2 ハイドとの内緒話
生徒会メンバーでは、会長のフォン、副会長のニゲラ、会計見習いのアルピウムが第1戦を軽々と突破した。ハイドは始まってすぐに降参して、観戦席に移動してきている。
「お疲れ様でした、ハイド様」
「いやいや疲れていませんよ。人には向き不向きがあると思っているので、ボクはムダなことは初めからしないんです」
「効率的なのですね」
「ええ。最高の褒め言葉をありがとうございます」
残っている選手たちは小休憩を挟んで第2戦のようだ。トーナメント表は、不正を防ぐために当日まで担当教員しか知らない。人数が半分になって把握しやすくなった。
「大きく4ブロックで……、フォン様とニゲラ様、アルピウムさんは当たらないのですわね」
「1年生と2年生でブロックが分かれているのと、王族同士や有力貴族同士は当たらないように組まれていますからね」
「そうなのですか?」
「立場が近いほどお互いに譲れずにいきすぎてしまうからだと聞きました。まだ学舎が始まって間もないころに生死をさまよった学生がいたとか。
それで4ブロックに分けられるようになり、上位の者同士で戦うのではなく、魔獣討伐を競う形に変更されたそうです」
「そうでしたのね」
「ところでアリサ嬢。少し休憩につきあってもらえませんか?」
「わたくしですの?」
「フォン様が絶対に来られないタイミングにお話ししたいことがあります」
「ガーベラさんやウルヴィさんは」
「遠慮してほしいですね。付き人だけは仕方ないですが」
みんなの顔を順に見る。ガーベラはほほえんで頷いてくれて、ウルヴィはどこかイヤそうに頷いてくれて、ミズキはいつもと変わらない無表情で頷いてくれる。
「わかりましたわ。フォン様たちの2回戦を応援したいので、それまででよろしくて?」
「もちろんですとも」
ハイドがエスコートするかのように恭しく手を差しだしてくる。
この手は取ってはいけない気がする。
「申し訳ありません、ハイド様。家族と婚約者以外のエスコートはお受けしてはいけないと言われておりますの」
「それはまた前時代的な。いえ、いい意味で、ですよ?」
軽く笑ってハイドが歩きだす。斜め後ろをついていく。
武術大会が催されている学内闘技場を出てすぐの、校庭のベンチに並んで腰かける。
「アリサ嬢が入学して2ヶ月以上になりますね。どうですか、学舎は」
「はい。驚くこともありましたが、みなさんがよくしてくださるおかげで楽しく過ごさせていただいておりますわ」
学舎自体に不満はない。姉様の問題とフォンの王太子問題に頭を悩ませているだけだ。
「気になる異性はいますか?」
「えっと……、それはどのような意味でしょうか」
「なるほど、さすがに簡単には引っかかりませんね。ボクはね、確証を持って言っています。以前のお茶会でフォン様が手をつけているという話が出ましたが、アレはウソですよね?」
ハイドの言葉で思いだした。そういえばそんなふうに思わせておこうと思ったことがあった。いろいろあって完全に忘れていた。
「確証をお持ちなのに、わたくしに尋ねられるのですか?」
「はい。かわいいアリサ嬢のかわいい反応が見たいですから」
「そのようなお言葉は彼女さんたちに送られればよろしいかと思いますわ」
「ああ、彼女たちとは別れました」
「わか、え?」
お茶会で3人彼女がいると聞いてから2ヶ月も経っていない。3人とも別れたということだろうか。
「他に手に入れてみたい人に出会って、彼女は真剣に向き合わないと振り向いてくれないと思ったのです」
「そうだったのですね」
なんとなくモヤっとするけれど、ハイドと3人の元カノたちがそれでいいのなら、いいのだろうか。
「アリサ嬢」
「はい。あ、そろそろ戻らないとですわね」
ハイドがなぜ自分にそんな話を聞かせたのかはわからないが、今呼ばれたのは2回戦の応援に戻るためだろう。
そう思っていたのに、予想外の言葉が続いた。
「ボクは、今まで出会ってきた誰よりも、あなたに興味があります。友だち以上、恋人未満から始めませんか? もちろん、フォン様には内緒で」
(??????)
疑問符しか浮かばない。
(なんでですの???)
自分が公爵令嬢という立場以外でハイドから興味を持たれる要素があっただろうか。家を結ぶ前提がない個人的なおつきあいの想像がつかない。フォンには内緒というのも意味がわからない。
わからないけれど、答えはひとつだ。
「前にも申し上げましたが、わたくしの一存では決められないので、正規のルートで両親に伺いを立てていただければと思いますわ」
「そういうところですよ、アリサ嬢」
「どういうところですの?」
「ボクは、ただ形式的にあなたを手に入れるのではなく、あなたの思いも手に入れたい」
「思いというものは、共に歩むことが決まった相手と協力しあって育むものではないのですか?」
メガネの奥の目が意味深に細められる。
「あなたは心がときめいたことがないのですか? 近づくだけでドキドキしたり、会えない時にも相手を思ったり、ずっと一緒にいたいと思ったり。そんなふうに心が求める相手はいないのでしょうか」
(近づくだけでドキドキしたり……)
一瞬フォンの顔が浮かんだけれど、それだけはあってはいけないと打ち消す。
「そうですわね。よくわかりませんわ」
「ボクもです」
「え」
待ってほしい。ハイドは分かっていて言っているのではなかったのか。今までの話はなんだったのだろう。
「母はボクがまだ4つの時に吟遊詩人と駆け落ちをしました。『ごめんなさい』と、泣いて謝られたのを覚えています。あの時は意味がわからなかったのですが、謝るくらいならなんで領地を出たのかと言いたいですね」
思いがけない話に驚く。確かに、ハイドの母親に会った記憶はない。
「周りからいろいろな話を耳にしました。えぐられるようなものも多かったですが。真実の愛というものは一人の人間にとって地位も子どもも捨てられるほどに大きなものなのかと思った時に、そんな経験をしてみたいと思いました」
淡々と話しているのに泣いているように感じるのはなぜだろうか。
「ボクにはまだわからない。けれど、あなたが一番近いように思うのです」
いつになく真剣な眼差しに、けれど自分は首を横に振った。
「ハイド様。いつかお互いにわかるようになった時、お互いを向いていたなら。その時には、一緒にそれぞれの両親に伺いを立てましょう?」
ハイドがフッと笑った。
「そういうところですよ、アリサ嬢」




