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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第96話 『Perfect Game (2)』

鳳鳴高校のグラウンドは、野球部だけでなく、サッカー部や陸上部……果てはソフトボール同好会まで兼用している。

そのグラウンドの周囲からは、真夏の日中、盛んにセミの声が響き渡っていたが、さすがに今はもう聞こえない。


暦はもう9月下旬である。

もう秋の入り口と言って差し支えない季節だろう。

しかし、練習試合の当日……9月20日だけは、暑い日差しがグラウンドに降り注ぎ、厳しい残暑が季節外れの夏気分を演出していた。


グラウンド周りのフェンスには、まばらなギャラリーが取りついているのみ。

大村の言うとおり、積極的に口コミをしなかったせいか、極めて閑散としたものだった。


校庭や校舎側とグラウンドの間には、高さが約2メートルのフェンスが張られており、そのフェンスは、ホームベースからレフト方向へのファールラインと平行に伸びている。

ただし、高さがあまりないため、ファールボールがフェンスを越えて打ち込まれることも、それほど珍しいことではない。

もちろん、一般の生徒にボールが当たる危険を秘めているため、鳳鳴高校における安全管理の重要課題の一つである。


“りん”、沙紀、東子の三人は、滝南選手のいる三塁側ベンチの裏のフェンス際から、間もなくであろうプレイボールを待っていた。

この試合では、鳳鳴が一塁側、滝南が三塁側……にそれぞれ陣取る形。

鳳鳴の応援団としては、一塁側に行きたいところではあるが、試合中はグラウンド内部侵入禁止のため、三塁側のフェンス際から声援を送るしかないからだ。


「あっ! 栞ちゃんが手を振ってるっ♪」


確かに東子の言うとおり、ベンチの中で、一人だけえんじ色のジャージを着て、同色の野球帽をかぶった女子生徒……栞が大きく手を振っている。

それを見て、“りん”たちもまた、栞に向かって手を振り返した。


「大村くんも……山崎もいるみたいね……」


もともと視力がバツグンに良い沙紀が、一塁側ベンチを見ながら呟いた。

白地に、えんじ色のアンダーシャツとストッキング、胸には漢字で“鳳鳴”の二文字が記されたユニフォームに身を包んでいる大村と山崎。

ちなみに、大村の背番号は“2”、山崎の背番号は“5”だ。


「そういや、山崎が新キャプテンって言ってたな……」


「そうそう。アタシも聞いたよっ♪ なかなかやるよねぇ……山崎くんも」


東子が、例のアニメ声でおどけるように言う。

だが、沙紀は、東子と違って、ため息混じりながらも辛らつだった。


「他に人材いなかったのかしらねぇ……」


沙紀と山崎は、お互い気心の知れた幼馴染(第78話参照)である。

言葉に容赦ない厳しさが感じられるのは、間違いなくそのせいだろう。


(まぁ……、オマエが女子バスケ部のキャプテンをしてるくらいだからいいんじゃね?)


沙紀に聞こえたら、即座にアイアンクローの刑に処せられるであろう台詞を、和宏は心の中だけで呟いた。


10時ジャスト……両チームの選手たちが、ベンチから一斉にホームベース周辺に向かって飛び出していく。


ホームベース前、主審を務めるのは、体育教師“山本やまもと浩志ひろし”。

ホスト側である鳳鳴高校野球部の監督である。

その前にズラリと整列した両チームを見て、和宏は軽い違和感を覚えた。


(……? なんか滝南のヤツラ……デカイ背番号ばっかりだな……)


滝南のユニフォームは、灰色地に黒のアンダー……胸のロゴは“TAKINAN”と、ローマ字で刻まれている。

“りん”たちのいる場所からは、整列している滝南の選手たちの背中しか見えないが、その背番号が二桁の選手ばかりなのだ。

ただ一人……背番号“2”を除いては。


審判の号令により礼を済ませ、後攻の鳳鳴ナインは一斉にグラウンドに散っていった。

マウンドに上がったのは、エース番号である背番号“1”を背負った、185センチの長身……御厨誠治である。

この長身を活かして、オーバーハンドから投げ下ろすストレートは、いかに滝南といえども打ちにくいはずだ。


「プレイボールッ!」


主審の山本のコールにより、試合が始まった。


御厨の右腕から放たれた第一球が、大村のミットにズバリと収まる。


「スットライク!」


主審の山本のコールは、ホンモノのアンパイヤのように、少々仰々しい。

こんな練習試合で大げさすぎないだろうか……と、言いたくなるほど大げさなストライクコールだ。


続く第二球もストライク。

ストレートの走りを見る限り、御厨の立ち上がりはかなり良いと言えるだろう。


「すごいじゃない! 簡単にツーストライクなんて」


「そうそう。ひょっとして、鳳鳴ウチの野球部って結構強かったりしてっ!?」


沙紀と東子が、なんとも無邪気に興奮している。

その素人丸出しさ加減に、“りん”は思わず苦笑した。


「はは……。二球くらいじゃまだ何もわかんないって。まぁ、あまりにも簡単に見逃してるから、多分相手が様子を見てるだけかもな」


“りん”の冷静な解説に、二人が「へぇ~、そういうものなんだ……」と感心しかけた時だった。


「スットライク! バッタァーアウトッ!」


(ありゃっ!?)


