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異世界転生予備校  作者: ずんだらもち子
7時間目

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7時間目  LHR ⑤

 復活してしまった闇の眷族の王たる魔王が、腕を振るうたびに弧状の斬撃が飛来する。

 イサミは刀を縦にし、受け流すことだけで精いっぱいだった。戦うというよりも的にされている状態に近い。

「はっはっ!」

 魔王は水を得た魚のように聖域内を動き回り、あらゆる角度から呪文も何もなく斬撃を飛ばしてくる。

 それさえも刀で弾くことができたのは、イサミも想定外だった。

「いよおお!? 反魔術の効果か!?」

 魔王の興奮する声を聴いて、イサミはそうなのかと頭で理解する。自分でやったことではなく、デフォルトで付与されている効果なのだろう。いつものように呪文が頭に響くことはなかった。

 いずれにしろ、声を出す余裕はない。

 そして、その全てを防げるわけでもない。

「あああああああああ!」

 斬撃に襲われ、身を斬られ、血煙が暗い空間を赤く染めた。


「どしたのどしたの? いく――っと、あれ?」

 風前の灯の如く、魔王の体が揺れる。

 

「まだ本調子になれないなぁ。――それなら、少し趣向を変えよう」

 魔王の指先に黒い球体が生まれる。コイン程の大きさの球体だった。

 それを乗せた指をイサミに向かって振るう。

 ゆらゆらと蛍のように宙を進んだ小さな黒い球は、やがてイサミの顔よりふた周りほど大きな球体となった。

「なっ! くそっ」

 慌てて刃を向けるが、するりと影のように音もなく通り抜けてイサミの頭部を覆ってしまう。


「うわっ!」


 当たる瞬間に固く目を閉じた。


 しかし、何もない。

 

 痛みも、熱い冷たいもない。

 

 恐る恐る瞼を開いたが、ただ真っ暗な視界だけがそこにあった。

「なんだこれ!? どうなってんだよ! なにも見えねえぞ」


 ……そう叫ぶ声すらも表には出てこない。全ては闇に吸い込まれていく。

 イサミの頭部に、暗い球体が被さったのだった。


「ダッハッハ! そうとう慌ててるねえ。……この声も聞こえないかな? ほら、いくぞ!」


 魔王が遊ぶように腕を振るう。

 生まれる斬撃。

 イサミはそれに気づいていない。

 刀は降ろし、制服で作った晒で固定したまま。

 前後左右にふらふらと、生きる屍のように体の向きを変えるのは自分がどちらを向いているのかさえ分かっていないから。

「おいー、いくよー?」

 魔王の挑発的な文句に苛立つこともできず、イサミの狼狽えた体は彷徨い続ける。

 吐息を吹きかけたように弱々しく放たれた斬撃はイサミの無防備な体を襲う。

 彷徨っていたことで偶然にも直撃を躱す。

 しかし、彼の左肩を掠め、傷を与える。


「――いっづ!」

 血煙が噴き出す。

「く、くそう……どこだ!? どこにいるんだよ!」

 今更ながら刀を構えた。



「残念だが、そろそろ君とはお別れだイサミクン。私はこの世界を……いや、夢は大きく持たないとねえ。あの女のいる世界――つまりは神の世界もいただくことにするから、忙しいんだよぉ」


