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異世界転生予備校  作者: ずんだらもち子
6時間目

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6時間目  道徳 ⑥

「そちらの都合など関係ない。これだけのことをしておいて、さらには王の邪魔をするというのなら、私が貴様たちを殺す理由は有り余る」

「まぁそれもそうですが……」

 セイマの引きつった笑みは、すぐにも捨て去ることになる。

 両手を広げたイノスの背後に転がる瓦礫、植樹、隕石の欠片……そのすべてが浮かび上がり始めた。


「今更命乞いをしても無駄だ。君たちに残された選択肢は……そうだな、処刑方法を選ばせてやることくらいか」

 イノスは眼鏡を持ち上げた。その動きに合わせて、欠片などが少し動いた。

「しませんよ? そのどちらも」

 セイマが不思議そうに小首を傾げた。

「……私別に前線で戦うタイプではないんだけど、イサミ君を行かせてしまった以上仕方ないわね」

 はぁ、と深いため息を吐いたアイサは掴んだ瓦礫を後ろに投げ捨てた。

「セイマ。危ないから私の後ろに――」

 アイサが続きを喋る前に、イノスは動き出す。


 イノスの両手の指先が蠢き、鋭利な瓦礫や木材、硝子片たちが急襲する。

 しかし、アイサの憂慮は外れた。

 最初からイノスはアイサを狙っていたのだ。

 

 一つ。

 二つ。

 三つ。


 そこまでは、はたき落とすことはできた。

 しかし、そこから四、五………………十と連続してアイサは自分への斬撃にも似た攻撃をを許してしまう。

「アイサさん!」

 セイマは悲鳴のような声をあげながらアイサに近づいた。

 アイサの白衣を斬り裂き、白い肌に紅い鮮血が咲き乱れさせる。

 最後に襲ってきた割れた瓦礫が左の太腿に突き刺さった。

「ちっ……」

 アイサは舌打ちをした。

 裂けた肌から噴き出した血の量はそれほど多くはない。

 鋼体効果が残っていたので、傷は浅かったようだ。しかし、流れ堕ちていく血液は彼女の紺色のソックスを黒く染めていく。

「随分と大口を叩いてたわりには、簡単に形成は覆ったな」

 イノスは愛でるような微笑を浮かべていた。

 大腿に傷を負ってしまえば、機動力の低下は否めない。

「この程度で崩れるのなら、これも効果的かな?」

 イノスは右腕の先の五指を軽く握り、その指先を全てアイサに向けた。

 それぞれの指の先に黄色い光が灯る。

 光はやがて5つの球体となり、


「『光の矢(レイ・レイン)』」


 棒状に変形し、アイサを襲う。

 アイサはセイマを突き飛ばす。強化された彼女の力ではセイマは抵抗虚しく5メートルほど吹き飛ばされてしまう。

 天地が逆さに回る視界の中、アイサの口が微かに動くのが見えた。

 ごめんなさいね。――セイマにはそう聞こえたような気がした。

 光の速さで襲う矢を躱せることが奇跡に近い。

 足を負傷したアイサはそれでも避けるかのように体を動かす。

 しかし、躱せたのは一発だけ。

「アイサさん!」

 転がった体を起こした瞬間にセイマの視界に映ったのは、無数の光の筋がアイサの体を次々と掠めていく光景。

 逸れた光が地面を穿ち、土ぼこりが舞う。

 瞬く間にアイサは煙に包まれた

「くっ、この!」

 セイマのローブが柔らかく灯り始める。

「ケイローン!――」

 セイマが天に向かって両手をかざした。

 空の彼方で星座が光る。


 そして夜空より星が――。


「え!?」


 降り注がない。


「な、なんで!?」

 星を見上げていた顎を引き下げる。視線の先に現れたイノスもまた、空へ左手をかざしていた。

「君が星を操る力があることは調べてある。先程の隕石も驚いたが、おかげで確信できた」

「だ、だからってそんな……ど、どういうことですか!?」


「……念力のような物かと思ってたけれど、」


 砂煙が空気に溶け込むように消え、アイサの姿が露になる。

 熱量を持った光線はアイサの白衣や服と肌を焦がす。爛れた皮膚は破れて血を流していた。

 不快な臭いが夜風に運ばれ王城庭園内を満たした。

「アイサさん……!」

「どうやら違うみたいね。光を……そして重力を操る、とでもいうのかし……らっ」

 それでもアイサは左太腿に刺さったままだった瓦礫を抜き取り、八つ当たりのように血まみれの瓦礫を投げ返す。

 ふわりと大きな弧を描き、イノスの元へ届いたが、到底威力などあるわけもなく、あっさりと彼の右手で叩き落とされてしまう。

 最後っ屁のように、その叩いた手と、体へ瓦礫は血をまき散らした。

 イノスは頬に着いた一滴を親指の腹で拭った。赤い筋が一本残る。

「その通りだ」

 右手を、アイサに向けた。

 今度はその手を開いている。

 ガントレットを嵌めたイノスの手が縁取られるように光った。

 果たして、その先に立つアイサの体が風船のように浮かび上がっていく。やたらに遅く浮かぶのは、その恐怖心を煽ろうとする考えだろうか。

「アイサさん!」

 とセイマは力を解除しようと手を降ろしかけるが

「ダメよ」

 アイサが冷静に言った。「今力を解けばセイマが狙われるわ」

 セイマとイノスは力比べをしているようなものだった。どちらかが手を放せばもう一方が襲われてしまう。

 しかし、アイサの体はぐんぐんと上昇していってしまう。城壁の高さを超え、城の三階ほどの高さにまで浮かんでしまう。ただでさえ控えめな声量のアイサ。もはや彼女の声は悲鳴さえも聞こえない。

