第53話 『のんちゃん堂 (2)』
遠くから、カラスの「カァーカァー」という鳴き声が聞こえてくる夕暮れ時。
校門の近くまで来た“りん”の耳に、聞き覚えのあるアニメ声が届く。
振り返ると、体育館から歩いてくる沙紀と東子が目に入った。
部活時のジャージ姿ではなく、セーラー服を着ているということは、おそらく、もう部活が終わって帰るところなのだろう……と思われた。
「あら、りんじゃない。まだいたの?」
「へへ……ちょっとソフトボールの練習に交ぜてもらったんだ」
こんな時間まで“りん”が残っていることに、ちょっと驚いた風の沙紀に、“りん”が嬉しそうに答える。
だが、そんな“りん”に、沙紀も東子も呆れたような表情を浮かべていた。
「……その格好でっ?」
「う……うん」
なんとなく咎められたような感じがして、忘れていたはずののどかの顔が、また頭の中に浮かぶ。
沙紀は、畳み掛けるように、腰に両手を当てて言った。
「アンタねぇ……いい加減にしないとパンツ見えるわよ?」
「え~? だ、大丈夫……だと思うけどなあ」
さすがに、パンツが見えてしまうほどスカートがめくれ上がっていいないはずだ……と思うのだが、夢中になっている時にどうだったか、と言われると少々自信がない。
他人にパンツを見られるのはイヤだが、そうそう誰かに見られることはないはずだ……とも思う。
「ダメだよっ! 男子は結構りんのこと見てるんだからっ!」
「……?」
何でだよ? ……とばかりに“りん”の頭が、45度ほど傾く。
それを見た沙紀がため息をついた。
「りん? アンタちょっとは自覚しなさいよね……」
「な、何を……?」
キョトン……とした“りん”の物言いに、沙紀と東子が、「あちゃー」という感じで肩を落とす。
東子に至っては、「だめだこりゃ」という台詞つきだ。
「そんなんじゃカレシ出来ないわよ!」
「……それは別に構わないけど」
事実、和宏は心の底からそう思う。
なにが悲しくて“カレシ”を作らなくてはいけないのか。
「“カノジョ”を作る方が先だ!」と、声を大にしたいところだが、今となってはそれは爆弾発言に等しい。
なんともややこしいことになったものだ。
「そっか……大村クンがいるもんねっ♪」
和宏が、ややこしい思考迷路に陥ったところに、東子から本当の爆弾発言が飛び出した。
沙紀と東子が、目を丸くした“りん”の顔を、ニヤニヤしながら眺める。
「な、なんでそこで大村クンが出てくるんだ!」
「「あー赤くなったー」」
(……付き合ってられん)
赤くなどなっていないはずだが……と考えながら、この間“カレシ”役をしてもらっただけで“カレシ”扱いとは心外だ、とも思う。
言い返せば言い返すほどドツボに嵌りそうなので、これ以上は言い返さないことにして、“りん”は校門の方に視線を移した。
ところが、その視線を移した先に、よく見知った顔を見つけて、思わず“りん”は声を上げた。
「あっ……のどかだ」
まさに全くの偶然。
生徒用玄関から出てきたのどかが、わき目も振らず、急ぎ足で校門を出て行く。
どうして急いでいるんだろう? ……と、時計を見ると、もうすぐ5時だった。
“りん”の声で、東子ものどかに気付いたようだ。
とはいうものの、視力が悪い東子は、一生懸命目を細めて校門の辺りを凝視して、辛うじてのどからしき人影を捕捉しただけだったが。
「そういえばさぁ……のどかって、いつもこれくらいの時間に見かけるね~」
「言われてみるとそうね」
目を細めながらの東子の台詞に、沙紀が納得したように頷いた。
“りん”にとっては初耳の話である。
のどかが部活をやっているという話は聞いたことがない。
おそらく、生徒会の仕事か何かだろう……と和宏は思った。
不意に、校庭に「キーンコーンカーンコーン」というチャイムが鳴り響く。
17時を知らせるチャイムだ。
(そういえば……初めて会った時も、帰りの時間を気にしてたな)
のどかと初めて会ったあの日も、17時のチャイムを一緒に聞いたはずだ。
あまり記憶力の良い方ではない和宏だが、あの日のことは、さすがによく覚えている。
『とと、もう5時か……。帰らなきゃ』
『なんか用でもあるのか?』
『ま、まぁ。……ちょっとね』
『……?』
確か、こんな会話だったはずだ。(第12話参照)
妙に不自然な態度に、多少の違和感を感じたのも覚えている。
「……これは何かあるわね」
「……じゃ、行きますかっ♪」
考え込む“りん”を横目に、何かをたくらんでいるかのような沙紀と東子。
“りん”は、目をパチクリさせる。
「行くって……ドコに?」
だが、沙紀と東子は、先を行くのどかを眺めながら、こともなげに答えた。
「決まってるじゃない……後をつけるのよ」
「えええ~~~!!!」
「しっ! りん、声が大きい!」
人差し指を口に当てた東子が、小声で“りん”を咎める。
そして、沙紀と東子は、早歩きで校門を出て行くのどかを、見失わないようにコソコソつけていく。
それを見て、“りん”はため息をついた。
「……ハァ。全くお前らときたら……」
……。
「ホント面白いこと思いつくよなぁ!」
先に行った二人に追いつくため、まるでスキップするかのように駆け出していく“りん”。
沙紀と東子によって、確実に毒されていく“りん”であった……。




