フォンはヤロウの血も浴びながら、負傷したヤロウを助け出したようだ。
「マズイですね。ブラッディサンダーホーンのやっかいなところは、血を見て興奮するところなんです。手負いの相手は徹底的に痛めつけるし、自分が傷を負った時にもより激しく暴れ回ります。それが『ブラッディ』と呼ばれるゆえんです。なるべく一撃で動けなくしないと難易度は上がるばかりです」
「学舎の武術大会にしては危険すぎますわよね?!」
「王族や辺境伯なら、このくらいの魔獣は退治できるだろうということでしょうか。救護班もいるので、命がけというほどにはならないはずです」
フォンがヤロウを救護班に預け、戦線に戻る。神学科が持つ回復の魔道具ですぐに治療され、傷がない状態でヤロウも復帰する。
心なしかフォンが狙われることが増えている気がするが、立ち回りが上手くて余裕がある。回復も含めた持久戦ならこちらが有利だろうか。そう思った瞬間だった。
ブラッディサンダーホーンに深めの一撃を入れたフォンが、反撃を避けるために飛び退いた。が、何もないところで何かに当たったかのように押し戻される。
正面からブラッディサンダーホーンの突進を受けたように見えた。
「フォン様っっっ!!!」




