1 学舎祭のパートナー決め
冬休みが明け、学舎に戻るとすぐに春の学舎祭の準備が始まる。
学舎祭は、秋の入学式と夏の卒業式以外で来賓がある唯一のイベントだ。将来が左右されると考える貴族の子どもの中には、命がけのような必死さを見せる人もいる。
帝王学科は武術大会の勝者4名による魔獣戦が一番の目玉になる。他には演舞が披露されたり、学びの成果として研究展示があったりするようだ。
賢良学科は時間交代制でお茶会を開く。来賓をもてなす意味もあるし、帝王学科との交流という意味合いもあるようだ。研究や製作物の展示も行う。
神学科は市民の生活展示として、食べ物の屋台を出すそうだ。交代で救護班としても待機するらしい。
「アリサ様はどなたと学舎祭を回られますの?」
授業の合間の休み時間にガーベラから聞かれた。
「ガーベラさんは一緒に回ってはくださいませんの?」
「まあ、嬉しいですわ。けれど、学舎祭のパートナー探しはプロムの前哨戦だと言われておりますのよ? ニゲラ様をお誘いにはなりませんの?」
「ニゲラ様を?」
聞き返してからハッとした。そういえばガーベラにはニゲラ様推し同盟だと勘違いされたままだった。
(フォン様とは……、回らない方がいいですわよね)
プロムのパートナー探しの前哨戦だというなら、一緒にいることは周りからそういう関係だと見られるのと同義だろう。
そうなると、ニゲラは選択肢に入る。母から聞いた話について探りたいというのもある。
ニゲラや男子メンバーとのお茶会を開こうとすると、相変わらずフォンがくっついてくるから、フォンに内緒の話ができないのが現状だ。
(首をつっこまない範囲でちょっと探るくらいなら、フォン様との約束を破ったことにはなりませんわよね……?)
そこまで考えて、再びハッとした。聞いてきたガーベラこそニゲラ推しだ。
「ガーベラさんはニゲラ様と回りたいのですか?」
「え、いいえ、まったく」
「え」
驚いたように全否定されて驚いた。
「相手は第一王子でしてよ? 侯爵令嬢程度を相手にするはずがありませんわ。立場は弁えておりますし、何より、推しというものは遠目に眺めて愛でるからよいのではありませんの?」
前半はわからなくもないけれど、学舎の中ではあまり気にされないとも聞いている。後半に至ってはまったくわからない。
「そんな私としては、ニゲラ様とアリサ様のツーショットが見たいですわ」
「ニゲラ様のご意向もあると思うので、生徒会の時に伺ってみましょうか」
「あら、生徒会の時だとフォン様の邪魔が入るのではありませんか? お手紙の方がよろしいかと思いますわ」
「お手紙でお茶会にお誘いしても、なぜか毎回フォン様もいらっしゃるので変わらないと思いますわ」
「あの方にも困ったものですわね」
ガーベラがため息をついたところで授業の時間になって話が切れる。
(困ったもの……?)
そういうものとして慣れてしまって、あまり困っていなかったなと思う。
「みなさんは学舎祭をどなたと回られますの?」
生徒会室で執務の合間に尋ねたら、視線が飛び交って空気が緊張した気がした。
(?)
「アリサ様のお相手は決まっているのですか?」
ウルヴィに尋ね返される。
「わたくしはガーベラさんやウルヴィさんと回れたらと思っていたのですが、プロムのパートナー候補の方と回るものだと聞いたので、どうしようかと思っているところですわ」
「それなら」
3人の声が重なり、全員が一度口を閉じたところでフォンが話を引き取る。
「男女で回っているとそう見られることが多いけど、友だちと回っちゃいけないわけじゃないからね。空き時間を合わせて、生徒会のこのメンバーみんなで回らない? もちろん、特定の相手がいる人は抜けてもらっていいよ。どう?」
男性陣はそれぞれに吟味するような顔になったが、すぐにガーベラが切り込んだ。
「フォン様、お言葉ですが、それは問題の先送りでしかないと思いますわ」
「どういう意味かな?」
「アリサ様はいつまでも、幼なじみのフォン様と一緒にいてはいけないという意味ですわ。
遅かれ早かれプロムでエスコートをしていただく殿方を決める必要はありますし、それがフォン様にはなり得ないのは周知の事実ではありませんの?」
フォンは笑顔のままなのに、空気が冷やっとした感じがする。
「プロムの相手が決まらない時には兄弟や幼なじみに頼むこともあるわけだし、そう急がなくてもいいんじゃない? 最終的な卒業後の相手は家と家が決めることだしね。学舎にいる間くらいは気楽に過ごせばいいと思うんだけどね」
「はい! うちはアリサ様とみんなと一緒がいいです」
フォンの提案にウルヴィが手を挙げる。ガーベラの顔に『余計なことを』という字が浮かんだ気がする。
「ボクからも提案してもいいでしょうか」
「何かな?」
ハイドが控えめに手を挙げて、フォンが問い返す。
「ここは公平にクジで決めませんか? もちろん、ここのメンバー以外と回りたい人には先に抜けてもらうということで」
「それはつまりハイド以外の6人でくじ引きをすればいいってことかな? それなら確かに3対3だね」
「なんでボクが抜けないといけないんですか?」
「女はいくらでもいるんでしょ?」
「武術大会の前に別れてからは特定の相手は作っていませんよ。落としたい女性はいますけどね」
メガネの奥の視線がこちらに向く。
(あの時のお話はまだ有効ですの……?)
お互いにわかるようになった時にお互いを向いていたらと話していた。わかってしまったけれど、自分が向いているのはハイドではない。
つい、フォンの方を見てしまう。
「くじで相手を決めるなんてありえませんわ!」
困ったなと思ったのと同時にガーベラが叫んだ。
「この際だからハッキリ申しますわ。みなさん、アリサ様と回りたいのでしょう?!」
「え」
それはいくらなんでも買い被られすぎだと思う。のに、否定する声は上がらない。最初のお茶会で2人からパートナーにと言われたように、政略的な意味で必要とされているということだろうか。
「なら、お相手を選ぶ権利はアリサ様にあるはずではありませんの? ねえ、アリサ様? アリサ様はどなたと回られたいのですか?」
ガーベラからこの場でニゲラを選ぶように迫られている気がする。なんという公開処刑だろうか。優しさが痛い。




