8 国王夫妻とフォンとのお茶会
お茶会のホストとして来賓を持てなす時間、最初に案内したのは両親だ。なるべく端の席を希望され、周りから意識されにくい静かな場所に通した。
学舎に取り寄せられる中から厳選したお菓子とお茶を、付き人のミズキが出してくれる。
人に聞かれても問題がない、あたりさわりのない話をして、次の来客の対応へと向かう。
母の言葉の真実を知った今、2人の視線は温かく、見守られているように感じる。
会場の入り口が緊張感に包まれている。この国では誰もが知っている顔が、威風堂々とそこにいた。
最上級の礼をとって頭を下げる。
「国王陛下。ご来場いただき光栄に存じます」
「うむ」
「王妃殿下、ご無沙汰しております。お目にかかれて幸いですわ」
「ええ」
「王太子殿下……」
フォンにも社交辞令で対応しないといけないのはわかっているのに、目が合うと、好きと苦しいが混ざって一瞬詰まった。
「……昨日に続き、お時間をいただきましてありがたく存じます」
「うん。今年はこの時間に来させてもらうのがいいかなって」
タイムテーブル以上に、立場的なものを指しているのだろう。今年の賢良学科の生徒には、公爵令嬢以上の立場を持つのは自分しかいない。
「光栄ですわ」
一番景色がいい上座に案内する。3人のテーブルの周りの席には護衛の騎士や付き人たちがつく。
フォンとその両親のテーブルにホストとして同席する。
フォンはいつものような笑顔なのに空気が張りつめている気がする。自分が両親といる時の空気感とは違う感じだ。
「アリサ・E・トゥーンベリ嬢。学舎での愚息はどうであろうか」
「フォン様もニゲラ様もたいへん優秀であらせられて、わたくしのことも気にかけていただき、たいへんありがたく思っておりますわ」
「うむ」
国王は無表情のまま頷き、王妃は眉を寄せた。表情が変わったのはニゲラの名を出した部分だ。
(ニゲラ様が同席されていないのは王妃様のご意向かしら?)
敢えて誰とは言わずに話を続けることにする。
「この後の魔獣戦でのご活躍も楽しみにしておりますわ」
「アリサ嬢はもちろんフォンの応援をしてくれるのでしょう?」
「はい、もちろんですわ。生徒会の仲間として、3名も魔獣戦に進出していることを誇りに思っております。心から応援いたしますわ」
なんとかフォンをひいきしない感じにできただろうか。緊張で心臓が口から出そうだ。
「妾は、ウィステリア嬢にフォンが袖にされたことをたいへん残念に思っていましてよ。家と家の結びつきですのに、それを白紙にするほどに嫌われるなんて何をしでかしたのだか」
(え……)
自分たちはフォンの方から婚約破棄をされたと聞いているし、フォンからは姉様が暗殺未遂の犯人にされそうになったから国外追放という名目で逃したと聞いた。それを国王には報告していることも。
王妃が言っていることが正反対で、驚いてフォンと国王を見る。2人ともまったく表情が変わらないということは、2人で口裏を合わせて王妃に事実を伏せたということだろうか。
「あの、王妃様」
「アウラと、名前で呼んでいただいて構いませんことよ」
「ありがたき光栄ですわ。アウラ様。お母様がお手紙をお送りしているはずなのですが」
「手紙? さあ、受け取っておりませんわね。ウィステリア嬢が海外留学に行くというウワサを耳にしたあたりから、こちらからの手紙にも返信がありませんから」
(え……)
驚きをそのまま声に出さなかった自分を褒めたい。母と王妃は関係がこじれて、王妃からの返事がないのではなかったのだろうか。
(海外留学に行くというウワサ……)
ウソを言っているようには見えない。人によって得られている情報がかなり違うようだ。
「そうでしたのね。母に伝えて、手紙の行方を調査させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、そのように。妾の方でも調べさせましょう。良からぬ気配を感じますわ」
「ありがとうございます」
「ところでアリサ嬢はフォンをどう思っていまして?」
卒倒しそうになったのを、なんとか保った。さっきの国王の言葉とは明らかにニュアンスが違う。異性として、だろう。本人の前でなんということを聞くのだろうか。
ちらりとフォンを見る。困ったような笑みが返る。
(わたくしが好きな気持ちはきっと、困らせるだけですわよね……)
学友の距離。その約束を違えるつもりはない。
バクンバクンとうるさい心臓をなだめながら、必死に言葉を探す。
「……僭越ながら、賢王になられる器かと。お互いを大切に思いあえる方と手を取りあって、この国を繁栄に導いていただきたいと思っておりますわ」
王妃が口元に笑みをたたえる。不正解ではなかったのだろう。
国王の能面のような顔は変わらない。
フォンはめずらしく、驚いたように固まっている。
(……?)
なぜフォンがそんな反応をしているのかがわからない。




