2 ニゲラとの学舎祭で、告白を受ける
学舎祭初日。暦の上では春になっているけれど、まだ空気は少し冷んやりしている。初日は学内関係者だけで、ゆっくりした感じだ。来賓を迎える2日目が本番だろう。
ニゲラと並んで帝王学科の展示を見ていく。
「図表がたくさんあって興味深いですわね」
「拙のグループでは小麦の取れ高の推移と気象情報の記録をまとめ、比較しているが。女性には退屈ではなかろうか」
「そんなことはありませんわよ? 国民の生活に直結する貴重な情報ですし、何より、小麦がなくてはケーキは食べられませんもの」
「ああ、ケーキにも小麦が使われていたな」
「はい。不思議ですわよね。あんなサラサラな粉がふかふかになるなんて」
普段はどことなくアンニュイな感じがするニゲラが、珍しく笑みを浮かべた気がする。成果物に興味を持たれたのが嬉しいのだろう。
「アリサ嬢とこうしていられるのが、ひと時だけだというのが残念だ」
「まあ、ふふ。お上手ですわね」
学舎祭を誰と回るか。ガーベラに迫られた時に「みんなと回りたい」と答えたら、ハイドから順番を決めて1人ずつと回る案を出された。特定の相手が決まっていない場合には、仲がいい何人かと順に回るのは珍しくないとのことだった。
反対意見は上がらなくて、順番をくじで決めた結果、最初がニゲラになった形だ。
「残念。アリサ嬢の初めてはボクがもらいたかったのですが」
「その言い方はどうかと思うけど、わからなくはないかな。そんなに時間もないわけだし、誰とどのあたりに行くかも決める?」
ハイドのつぶやきをフォンが拾ったことで、大体の場所も事前に決まった。ニゲラとは、帝王学科の展示エリアだ。
軽くひととおり見て回って、庭の一角のベンチで休憩をとる。建物の中にいる人が多いのか、それほど人通りはない。
「おつきあいいただき、ありがとうございました」
「それはこちらのセリフであろう」
「わたくしと回っているところを周りに見られてもよろしかったのですの? その、意中の方などは」
ニゲラがこちらを見て目をまたたいて、小さくため息をついた。
「やはり入学当初のお茶会で言ったことは、アリサ嬢の中ではなかったことになっておいでか」
「入学当初のお茶会で……? あ、ニゲラ様の婿入りのお話でして? 冬に戻った時にも、家にそのような申し出があったとは聞いていないのですが」
「家と家の話ではなく……、ああ、フォンに止められていたな。拙は……」
言いかけたニゲラが何かに気づいたようにハッとして、次の瞬間には抱きこまれて体勢を伏せさせられる。
(ちょっ、近い近い近いっっっ)
突然密着されて驚いていると、ニゲラがあたりを伺うようにしてから小さく息をつく。
それから視線が重なって、驚いたように離してくれた。ニゲラの顔が赤い。
「すまない。射撃の魔法武器で狙われると、小さく光が反射して見えることがあるのだが。そう見えて警戒したが、今回は違ったようだ」
「え……。狙われたことがありますの?」
「学舎に入る前までに幾度かは。さすがに学舎の中ではなかったが、学舎祭には普段出入りできない者も入りやすくなるからな」
「ちょっと待ってくださいませ。それって、ニゲラ様も何者かから命を狙われているということでしょうか?」
「拙も?」
聞き返されてハッとした。フォンの話はフォンとの秘密という約束だった。答えられないでうつむくと、ニゲラがフウと息をついた。
「フォンも、という意味であろうか」
何も言えない。
「ふむ。アリサ嬢は答えぬでもよいという前提で話すなら、拙もフォンもそれぞれに、いなくなればいいと思っている者がいるのは間違いない」
「そんな……! 国の次代を担う方々なのにどうしてそんな……」
「貴女は日向で育ったのだな。太陽の光を十分に受けたひまわりのようだ。いついかなる時も光の方を向ける貴女が、本当に眩しい」
ニゲラからそっと手を取られて、真剣な瞳が向けられる。
「拙にはこの国の王にならねばならぬ理由があった。息子を養子に送ることでトゥーンベリ公爵家の存続と繁栄は保証する。どうか拙の隣に立ち、国母となってはもらえぬだろうか」
ドクンと心臓が騒ぐ。
それはすなわち、ニゲラがフォンを蹴落とす決意を固めていることになる。
フォン・シオン・テオプラストスを王太子の座から引きずりおろす。母から言われているその目的を果たすためには、ここでニゲラの手を取り返すのが正解だろう。
(フォン様……)
共に過ごしてきた時間がとめどなく浮かんで、涙がこぼれないように歯を喰いしばる。




