3 ハイドとの学舎祭で、指摘を受ける
「はいはいはい、いいところみたいだけど、時間ですよニゲラ様。行きますよ、アリサ嬢」
颯爽と現れたハイドに手を取られて、半ば引きずられるようにその場から連れ去られる。
瞬間的にニゲラの声が届いた。
「話は内密に。返事は気長に待つ」
(内密に……)
フォンには言えない内容なのは間違いない。だからこそ、2人きりになれるこの時までニゲラは伏せていたのだろう。
(お茶会のお誘いをニゲラ様はフォン様に話されていない……?)
だとすると、フォンは毎回どこから情報を得ているのだろうか。
「ニゲラ様と何を話されていたのですか?」
「小麦の取れ高と気象の関係などを」
とっさに答える。ウソはついていない。
「ああ、帝王学科の研究展示ですね。賢良学科の方を拝見するのも楽しみです」
「ありがとうございます」
「で、本当は、口説かれていたのですよね?」
「え」
「遠目でしたが、抱きこまれていたようだったので。ドキドキしましたか? ボクもしてもいいですか?」
「あれは……、ちょっとした事故というか、かんちがいがあっただけですわ。ハイド様はご遠慮くださいませ」
「あはは。つれないですね、アリサ嬢は」
ハイドは軽く笑ったけれど、気になることがある。
「わたくしたちの様子をご覧になられていたのですか?」
「ちゃんと邪魔にならないところからですよ? 話は聞こえない距離を保ちましたし。もちろんボクだけじゃなく、アルピウム以外はみんないました」
「それは……、あちらの方向だったりしますか?」
「あれ、何か気づかれるようなことをしましたかね」
示したのは、ニゲラが狙われていると感じた方向だ。
(ハイド様のメガネに光が反射したのではないかしら……?)
「……それぞれの時間には手出し無用という協定でしたわよね」
「はい。なので、時間が終わるまではダメだと、アリサ嬢が抱きこまれた時に鬼の形相で飛び出そうとしたフォン様を、みんなで必死に止めたんですよ?」
「フォン様が?」
「今も見ているんじゃないですかね。手でもつなぎますか? それとも腕を組みますか? 肩を抱いてよければそれもいいですね」
「あの、楽しんでおりませんこと?」
「はははははは」
普段は賢良学科の学生しか入れない賢良学科の授業棟に入る。なんとなくハイドは入り慣れている感じがする。去年の学舎祭で回ったからだろうか。
「お茶会は中央庭園での開催でしたよね」
「はい。雨天ですと建物の中の何ヶ所かに分かれるのですが、おかげさまで晴天で、気候に恵まれましたので」
「お茶会にはアルピウムと行くのでしたか」
「はい。あとウルヴィさんとフォン様とは神学科へ、ガーベラさんとは帝王学科の展示へ参りますわ」
「夕方の、アリサ嬢がホストのお茶会には必ず伺いますね。楽しみです」
「ありがとうございます」
「アリサ嬢の研究展示は、お菓子の地域による特色と特産品との関わりですね。よくまとめられていて、なかなか興味深い」
「嬉しいですわ。取材へのご協力もありがとうございました」
学内で話せる人に片っ端から出身地の特産品とお菓子を聞いて回って、地図と絵を描いてわかりやすくした。楽しい自由研究だった。
「アリサ嬢とボクが組めば、トゥーンベリ公爵領の特色を反映したお菓子を開発して名産品にできるかもしれませんね。ボクは原価調整を含めたマーケティング役としてですが」
「まあ! 新しいお菓子の開発だなんて、ステキな響きですわね」
いろいろなおいしいものがあるけれど、初めて食べるおいしいお菓子はいつも格別だ。自分たちで開発しようだなんてハイドは天才だろうか。
「改めて、ボクの手を取ってはいただけませんか? アリサ嬢」
「それはビジネスパートナーとして、ですの?」
「もちろん、生涯のパートナーとして」
「それは……、以前にも申し上げたとおり、家と家の話だと思いますわ」
「以前も言ったように、時代は変わっているのですが……、そういう意味では、アリサ嬢の気持ちはもう、1人に囚われているようですね」
思いがけない言葉に驚いて、まじまじとハイドを見た。
「隠されているつもりでしたか? 帝王学科武術大会の少し後くらいからでしょうか。ふとした時にいつも視線で追っていたことに、アリサ嬢自身はお気づきではないのでしょうか」
呼吸が浅くなる。隠しているつもりだったし、一生隠し通すつもりだった。この思いはあまりに不毛なのだ。
「……身に覚えがありませんわ」
しぼりだすように答える。ハイドがメガネをクイっと上げて目を細める。
「真実の愛というものは一人の人間にとって地位も子どもも捨てられるほどに大きなものなのでしょうか。……あなたとフォン様がボクにどんな答えを見せてくれるのかを楽しみにしていますよ」
ズクン、ズクンと胸の奥が痛む。
真実の愛だなんて大層なことはわからない。ただ、フォン・シオン・テオプラストスという1人の人間に惹かれてしまうだけだ。
ニゲラのアンニュイな表情が好きだという話も聞く。けれど自分は、命を狙われながらも笑みを絶やさないフォンの強さに敬意を感じる。そんな世界に居ながらも、自分を守ろうとしてくれる優しさも。
だから、やっぱり、フォンには幸せに生きてほしいと願ってしまう。
そのそばに立つのは、家から彼の失脚を命じられている自分ではありえない。




