第87話 『Season in the Sea (9)』
「車のエンジンがかからんっ!」
運転席から、大吾の悲鳴に似た声が辺りに響く。
キュルキュルキュル……というセルモーターの回る音はするものの、一向にかからぬエンジン。
思わぬトラブルに“りん”たち4人は、不安げな表情になった。
なにせ、4人とも車のことなど全くわからないのだ。(高校生だから当たり前だが)
のどかが、心配そうに大吾の背後から運転席を覗き込むが、やはり何度やってもエンジンはかからなかった。
「……ダメだ。ちょっと詳しく調べるから、ちょっとみんなでそこら辺で休んでてくれ」
「手伝わなくて大丈夫なのかな?」
「おおよ。電気系統かもしれんからな。俺しかわからんだろ」
そう言って、大吾は懐中電灯を片手にエンジンルームを開けて中を探り出した。
独身時代は、愛車をチューニングするのが趣味だった大吾である。
電気系統くらいなら、充分に対応可能のはずだった。
すでに時計は18時半を回っている。
あれほど明るかった空は、日没がとともに急速に暗くなり始めていた。
「まいったな。新車なのに……アレ」
のどかが愚痴るように言う。
とはいえ、実際にエンジンがかからないのだから……これはどうしようもない話だ。
「でも、困ったわね。どうする?」
沙紀が、みんなの顔を見渡した。
焼きそばが完売したのがお昼頃……その後、散々遊んできたばかりなので、今からまた遊ぶ気にもなれない。
“りん”とのどかが困ったような表情を浮かべるのとは対照的に、東子が得意満面な笑みを浮かべた。
「えへへ。ここはアタシに任せて~♪」
東子は、妙に頼もしい台詞を吐きながら、バッグからビニール袋に包まれたものをガサリと取り出した。
「じゃーん!」
そのビニール袋の中身は……花火、だ。
普通の手持ち花火や線香花火、据え置き型の吹き上げ花火など……かなりバラエティに富んだ品揃え。
四人でするには充分な量だった。
「どうしたのよ……コレ?」
沙紀が、目を丸くして驚いている。
もちろん、“りん”とのどかも似たような表情である。
そんな三人に対し、東子は得意満面に言い放った。
「こんなこともあろうかと持ってきてたのっ♪」
(((どんな事態を想定してたんだー!?)))
まるで予言者並みに準備の良い東子に、三人はほぼ同時に突っ込んだ。
ここで東子を小一時間ほど問い詰めたいところだが、これ以上突っ込みを入れても、いろいろな意味でしょうがない。
「……ま、ちょうどいいかもしれないね。とりあえずバケツに水を汲んでくるよ」
真っ先に頭を切り替えたのはのどかが、のんちゃん号に積んであるバケツを取りに、車に向かって駆け出した。
そんなのどかを見て、顔を見合わせる沙紀と……“りん”。
「んじゃ……せっかくだからするか?」
「そうね。せっかくの夏の夜だしね」
乗り気になった“りん”と沙紀は、辺りから小枝など……燃えそうなものを拾い集め始めた。
そして、丸めた新聞紙の上に、集めてきた小枝を積み重ねていく。
先ほど、バケツを取りに行ったのどかが、水を張ったバケツを持ってきて……準備完了だ。
東子は、手に持ったチャッカライターで、新聞紙に火を付けた。
ちなみに、このチャッカライターも東子の持参物……どこまでも準備の良い娘である。
昼間はソコソコ吹いていた風も、今ではすっかり凪いでいたため、難なく新聞紙は燃え上がっていった。
即席ながら、まずまず立派なたき火。
「お~……いいね。なんかいい雰囲気じゃん」
「へへ~……でしょっ?」
かなり薄暗くなった砂浜に灯った明かりが、四人の顔を淡く照らす。
このワクワク感は、まるでキャンプファイヤーの時の高揚した気分によく似ていた。
「さぁっ! 花火しよっ♪」
満を持して、東子がいつもの可愛らしいアニメ声を張り上げた。
三人は、花火の入ったビニール袋の中から、思い思いの花火を手に取っていく。
ところが、沙紀が線香花火を取ろうとしたところで……いきなり東子が割って入った。
「ダメダメェ~♪ 最初は普通の手持ち花火からっ♪ 線香花火はもっと後で気分が乗ってきたら……だよっ!」
何故か腰に手を当てて、頬を膨らませている東子。
よくわかるようなわからないような……妙なこだわりとしか言いようがない。
“鍋奉行”というのは聞いたことがあるが、これはまさしく“花火奉行”だ。
そんな東子の指導(?)の元、手に持った花火に各自が思い思いに火を付けていく。
そして、まずはのどかの花火が、シュー……という音とともに辺りを照らし始めた。
「わぁ! のどかの花火……色キレイ!」
沙紀が、大きな歓声を上げた。
パチパチと音をたてながら、紫色に近い光を発する花火。
その色は、沙紀のいうとおり、確かに美しかった。
続いて、沙紀や“りん”、東子の持っている花火も、次々と火を放ち始める。
「りんのも、色が次々に変わってキレイだね」
「ホント……面白いわね~」
のどかと沙紀が、“りん”の持っている花火に興味津々だ。
シュワシュワいいながら、次々に色が、緑、青、赤、黄……と変わっていく。
確かに、今まで見たこともない花火だ……と和宏は思った。
「それにしてもさ……変わった花火ばっかりだな。ドコで買ってきたんだ? コレ?」
“りん”が口にした何気ない疑問。
しかし、間髪入れずに返ってきた答えは……予想を遥かに超えていた。
「えへへ。これ、買ったんじゃなくて……アタシが作った花火だよっ♪」
……。
(((“作った”ってゆったーっ!!!)))
まさに、これこそ“爆弾発言”というヤツだろう。
沙紀ものどかも驚きすぎてか、口をアングリさせたまま、声も出せない有様だ。
何しろ、女子高生のお手製花火である。
ひょっとすると日本初ではあるまいか?
「……なに驚いてるんだよ、沙紀。知ってたんだろ? 東子の特技……」
東子と沙紀は幼馴染である。
この東子の妙な特技については、先刻承知のはず……と、和宏は思っていたのだ。
しかし、予想に反して、沙紀はブンブンと首を横に振った。
「……まさか。今初めて知ったわよ」
「え゛!?」
目を剥いて、驚愕する“りん”の表情。
付き合いが長いはずの沙紀ですら知らなかった東子の“特殊スキル”が……今明らかに。
(なんて底知れないヤツだ……)
“りん”は小さく呟きながら、得意げな笑みを浮かべた東子のタレ目を、放心状態で眺めるしかなかった。
―――TO BE CONTINUED




