4 ガーベラとの学舎祭で、決意する
「次は私ですわね、アリサ様!」
「ガーベラさんーっ」
親友への交代が嬉しくて、付き人と共に来たガーベラについ抱きついてしまった。ニゲラもハイドも思いもよらないことを言ってくるから、精神的にすごく疲れた。
「あらあら、どうされまして? ハイド様にいじめられましたの?」
「そういうわけではないのですが、ガーベラさんの番があって、わたくしホッとしましたわ」
「まあ、嬉しいですわ、アリサ様」
女の子同士でナチュラルに手をつなぐ。相手が異性ではないのがこんなに楽だとは思わなかった。
「ニゲラ様とはいい雰囲気でしたが、進展はありまして?」
転びそうになった。早速前言を撤回したい。
いったん棚上げしようと思った問題が意識に浮上する。
(ニゲラ様がこの国の王にならないといけない理由……)
それが何かを聞くべきだった。
「ガーベラさん。わたくし……、今はどうするのがいいかわからなくて。時間が必要なのだと思いますわ」
「アリサ様……。そう、ですわね。そういう時もありますわよね」
わかってもらえてホッとする。
改めて帝王学科の展示を見ていく。ニゲラといた時には流し見していた、フォンの研究展示で足を止めた。
(民衆が王侯貴族に求めるもの……)
どのように意見を集めたのかはわからない。けれど、書かれていることには血が通っているように見える。
多数派だけではなく、少数派の意見に対しても、その実現可能性を含めて政治の視点からよく検証されている。
鳥肌が立った。
フォンはきっと賢王になる。学生の域を超えた才覚だ。
ニゲラにどんな理由があるのかはわからない。けれど、自分はフォンにこの国を治めてもらいたい。彼ならきっと、より多くの民を幸せにできる。それは個人の感情よりも重要なことだと思う。
(お母様とお父様を説得しよう)
両親は明日ここに来る。この展示を見せてから、姉様のことがどうであっても国の未来のために公爵家としてフォンを支えるべきだと言えば納得してくれるだろうか。
(それが叶っても叶わなくても、フォン様を支えられる他の公爵家を見つけて……)
一番有力なのはフォンの母親の実家だ。けれど、上の世代は自分たちよりも早く影響力を失う。近い年代で、フォンの横に立って支えられる女性が必要だ。
それが自分ではないと思うと胸が痛むけれど、彼のためにもこの国のためにも必要だと思う。その人を支持する形で陰ながら自分も力になれるといいだろう。
そう決めることは、ニゲラの申し出を断ることに他ならない。
(もしニゲラ様が以前と変わらず、トゥーンベリへの婿養子を望んでくださっていたら話は簡単ですのに)
第一王子のニゲラが自分の伴侶として公爵家に降る。そうなれば、フォンの治世はより安泰だろう。
(今からでもその方向に持っていけないかしら……?)
ニゲラが国王にならないといけない理由を知るのが、まず必要なのかもしれない。
「アリサ様?」
その場で止まってしまっていたのだろう。ガーベラに呼ばれてハッとした。
「ガーベラさん。わたくし、ニゲラ様にトゥーンベリの家に来ていただきたく存じます。けれど、ニゲラ様は国王様になりたいご様子で……。どうすればよろしいでしょうか」
「まあ! まあ、アリサ様。それはステキですわね。私も協力いたしますわ。まずはニゲラ様とおつきあいなされて、メロメロにしてしまわれるのがよろしいのではありませんこと?」
(おつきあいしてメロメロに……?)
まったく想像できない。自分たちが並んだらきっと、もっと淡々とした感じではないだろうか。
けれど、ガーベラの案はいい気がする。今の距離ではそう簡単に根本的な部分の話は聞けないだろう。ニゲラの彼女という立場になれば、また違ったものが見えてくるはずだ。
頭ではそれが正解だと思うのに、なぜか泣きたくなる。
その道を選べば、間違いなくフォンとの距離が変わるだろう。今までのように幼なじみの学友としてお茶会に呼ばれることもできなくなるはずだ。
それ以上に、フォンにどう思われるのかが怖い。フォンではなくニゲラが好きなのだと、フォンにだけは思われたくないと思ってしまう。頭が出した最善を、心が全力で拒否している気がする。
(しっかりしなさい、アリサ・エマ・トゥーンベリ。トゥーンベリ公爵家を背負って立つ公爵令嬢として、領地と国を富ませるのが責務でしょう)
自分に激を入れる。
姉様がいたころは、姉様の後ろにいればよかった。けれどその背中を失った今、自分でしっかり歩かないといけない。
前で守ってくれていた姉様が恋しい。
(ウィステリア姉様……、今はどちらにいらっしゃいますの……?)