「君たちの体は不思議な力で守られているらしいな。それならばこの高さも耐えられるのだろう」

 上空にいるアイサには聞こえない。そのことは分かっているはずだが、イノスは淡々と、二人に語り掛ける。

 セイマは歯を食いしばった。

「ど、どうすれば……」

 頭を巡らせる。

 しかしイノスはその思考の時間も与えるつもりはない。

「さて、どうなるか実に興味深い」

 イノスは右手を、繋いだ紐を引くように降ろした。


 点になっていたアイサが重力を得て、加速しながら地上へと落下した。

 派手に爆発するようなこともなく、ただアイサの体が地面に叩きつけられ、微かに弾む。

 鈍い音は世界に響きもしない。

 石畳の地面に亀裂が走った。

「アイサさん!」

 セイマは叫ぶことしかできなかった。

 そんな自分を悔やむように口の端を噛みしめ血を流す。

 睨みつけたところで、イノスが怯えることもない。

 もっとも、イノスはセイマと自分との間に落ちてきたアイサへと視線を注いでいた。

 アイサの体が小さく震えだす。

「アイサさん……!」

 セイマの呼びかけは、安堵が滲んでいた。

「ダメ、近づいては。……私は大丈夫よ」

 そう答えながら、アイサはどうにか立ち上がろうとする。

 左肘と右膝を支えにして、起き上がろうとするが、その体は小刻みに震えている。立つことはままならない。体を浮かせるのがやっとだった。

 彼女が倒れていた場所を縁取る様に血が滲んでいる。

 右肩が破壊されてしまったのか、右腕はだらりと地面に垂れ下がったままだった。

 頭から血を流し、左半分が血に染まる。切れ長の瞼が開くと、白目までも赤色に塗れていた。前髪から血が滴り、不細工な模様を石畳に描いた。

「全然大丈夫なんかじゃないじゃないですか!」

「いや、そんなことはない」

 イノスは冷静だった。

「あの高さから落ちてその程度であればな。……立ち上がりたいようだな。手を貸してやろう」

 再びアイサが空に浮かぶ。今度は投げるようにあっさりと高く。煽る行為がアイサに対して何の効果も得られないことがわかったからだろうか。

「やめ――」

 と口にしかけたセイマの足元に、ゴム手袋が落ちてきた。

 見上げるとアイサが右の手首を握っていたところまでは見えた。しかし、その続きの所作はすぐにもわからなくなる。

 先ほどよりも高く、城の尖塔ほどの高さにまで浮かんでしまっていた。

「存外あっけなかったな。異界の使徒だか、神の使いだかわからないが、所詮は子どものやること。これで終わりだ」

 セイマに向かって言う。

「言っときますけど、アイサさんをもし殺したら私あなたのこと殺しますよ」

 イノスを睨み返すセイマの瞳孔が縦に開く。

「遠慮しませんからね?」

 セイマのローブに描かれた星座たちが一斉に光り始める。まだ宵に浮かぶ星のようにか弱い光だったが、漲る気配が漏れ出し、風を生む。

 一国の存亡を預かるイノスとしてはその気配に素直に臆すことなどできるわけもない。

「……なるほど。では用心しておくよ」

 イノスは挑発にも似た微笑を浮かべる。しかし、妙な一呼吸を置いてからだった。

 アイサに向かって伸ばしていた右腕を、糸を切ったようにだらりと降ろした。


 無重力から解き放たれたアイサの線の細い体は、加速度を得て流星の如く落下してきた。


「――!?」


 薄い笑みを浮かべて見上げていたイノスは、突如息を飲むように表情を険しくし、後ろに飛び去った。

 アイサが真っすぐに自分へ向かって落下してきたからだ。

 波打ち際にあげられた魚の如く無力で無抵抗な姿だった先程とは違う。

 アイサの着地と同時にけたたましい破砕音が王都の上空に轟いた。

 怒った神が金槌を大地に振り下ろしたかのようだった。

「アイサさん!?」

 イノスが体勢を崩したことで、セイマは力の拮抗から解放された。

 アイサの落下スピードがそもそも倍以上になっていたことも、セイマが驚かされたことだが、落下の体勢も全く違った。

 片足を地面に向かって伸ばしていた。さながらキックをお見舞いするような形だ。

 巻き上がった粉塵が収まった頃、中から現れたアイサは、片足を地面に突き刺していた。

 平然とした様子で立っている。

 そして今、持ち上げる形になっていた右足を降ろした。

 ずしんと音を鳴らし、石畳にひびを入れる。

「足――筋肉と骨を固くしただけよ。岩みたいに。あんまり長時間できないけど」

