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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第28話 『憂鬱な日 (2)』

2時間目の授業が終わると、教室内は一時喧騒に包まれる。

だが、今日に限っては、和宏はその蚊帳の外にいた。


いつもなら、沙紀と東子が、和宏の席を挟んで、お笑いトークを全開にするのだが、授業が終わるやいなや、女子バスケ部のセンパイらしき人(キャプテン?)が、沙紀と東子を教室の外に連れて行ってしまった。

教室の外で、なにやら話し込んでいるようだが、それに気を配っている余裕が、今の和宏にはない。


相変わらず鬱陶しい生理痛に、和宏のイライラも募る。

そろそろナプキンの交換も必要だ。

これもまた相当に鬱陶しい……っていうか面倒くさいのだが、かといって交換しないワケにもいかない。

和宏は、周りの目を気にしながら、ナプキンを取り出すために、鞄に手を突っ込んだ。


(……アレ? ない?)


鞄の中を、いくらゴソゴソ探しても見つからない。

そういえば、朝、ナプキンを鞄に入れた記憶もない。


(ひょっとして……家に忘れてきた!?)


なんてこった……と声に出さずに呟きながら、鞄の中をもう一度探るが、やはり見つからない。

鞄の中身を全てひっくり返す、という手もあるが、それで出てこなくても恥ずかしいし、出てきてもやはり恥ずかしい。


(まいったな……。どうしよう……!?)


誰かに分けてもらうか……と言っても、誰に分けてもらえばいいのやら。


沙紀か東子……はダメだ。

『ドジね〜!』とか言いながら、ゲラゲラ笑うに違いない。


成田さんか北村さん……もダメだ。

あまりに恥ずかし過ぎて、言い出せそうにない。


「他に誰かいないか……?」と、視線を宙に舞わせた瞬間、和宏の頭の中の豆電球がピコンと光った。


(のどかだっ!!!)


そうだ。のどかだ。

同じ男(?)だし、アイツなら恥ずかしくない……名案だ、と和宏は思った。


早速たどり着いたE組の教室。

休み時間が騒がしいのは、どこのクラスでも一緒である。

E組の教室もまた、A組に負けず劣らず騒がしかったが、のどかは、その教室の隅っこの自分の席でノートを整理していた。


(おわ……、休み時間なのに勉強してるよ)


休み時間は休むためにあると思っている和宏には、休み時間に勉強するなんて選択肢は存在しない。

和宏は、「まるで自分とは別の生き物だな」と思いながら、近くの女子生徒に、のどかを呼んでくれと頼んだ。

そして、頼まれた生徒が、のどかに一言二言告げると、ようやくのどかは和宏に気付き、近づいてきてくれた。


「珍しいね、こんなところまで。どうしたんだい?」


和宏より、20センチほど背が低いのどかは、自然に和宏を見上げる形になる。

いつものぱっちりと大きい瞳で、和宏を見つめるのどか。

和宏は、周りを気にしながら、のどかの身長に合わせてかがんで耳打ちをした。


「あ、あのさ、ナプキン……持ってない?」


耳打ちを受けていたのどかの視線が、何もないところで止まる。


「……ナプキン?」


のどかは、小さい声で聞き返す。

和宏は、壊れたおもちゃのように、何度もコクコクと頷いた。


「……急に来たのかい?」


「……イヤ、家に忘れてきたんだ」


「ドジだねぇ」


のどかは、右手を口に当ててクスクス笑う。


(これじゃ、沙紀たちに相談したのと変わりないじゃん!?)


和宏は、「チェッ」と舌打ちした。


「でも、ゴメン。わたしは持ってないよ。ついこの間終わっちゃったし」


「ついこの間?」


「ホラ、初めて会った時、保健室にいただろう?」


和宏は、「ああ……」と、思い出した。

別に、のどかが保健室にいた理由なんて気にしていなかったが、言われてみれば納得だ。


「あの時は、生理痛がひどくてね。保健室で鎮痛剤をもらったんだ」


のどかは、そう言い終わった瞬間、小さく「あっ!」と叫んだ。

まるで、何かを思い出したように、両手を合わせるアクション付きだ。


「そうだ。保健室にならあると思うよ。よしこ先生に頼んでみたら?」


(なるほど! その手があったか!)


休み時間は、まだ多少残っている。

今なら、まだ間に合いそうだ。


「わかった。行ってみるよ。サンキュー!」




以前にも来たことのある保健室にやって来た。

引き戸を「ガラガラ」と開けると、保健室の先生であるよしこ先生が、座ったまま、こちらを振り向いた。

いつものとおり、にこやかで温和な表情だ。


「アラ、萱坂さん。今日はどうしたの? もう頭は大丈夫?」


(また『頭は大丈夫か』って言われたゾ……失敬な)


何度も言うが、和宏の被害妄想である。

だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「あの……ナプキンを忘れたので、分けてもらえますか?」


「アラ、構わないわよ。……急に来たの?」


「……家に忘れまして」


「アラアラ。ドジねぇ」


よしこ先生は、手を口に当てて、「おほほほ」と上品に笑う。


(うぅ……。なんでこんなに、みんなからドジドジ言われなくちゃならんのだ……)


そもそも、和宏がナプキンを家に忘れるというドジを踏んだのが原因であることは、この際棚に上げておく。

保健室の備え付けのナプキンを、何個か和宏に渡したよしこ先生は、「さ、もうすぐ休み時間が終わっちゃうわよ」と、教室に帰るよう促したので、和宏は、お礼を言って保健室を後にした。


後は、休み時間が終わる前に、交換してしまうだけだ。

和宏は、スカートのポケットに入ったナプキンを確認しながら、女子トイレに向かった。


すでに、休み時間が終わろうとしているので、生徒の姿がほとんどない。

和宏にとっては、非常に好都合だ。

個室に入って鍵を閉めて、スカートのポケットからナプキンを取り出す。


その時、別の個室から、ナプキンを開封する「ビリリ」という音が聞こえた。

ドコの誰かは知らないが、和宏と同じように生理中なのだろう。


和宏は、この辛い生理痛を味わっているのは自分だけじゃないことを実感して、少しばかり安堵する。

そして、すぐに、ジャーっという水の音とともに、トイレから、さっきの“誰か”が出て行く気配を感じた。


(……アンタも、この生理痛に苦しんでるんだろうな……)


しかし、そんな余計なことを考えている和宏に罰が当たったかのように、まだナプキンの交換を終えていないにもかかわらず、休み時間の終わりを告げる鐘がなってしまった。

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