8 母にフォンについて聞いてみた
気づいてしまった気持ちにフタをして、何も変わらないふりをして過ごし、冬休みに入った。
実家のお菓子は安心するが、やっぱりフォンのお菓子の方がおいしいと思ってしまう。
(学舎にいる間だけ、ですわよね……)
学舎を出たら婚約者でもない限り、そう王太子のフォンには会えないだろう。そして自分がその立場になることは絶対にありえない。
フォンの卒業まではあと半年と少しだけだ。そう思うだけで胸の奥がきゅっとする。
真相は両親には秘密。
フォンのためには言った方がいいと思うけれど、勝手に約束をやぶるわけにはいかない。
(姉様が秘密のお手紙を送ってくださればいいのに)
姉からの手紙で真実が伝えられれば、フォンに復讐するどころか、協力だってできるはずだ。
(姉様は今どちらにいらっしゃるのかしら……)
追放になった姉に会いに行くのは危険だと言って止められた。送った使用人も未だに行方が知れない。
フォンが姉様を裏切ったのではないなら、いったい何が起きているのだろうか。
わからないことは他にもある。
そもそもなぜフォンは命を狙われているのだろうか。フォンがその話をしたくなさそうだったから、あれから何も聞けていない。犯人探しをしないという約束がもどかしい。
(母様なら何か知っているかしら……?)
フォンが姉様との婚約破棄をするまでは、母とフォンの母親は親友だったはずだ。
話してもらえるかわからないけれど、今は少しでも多くの情報がほしい。
母と2人でお茶ができるタイミングを持てた。
「お母様、申し訳ございません。フォン様への復讐は進展しておりませんの」
最初に謝っておく。
「構いませんよ、アリサ。あなたが無事に帰ってきてくれさえすればよいのです」
叱られると思っていたから意外だ。そう言った母は本当にホッとしているように見える。
「ありがとうございます。そう言っていただけると安心いたしますわ」
「学舎での生活はどうかしら?」
「はい。学友に恵まれ、楽しく過ごさせていただいておりますわ」
同年代のガーベラ、ウルヴィ、アルピウムの話をする。ウルヴィから告白されたことや、フォンを含めた上の代とのことは伏せておく。
「アステラセ侯爵家とレオントポディウム辺境伯家と友好的な関係を持てたのは幸いですわね。神学科の方も人柄がいいようで何よりですわ」
「はい。幸いですわ」
家と家の話になるのは貴族として当然だろう。
ひと息ついたところで、聞きたかったことを口にしてみる。
「あの、お母様。お母様が知っているフォン様のことを伺いたいのですが」
言った瞬間、母がイヤそうな顔になった。ひゅっと息を飲んで、あわてて取り下げようとしたけれど、先に返答がくる。
「なぜですか?」
「えっと……」
どう言ったら母が納得するかを必死に考える。
「フォン様を失脚させるためには、もっとよく知る必要があると思いましたの」
(ごめんなさいフォン様、お母様……!)
「そう。あまり無茶はしないでと言った上で、話せる範囲でしたら」
「ありがとうございます!」
話を聞けそうでホッとする。
「あの、お母様とフォン様のお母様は親友でしたわよね?」
「ええ、そうですわね。ウィステリアの件があるまでは。その後は手紙を送っても返事のひとつも来ませんが」
「そうですのね……」
姉様のことで仲違いしたままなようだ。
「フォン様のお母様、王妃様から、フォン様が命を狙われているようなお話を聞かれたことはありませんか?」
「あなたもウィステリアと同じことを聞くのですね」
「姉様も?」
「ちょうど一年前になるかしら。こうして同じようにお茶を飲んでいた時に、同じように聞かれましたわ」
「そうなのですね」
(姉様は黒幕を暴こうとしていたから、そのための情報収集かしら……?)
「同じように答えないとフェアではありませんわね。この先は口外無用でしてよ、アリサ」
「はい、もちろんですわ」
それだけ重大な話なのだろう。ごくりと息を飲む。
「この国の貴族社会の裏には、今の王政になった600年ほど前から、シノビと呼ばれる者たちが棲んでいるのです」
「え」
まったく予想していなかった、聞いたことがない話だ。フォンのこととなんの関係があるのだろうか。




