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異世界転生予備校  作者: ずんだらもち子
6時間目

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3時間目  社会・座学 ⑤

「勇者が……」

 イサミは、理事長から告げられた敵の名前を、ただ反芻することしかできなかった。

「でもどうしてその勇者様は理事長の力を求めたのかしら?」

 アイサがイヤリングを揺らしながら、誰に言うでもなく、言葉にした。

 確かに――とイサミが口にしかけた時、理事長が先んじて言う。

「知らない方が……、お前たちも気楽だと思うぞ」

 理事長は視線を逸らし、素っ気なく言い放つ。

 理由は知っているということだけはイサミたちに伝わった。

 イサミはデューク先生や速水先生に視線を向けるが、割とお喋りな方である両先生も、まぶたを閉じ、沈黙している。

 隣のアイサから、短いため息が聞こえたので意識をアイサと理事長に戻した。

「そう……。でも調べるのは良いのかしら?」

「……好きにしろ。アイサ、お前はその方が性に合ってるだろうし、そのことで動揺する性質(たち)でもあるまい」

「……ええ。理事長先生ったら、相変わらず嫌な人ですね」

 理事長の揶揄うような物言いにも、アイサは嘲笑すらも返さない。挙句の果てには挑発的な言葉を添えた。

 奪われたとはいえ、それでも尚発揮される理事長の夢幻的な力を知っているイサミは、一人顔を青くし、冷や汗を流した。

 しかし理事長は「はっ」と鼻で笑っていたので、イサミの心配は杞憂に終わったようだ。

「お前たちはどうなんだ?」

 理事長がイサミ、そしてセイマへと順に目を配る。

「私は、別になんでもいいです」

 先に答えたのはセイマだった。ともすればドライな言い方をしたので、イサミはつい目を丸くした。

「どんな事情があったとしても、私たちが目的を果たすことには変わりないですし!」

 セイマは鼻息荒く、力こぶを作る。やる気は十分なようだが慈悲はない。

「お、お前案外あっさりしてんのな……」

 イサミは顔を引きつらせてしまった。

「イサミくんはどうなの?」

「へ?」

「気になります? そこ」

 二人に左右から尋ねられ、遅まきながら考え始めた。

「うーん……どうだろ? 気にならないって言えば嘘になるし、でも知っちゃうと戦い辛くなる気もするしなぁ」

 イサミは実りすぎた稲穂のごとく首や体を傾ける。「ただ……」

「ただ?」

「ちょっと納得いかねえっていうか、今はスッキリはしてない」

 イサミの中で一人の人物が浮かび上がる。


 ――レニは、勇者さまって呼んでた。慕ってる人だっているのに、それを裏切るようなことを、なんでしちまったかはわかんねぇけど、ちょっとムカつくぜ。


「まぁ、時間はまだあるみたいだし、よく考えておいた方がいいかもしれないわね」

 アイサは腰かけていた机から飛び降りた。


「いざって時に迷ってたら、あなた、もう一度死ぬわよ」


 その一言を残し、教室を出て行こうとする。

「アイサさん、どこに行くんですか?」

 セイマが不安げに尋ねた。

「シャワーよ。(これ)、落としたいの」

 親指と人差し指で数本の前髪を摘まんだだけなのに、少し持ち上げると全ての前髪が、暖簾の如く持ち上がる。すっかり血のりでくっついていたようだ。


「ど、どんな返り血を浴びたらあんなことになるんでしょうね?」

 アイサが出て行ってから、苦笑を浮かべたセイマがイサミに話を振る。

「……」

「イサミさん?」

 イサミは眉間にしわを刻み、黙り込んだままだった。


「よし!」

 デューク先生が柏手を打つ。

「アイサが戻って来るまでに、改めてお前たちにも、自分の力を説明してやる。セイマ、お前は俺が。イサミは速水先生に教えてもらえ」

「は、はい」

「……」

「おいイサミ!」

「へ? あ、はい! わかりました!……えっと、な、なんでしたっけ?」

「ボーっとすんじゃねえ。ここが中東だったらお前は今頃ハチの巣だぞ」

 デュークに叱責されて、慌てて立ち上がったイサミは速水のところへ向かう。

 速水先生は、顔を真っ赤にして、短くタイトなスカートの裾をぎゅうっと握っていた。

「こ、これから、誰も使っていない隣の空き教室に移動しますが……。い、イサミ君。ふ、二人っきりになるからって変なことは期待しないように先に言っておきます」

 いつもの迫力はなく、随分としおらしい。

「するわけないでしょ! あんたこそ何考えてんだよ。珍しくせっかちじゃないと思ったら」

「だ、誰が発情しすぎてもう待てないせっかちなんですか!! いいですか! 戦いに置いて先を読むのは――」

 にぎやかに教室を後にする速水とイサミ。

「おい、イサミ」

 理事長が乱暴に呼び止める。

「お前、初日に私に色々質問してきたよな?」

「え? あ、あぁ……そうでしたけど」


「まだ訊きたいことがあったんじゃないのか?」


 イサミの頬がぴくりと動く。

 そして、前髪を留めている赤いヘアピンを指先で撫でていた。

「あ、あったけど……い、今はもう…………」

「どうした? 予想が事実となるのが怖いのか?」

 くりっとした丸い瞳、ぷくりとした唇、赤らんだ頬――そんな幼い顔の中に、神と呼ばれるが所以の凄みがあふれ出す。見つめられるだけで、イサミは金縛りにでもあったかのように足を動かすことができなくなってしまう。

「なっ――」

 イサミの表情が一瞬険しくなったが、すぐに押し黙ってしまった。

 教室の中、不意に訪れた静寂に、一同イサミへと視線を集める。


 ――頭の中くらい、簡単に読まれてるのかもな……。だとしたら隠しても意味ねぇか――


「……正直、それもある。でも、俺たちが()()()()()目的が分かった以上、すでにそうだよ。意味のない質問になったんだ」

 言葉の最後には、床を嘲笑うイサミだった。

「……行ってみたいか?」

 理事長はその短い指を組む。

 イサミは鼻先を弾かれたように顔を上げた。

 見ている角度ゆえか、はたまた定期的に変化しているのか、理事長の紫苑色の瞳は、恒星に照らされた宇宙の影のように見えて、見つめているだけで胸に空虚な感覚を覚えた。

「行くって……まさか――」

いつもお読みいただきましてありがとうございます!!


5月中にもう1話更新できたらします! できなかったら次の日曜日になります! スミマセン、よろしくお願いします!!

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