 大きく開かれた魔王の口の中に、再び球体が生まれる。黒い稲妻を纏った紫苑の光球が、肥大化していく。

 イサミは気づくこともない。いまだに一人徘徊していた。それだけではなく、文字通り闇雲に刀を振り回している。


「これでおしまいだあああ!」

 魔王の口から閃光が一直線に放たれた。



「『乙女を守りし黄金の髪(ベレニーク)』!」


 神殿の中に女の声が響く。イサミにとっては聞き慣れた声だったが、今の彼には聞こえない。


 二筋の星が、穿たれた天井の向こう側より落下した。

 星の尾とも言える光の筋は天へと伸びて柱と成している。

 二筋の間に淡い黄金色の光のペールが張られ、微かな風にも揺れていた。

 女神の髪が海風にたなびくよう。

 しかし、その優雅さと裏腹に魔王の口から放たれた光線を防いだ。


「な、なんだァ?! だ、誰だ!」


 そしてさらにもう一つの星が魔王に向かって飛来する。


 ――が、魔王の後方に大きく逸れてしまう。


「ハッハアァ! どこを狙っている――……ん?」

 三本目の筋が纏う気配(オーラ)は先の二本と違った。

 赤みが混じり、熱を帯びているよう。

 魔王はそこに何かを感じ取り、逃げようとするが、一歩遅かった。


「『魔を封じし金字塔(バミューダ)』!」


「なっ――グボオオオオオオオオオオオ!?」

 先の二本と、魔王の後ろに落ちた星の柱とが結ばれ、揺らめていた膜が半透明の硬質な壁となり、巨大な金字塔(ピラミッド)を生み出した。


 光が激しく明滅し、魔王の体を焦がす。

 その頃にはイサミの顔を覆っていた闇が消え去っていた。

 取り戻した現実で彼を出迎えたのは魔王の断末魔の叫び声。耳の奥でざらつき、不快感を与えてくる。


「イサミくん」

「イサミさん!」


 その不快感を追い払う二つの声が耳を通り過ぎてゆく。

 アイサとセイマが聖域にやってきたのだ。

「アイサ……セイマ……――!?」

 声に反応して振り返ったイサミの膝がかくりと抜けて、そのまま地面に両膝をついてしまった。

「あ、あれ?」

「あら、力が抜けたのかしら?」

 イサミの元に駆け寄ってきたのはアイサだった。セイマは出入口の辺りで魔王に対して両手をつきつけ星の障壁を展開し続けている。

 アイサは慣れた手つきで、イサミを支えて寝かせると、自分の膝枕に誘った。

「ほら、これでも飲んで」

 アイサが試験管を胸元から取り出した。

 暗い空間では今一つ中身が見えないが、アイサの作った結界の放つ光で一定の明るさは保たれていた。

 試験管の中の液体が一応透明らしいことはアイサの大きくなった目が向こう側に見えたことでわかる。

「な、なんだそれ?」

「薬よ。元気になりたいでしょ?」

「え、あぁ……まぁな」

 イサミは寝転んだまま、二つ返事でその液体を飲みほした。

「あ、アレを飲んだんですね……。あ、アイサさんのアレとアレとアレを混ぜたアレを……」

 とセイマが何とも言えない複雑な表情を浮かべていたことにはイサミは気づけなかった。

「うぐむぅっふ! ウゲエエエエ!」

 味が悪かったのか、それとも痛みが増してきたのか、股間でも強打したかのような険しい顔を作る。効果を考えれば前者だろうか。

「お口にあったかしら?」

「合ってたらこんな顔してねえよ!」

「でも、元気になったわね」

「え……」

 イサミは瞬きを繰り返しつつ、自分の体を眺める。

 傷が瞬時に消えたわけではない。だが、その声に活力は漲っていた。

「ちっ……まぁ確かにそうだけど。……お前、見るたびに血で汚れてるな」

 アイサの髪や腕についた血が、固まり始めていた。

「あら、イサミくんだって今は血まみれじゃない」

「はっ……。そうだな。ていうか試験管ってのが不気味だぜ」

「そうね、そこは私も反省点だわ。女子力が低いものね」

「女子力……」

「次からはもう少し飾り付けてみせるわ」

 そう言いながら、アイサはイサミの頭を撫でていた。

「次、か……」

 イサミがポツリと言った。

「ええ。そうでしょ? まだ始まったばかりよ、私たちの新しい人生は」

「……あぁ」

「早く帰りましょう」

「そうだな」

 イサミは自嘲的な笑みを浮かべて鼻を鳴らすと、足に力を込めて立ち上がる。


「ちょ、ちょっと限界かも……!」

 セイマが汗を流して震えている。

「アアアアアア! アッ! ウアアアアアアア!」

 天まで続く三角形の結界の中、魔王も最初は身もだえするばかりだったが、体が馴染み始めたのか悶える勢いそのままに暴れ、光の壁を殴り始める。

