第82話 『Season in the Sea (4)』
「着いた~っ!」
のんちゃん号から降り立った“りん”が発した第一声。
何しろ1時間半も荷台にスシ詰め状態だっただけに、心の叫びと思って間違いなさそうだ。
沙紀と東子も、“りん”と同様に両手を上げて、思い切り伸びをしている。
両者とも、久しぶりに明るい車外に出れたせいか、気分は爽快といった顔つきだった。
「お疲れ様。すまないね。後ろに3人は狭かったんじゃない?」
助手席から降りてきたのどかは、3人に対して、真っ先に労わりの言葉をかける。
その口調には、いかにも申し訳なさそうな響きが含まれていた。
「大丈夫♪ 着いちゃえばコッチのものだから~♪」
何がどう“コッチのもの”なのかは不明だが、とりあえず東子のボケにみんなが笑う。
それは、申し訳なさそうにするのどかをフォローするかのようでもあった。
幸いにも、よく晴れ渡った夏らしい真っ青な空。
絶好の海水浴日和といえるだろう。
「さあ! 準備するか!」
運転席から降りた大吾が、大きな声を出しながら、せっせと開店準備を始めた。
とはいえ、荷台側面のシャッター部分を開くだけで、外見上は、ほぼ焼きそば屋の屋台の出来上がりなので、あとは材料の下ごしらえくらいである。
しかし、もっとも目を引くのは、その荷台部分の電飾飾りやシャッター部分のハイテンションな配色に違いない。
それを見た沙紀と東子は、困ったような口調で、こっそりと“りん”に呟いた。
「それにしてもねぇ……なんでこんなドギツイ配色にしたのかしら?」
もっともな疑問である。
しかし……“りん”はその答えを知っている。
「……見た目ハデにしたかったんじゃね?」
「……でも、いくらハデッつっても限度があるわよねぇ……?」
「そうそう。正直、『これはない……』って思うしっ」
そうヒソヒソしながら、沙紀と東子の視線は、作業中の大吾を向いていた。
どうやら、この“のんちゃん号”のデザインは大吾がした……と勘違いしているようだ。
「……言ってやれよ。これをデザインした張本人に直接……」
“りん”は、苦笑しながら、のどかに視線を向けると、沙紀と東子は「ヘッ?」という感じで目を丸くした。
……“りん”、沙紀、東子の視線が、一斉にのどかに向かう。
「……?」
もちろん、大吾の作業を手伝うのどかは、今自分の美的センスを問われているとは露ほどにも思っていない。
3人の視線に気付いたのどかは、ふと作業の手を止め、首を傾げた。
「……なんだい? わたしの顔になにか付いてる?」
そう言いながら、のどかは、キョトンとした表情で頬っぺたをさする。
もちろん、のどかの顔に何かがついているわけではないのだが、のどかのその天然ぶりに、沙紀と東子が吹き出した。
「……そうね。天は人に二物を与えず……って言うしね」
「そうそう。ドンマイだよ~……のどかっ♪」
クスクスと笑いながらの沙紀と東子の台詞。
生徒会長を勤める才媛もカタナシである。
意味がわからない……。
そんな感じで首を傾げ、目をパチクリさせるのどかであった。
それでも、徐々に太陽が高く昇っていく中、大吾とのどかが中心となって開店準備は進められていく。
すでに、屋台と化した“のんちゃん号”では、大吾が焼きそばを作り始めた。
今日は、数を多く作る必要があるので、一回につき5人前を鉄板上に放り込んでコテを振るう。
ちなみに、一度に多くの焼きそばをムラなく焼き上げるというのは、意外なほど技術が必要である。
鉄板の上で、絶え間なく動かし続け、具が均一に火が通るようにしなくてはならないからだ。
そして、大吾が奮闘する“のんちゃん号”から約300メートル離れた浜辺には、カウンターテーブルがセットされた。
ここで、“りん”が出来上がった焼きそばを販売するわけである。
ただ、テーブルだけでは寂しいので、“のんちゃん堂”の文字が大きくプリントされた“のぼり”も立てられた。
ショッキングピンクの地色に、文字色はスカイブルー……その縁取りはピカピカの金色。
一目で、のどかのデザインというのがわかるシロモノだ。
「どうだい? これなら目立つだろう?」
のどかが、“のぼり”を眺めながら、自画自賛する。
確かに、目立つことこの上ない。
(……お前には“目立つかどうか”しか判断基準はないのかっ!?)
のどかに美的センスがないことはわかっているし、それは“のんちゃん号”のデザインで証明済みだ。
それでも……突っ込まずにはいられない。
「~♪」
だが、そんな和宏の心の中も知らず、“のぼり”を見上げるのどかは、鼻歌混じりのご満悦な表情だった。
その笑顔を見ると、何も言えなくなる和宏……。
せめて、この“のぼり”の異様さによって、客足が遠のかないのを祈るのみである。
「それじゃ、とりあえず第一陣の20食。頃合を見て、また持ってくるよ」
のどかは、カウンターテーブルの上に、ドッカと発泡スチロールの箱を置いた。
その中身は、パックに入った作りたての焼きそば20個。
ちなみに、1個400円である。
「リョーカイ。……ってか、のどかはどうすんの?」
「わたしはお父さんの手伝いだよ。たまにはこうして様子見にくるけどね」
予想はしていたが、やはり一人で売り子をしなくてはならないようだ。
すでに、沙紀と東子は、開店準備の手伝いが終わるやいなや、さっさと泳ぎに行ってしまった。
二人は、「りんも一緒に泳ぐ?」などと、わざとらしい台詞まで吐いていったが、和宏は、「泳げねーよ!」と心の中で毒づいたのは言うまでもない。(“りん”はカナヅチなのだ!)
「ちなみに、今日の売り上げの目標は300食だから」
「さ、さんびゃくぅ~っ!」
「あはは。大丈夫大丈夫。それじゃよろしく頼んだよ」
のどかは、“りん”の素っ頓狂な声に臆することなく、手をヒラヒラと振りながら、“のんちゃん号”に戻っていった。
もちろん、何が大丈夫なんだが、和宏にはさっぱりである。
(……まぁいいや。何とかなるだろ……多分)
和宏は、仕方なく気を取り直して、客が来るのを待つことにした。
―――TO BE CONTINUED