 石化させた足は灰色をしていたのだが、アイサの言葉通り、彼女が説明を終える頃には、いつも通りの色をしていた。

「ちっ――うっっ!?」

 イノスの顔に液体が霧のように降りかかる。半分以上は彼の体を外れて1メートルの範囲内に散ってしまった。

 彼の顔が半分紅く染まった。

 眼鏡はイノスの双眸を守った。その務めを果たしたように、血に流され彼の顔から外れ落ちてしまった。

「あら、半分もかからなかったわね。せっかく血を流したのに」

 彼女と同じく無重力の環境下で、球体にでもなっていたのだろうか。遅れて降り注いだようである。

 アイサの左腕が血まみれになっていた。恐らく手首から流れているようだ。


 しかし、血が流れているのは、そこだけであった。


「あ、アイサさん!? なんか……」

 セイマが目を丸くする中、アイサはぼろぼろになった白衣を脱ぎ、小脇に抱える。

 制服も焦げや破れが目立つ。スリットのように裂け目のできたスカートからは臀部の側面が見え隠れしていた。

 しかし、露出した肌は、つやつやと輝いている。風呂上がりのように艶めいていた。

「き、綺麗になってません?」

「ええ。十分すぎるほど時間があったから」

 アイサは左腕の血を白衣で拭うとそれを投げ捨て、血の湧き出す左手首を、粉砂糖のように舐めた。

 その事実は、イノスから余裕を奪った。

 この数分の攻勢を、たったの数秒で無に帰されてしまったのだ。

「貴様……まさか、最初は泳がせたということか?」

「泳がせたなんて人聞き悪いわ」

 誰に対して気を使っているのかセイマにもわからない。

「貴方の力がどのようなものなのか観察してただけよ。もう少しダメージ少ないと思ってたからそこは想定外だったわ。流石ね、元英雄の一人さん」

 敬意の欠片もない呼称だった。結局その事実は、自身の強化能力の検証結果でしかなく、イノスの実力など目の端にもかけていないということだった。

「ま、二回目は貴方が油断したおかげで、狙いをつけることができたわ。私の落下までを操るの、やめたでしょ?」

 アイサは乱れてしまった髪をかき上げながら、改めて乱れた髪を整え、クリップで留めていた。

 イノスは元の自分の顔を忘れてしまったかのように、醜く歪ませていた。

 その歪んだ顔からは、アイサの血の筋が消えていた。

「貴様は補助魔術を操るということか……! 己を回復し、強化したと……!」

「そうよ。さっき言ったでしょ? 私本来前線で戦うタイプじゃないもの。だから体を治癒したり、防御力を高めたりできるわけ。そして――」

「――ぐっ」

 イノスが鈍い悲鳴を漏らし、妙な姿勢のまま固まってしまう。

「か、体が……!」

 小刻みに震えながらも、四肢や顔を自由に動かせないようだ。

「ようやく効き始めたわね」

「ききはじめた?」

 セイマが首を傾げる。もはや彼女のローブは光ることをやめていた。

「ええ。私が外部要因――敵からの攻撃で流した血に触れると発症するようになってるのよ。防御反応ね」

 セイマは一つ腑に落ちる。だからあの時近づくなと言われたのかと。

「あなたも案外丈夫な体をしてるじゃない」

「な、何をした……!」

「私の血を舐めたり、皮膚から吸収したからそうなるのよ。安心して、ひとまず末梢神経へ悪さする程度だから。それより――」

「き、きひゃみゃあぁぁあぁ!」

 声は出せるようだ。しかし口もあまり自由に動いているとはいえず、聞き取り辛い。

「でょ、(でょく)……を……もっひゃか!?」

「……毒? ……ふ」

 アイサがほくそ笑む。その横顔を見てセイマは場の緊張感に似合わない「あっ」という弾んだ声を出した。

「そんな物騒なつもりはないけど」

「だびゃ、致命傷(ひめいひょう)でひゃいにゃら(ひゃなひ)ひゃ(ぶぅぇちゅ)でゃ」

 よれよれのイノスは、震える手をじっくりと時間をかけてどうにか持ち上げる。肩の高さまで上げた腕を軋んだ絡繰りの様にぎこちなく後ろに向け、そして前へと渾身の力で乱雑に振った。

 すると、瓦礫の影――城の内部の方から、何かが飛んできた。

 身構えようともしない二人だが、イノスの足元に滑り込むように飛んできたのは、顔を紫色に腫れあがらせたタウカン少尉だった。

いつもお読みいただきましてありがとうございます!


リアクションも本当嬉しいです(T_T)ありがとうございます。


今週は平日にも1話投稿予定です!よろしくお願いします。

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