 壁が揺れ、亀裂が走り、床が唸る。


「セイマでも限界なの?」

 アイサが鋭く目を細めた。


「グヌウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!」


 魔王が結界を破り飛び出してきた。


 体からは焼かれたように煙を立ち昇らせている。その異臭に鼻が曲がりそうだ。


 ――な、なんだ……。なんか妙な違和感が……。

 睨みつけるイサミに気付いたのか、魔王は口角を吊り上げる。


「なになになぁにぃい!? イサミクンのお仲間も、随分な力をもってるじゃなぁい!」


 しかし、魔王には見た目以上のダメージは残っていないようだ。その煙のような、影のような体に、厚みが生まれ始めていた。


「ちっ……調子づきやがって」

 イサミは唾を吐き捨てた。

 その左右に、同じく立ち上がったアイサと、後ろから駆け寄ってきたセイマが横に並ぶ。

 三人の放つ気配に気付いたのか、魔王は甲高い声音を落ち着かせた。

「厄介だねえ……仲良く死んでもらうとしようか」

 両腕を広げて威嚇してくる。


 アイサが一歩前に出た。

「イサミくんだけを死なせるわけにはいかないのに」

 

「……()()? おい、()()ってなんだよ」


 セイマも続いて一歩前に出る。

「そうです! 仮にイサミさんだけ死んだとしても許しませんよ」


「だからそれなに!? お前ら庇ってる風で俺だけ犠牲者にしてんじゃねえか!」

 すっかり活力を取り戻したイサミが吠えていると、

「今こそ三人の力を合わせる時ね」

 アイサがイサミの刀を握る手を晒の上から掴む。

「え?」

「そうですね。起こしましょう奇跡を」

 とセイマも彼の手を掴み、微笑みを向ける。

「は?」


「ほほう……どんな力か楽しみじゃないの……!」


 魔王は言葉とは裏腹に、初めて身構えた。



「「「…………」」」


 手と手を繋ぎ、結ばれた三人の体が突如――。




 ………………光ることもなかった。



「…………。は?」


 魔王が思わず声を漏らす。


「まぁ、そう都合よくいくわけないわよね」

 アイサが前髪を払いながら言った。

「だろうな! 聞いてねえもんそんな力!」

「じゃあなんで繋いだんですか!?」


 三人は一斉に手を離した。

「一応何かあるかと思って。さ、頼んだわよイサミくん、セイマ」

 アイサが背中を押す。

 その手を通じて身体を強化するような不思議な力は働かない。

 だが、温もりを感じた。


「楽しませてくれるねえ……。でも、まだだ……もっともっとくれよおおおおおおおおおおお!」

 魔王の口から再び可視光線が放たれた。


 イサミが矢面に立ち刀を振り下ろした。

 光線を断つ。

 光線は裂け、イサミの左右後方へ流れていく。

 彼のすぐ後ろで、セイマが夜空へ祈り、星々が応え輝く。

「ぬおおおっ!?」

 飛来した星が魔王の体が腕を杭打たれたように貫く。

 宙に浮いたまま、磔にされた形だ。


 そこへイサミが飛び上がり斬りかかる。


 短く吐き出した彼の吐息と、刀が振り下ろされ空を切る音が重なる。


 至極簡単に魔王の体を斬ることに成功する。


 しかし、斬られた傷口からは、血が噴き出すことはなく、排水に浮かぶ油のような混沌が覗くばかりだった。

 

「ああああああ! 痛いねええええええええ!」


 と叫ぶが歪んだ笑い声を響き渡らせつつ、傷口は意思を持ったように蠢き、すぐにも塞がっていく。

 磔になっていたのも、冗談に付き合ったとばかりに、刺さった星の杭から簡単に腕を抜いてしまう。

 そして魔王の体は再生に伴い肥大化していく。


「ちょっとこのままだと怖いねぇ。ワタシも本気でいこうじゃない……」


 魔王の体が光に包まれる。ゆらゆらと蜃気楼のように妖しい気配を立ち昇らせつつ、光を次第に強めていく。


「お、おいおい……! やべえんじゃねえのこれ?」

 イサミが振り返る。

「一旦引くわよ」

 アイサの言葉に、イサミとセイマも急ぎ駆け出して聖域を後にする。


 聖域に残るのは、光の膜に包まれた魔王と、今はもう、どこに倒れているかもわからない、カージョン王だけとなった。



いつもお読みくださいましてありがとうございます!


次回は明日月曜日に更新します。

今回が少し長くなってしまったので・・すみません、急な話ですがよろしくお願いします!

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