空振りで三球三振。

和宏の解説は、いとも簡単に外れてしまった。


「りん……? なんかハナシが違わない?」


「イヤイヤイヤッ! まだ一人だし!」


沙紀の疑いの目を振り払うかのように、“りん”はまだこれからを強調した。

しかし、御厨は次のバッターも三振に切って取り、いとも簡単にツーアウトにしてしまった。


「あれぇ!? やっぱり鳳鳴ウチの方がスゴイんじゃないっ?」


沙紀と一緒に、東子も疑いの目を“りん”に向け始めた。

滝南なんて、意外と大したことないじゃん……とでも言いたげな二人の素人の視線が妙に痛い。


そんな中、続いて打席に入った滝南の三番バッターが、御厨の初球をレフト前に運んだ。

滝南の初ヒットである。


「ホ、ホラホラホラッ! やっぱり滝南は強いだろ? な?」


甲子園常連校である滝南が、この程度のはずはない……それが証明されたかのように、“りん”はドヤ顔をした。

決して御厨の球に手が出なかったわけでないはずなのだ。


「ちょっと! なに言ってんのよ! アンタどっちの味方!?」


「そうだよっ! ピンチの時こそ応援しなきゃっ!」


沙紀と東子が、何故かこんな時だけ正論を吐いた。


(……あうぅ……)


なんだかワリに合わない……と思いつつも、真っ当な正論だけに逆らいようがない。

“りん”は、口を尖らせながら、改めて試合に注目した。


ツーアウトながら、ランナー一塁となった場面。

右バッターボックスには、滝南の四番。

名前はコールされないので、誰かはわからないが……背番号は“2”だ。


野球選手のワリに線が細く、かなりスマートな印象である。

だが、バッターボックスに入る前に見せた素振りのスイングは……かなり鋭かった。

そのスイングに手が縮こまったわけでもないだろうが、マウンド上の御厨は投げにくそうな表情を見せている。


初球、二球目と、ボールが二球続いた後の三球目……滝南の背番号“2”は、いとも簡単にバットを振りぬいた。


(……っ!)


鮮やかな金属音が響き、鋭い打球がセンター方向に伸びていく。

最初の第一歩が遅れたセンター広瀬は、それでも懸命にバックし、目一杯グラブを出してキャッチしようとするも……わずかに届かず、センターオーバーとなった。

スタートダッシュがまともなら、ちゃんと追いついていたと思われるが、今となっては後の祭りだ。


ツーアウトのため、すでにスタートを切っていた一塁ランナーは楽々生還し、打ったバッターは三塁へ。

まだ初回……しかし、滝南に早すぎる先取点が入った。


「あ~ぁ……一点取られちゃったぁ……」


「りんが余計なこと言うからよ!」


(俺のせいかっ!?)


三人並んでフェンスに寄りかかりながら観戦する“りん”たち。

やっぱり強いね……とか、まだ始まったばかりだし……とか、沙紀と東子の他愛ない会話は続いていく。

そんな会話を軽く聞き流しながら……“りん”は、たった今、センターオーバーの三塁打を放った背番号“2”を見つめた。


(……あいつスゲェな……)


スイングの滑らかさが、他のバッターの比べてハンパない。

軽く振り抜いただけの割りに、やたらと打球が鋭かったのは、その証明だろう。

さらに言うなら、パワーはないにしても、その分ミートが上手そうだ。

仮に、“りん”が、あの背番号“2”と対峙したとしても、空振りさせるのは至難の業に違いない。


なおもツーアウト三塁というピンチであったが、御厨は、次の五番バッターを三振に取って、ようやく一回表が終わった。

御厨は、自責点1ながら3奪三振……良い立ち上がりと言って差し支えないだろう。

むしろ、スタートダッシュが遅れて、センターオーバーを許してしまった広瀬の守備の方に問題アリだといえる。

その証拠に、広瀬は、一塁側ベンチに戻るなり、山崎と御厨に小突かれていた。


やっぱりな……と、“りん”はクスクス笑った。



―――TO BE CONTINUED

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