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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第154話 『初回の攻防 (1)』

後攻の滝南ナインが、各自の守備位置目指して一斉に走っていく。


降ったり止んだりを繰り返していた雨は、ここに来て降りしきる小雨へと変わった。

ホーム前での挨拶を終え、ベンチに戻った山崎たちは、空を見上げながら眉を曇らせた。

なんとか最後まで持つのではないかと思われた天気が、予想を裏切って悪化しているように思われたからだ。


「あちゃあ……なんか本降りになってきたんじゃないか?」


鳳鳴の一番バッター・広瀬が、ベンチの前で金属バットを握りながらぼやいた。


「言っても始まんねぇよ。すぐに中止になるわけでもないし、出来るとこまでやるだけだ」


山崎は、雨粒の落ちてくる空を見上げながら、厳しい顔つきで答えた。

せっかくの滝南との試合を雨天中止などにしたくないのは山崎も同じ。

出来ることなら、一刻も早く試合を始めたいところだった。


「左投げなんだな……あの“カズマ”ってヤツ」


マウンド上……滝南の背番号“1”を眺めながら、“りん”は独り言のように呟いた。

右手にグラブを嵌めている、まごうかたなき左投げ(サウスポー)

軽い感じで投げ込む投球練習は、キャッチボールに近いものだったが、それでもボールには『全力で投げたらどれほどの球なのか』と思わせるほどのキレがあった。


「確かに一馬アイツは左利きだったな」


山崎は、そう頷いて見せた。


規定の投球練習が終わり、最後の球を受けた捕手の松岡が、ボールをクイックモーションで二塁へ放る。

そのボールを、素早くカバーに入った二塁手セカンドがガッチリと受けた。

強肩と二塁手特有のテクニカルなグラブ捌き。盗塁をするなら、よほど上手くピッチャーのモーションを盗まないとムリだろう……そう確信させる一連のプレーは、無駄のない動作の積み重ねによる質の高さを感じさせた。


やはり二軍のそれとはハッキリと違う。

“りん”は、野手の動きを目で追いながら、そう思った。


「バッターラップ!」


主審が、バッターボックスの前で控える広瀬に向って呼びかけた。

『Batter up』……すなわち「バッターは打席に入りなさい」という意味だ。


ちなみに、今日の審判団は、公式戦と同様に四人。

いずれも高校野球審判員の資格を持つメンバーであり、今日のために招集された腕利きの審判たちである。


広瀬は、公式戦の如き雰囲気に半ば呑まれながら、右バッターボックスに入った。

トップバッターらしく、こじんまりとした構え。

主審の、試合開始を告げる轟くような声が響き渡った。


「プレイボール!」


両軍のベンチの緊張感が、臨戦態勢に入ったかのように高まっていく。

ゆっくりとワインドアップモーションに入った遠藤を、“りん”も山崎も、目を皿のようにして凝視した。

大きな体躯を殊更大きく見せる、迫力満点のオーバースロー。

そこから放たれた球は、唸りを上げて松岡のミットに収まった。


「ストライックッ!」


ど真ん中。名刺代わりといわんばかりの球に、鳳鳴のベンチからだけでなく、観客席にいる沙紀たちからもタメ息がもれた。


「速ぇ……!」


山崎の口から、無意識の呟きが発せられた。

名門のエースとは、斯くまで違うものか……という思いが頭をもたげるほど、今まで出会った投手の誰よりも速く、力強い球。

そして、同時に一つの疑問もわいた。


(なんで……中学で対戦した時に気付かなかったんだ?)


中学の時、遠藤のいるチームと対戦したことがある……と、東子は言っていた。(第151話参照)

だが、その時対戦したピッチャーの印象は残っていない。

これだけの球を投げてくるピッチャーならば、間違いなく記憶に残っているはずなのに。


そんな考えが、動揺とともにグルグルと山崎の頭の中を回り始めた時だった。


「あのピッチャーはね、つい最近中堅手(センター)からコンバートされたんだよ」


背後から聞こえた野太い声に、山崎は振り返った。

声の主は、遠藤の第二球目を真剣な目つきで見ている大村だった。


「どういうことだ?」


「彼……あの遠藤って選手は、今年の夏の甲子園でベンチに入ってるけど、登録ポジションは外野手だったんだ」


「――っ」


山崎は、一瞬言葉を失うと同時に、引っかかっていた疑問が解けていくのを感じた。

つまり、中学の時の試合の遠藤のポジションはピッチャーではなく外野だったに違いない。どうりで記憶に残っていないわけだ……と。


「なるほどね。それで……か、妙にマウンド捌きが怪しいのは」


「怪しい?」


“りん”の指摘に、山崎と大村が、マウンド上の遠藤の動きに目を凝らす。

具体的にどこがおかしいというわけではなく、投げ終わった後、キャッチャーからボールを受け取り、マウンドをならしてから次のモーションを開始するまでの手順が、どこかぎこちなくたどたどしい。


「なんとなく……だけどさ。なんかマウンド上での佇まいが余所余所しいっていうかね」


遠藤のマウンド捌きを、“りん”は独特の表現で例えた。

同じピッチャーとしての言に、山崎は大きく頷きながら


「萱坂の言うとおりだな。確かに『まだ慣れてません』って感じがするわ」


と同意した。


「多分、強肩を買われてのコンバートだろうね。彼がセンターからバックホームした時の映像を見たけど、まるでイチローばりのレイザービームだったから」


大村の説明に、“りん”は「へぇ……」と感心しかけてハタと気付いた。


「……映像って、一体どこから?」


「ちょっとね……。この試合が決まってから、今年の甲子園とか県予選決勝のテレビ中継の録画を集めたんだ。マネージャーにも手伝ってもらってね」


へぇぇぇっ! ……山崎と“りん”は、すっとぼけた唸り声を上げた。


「そうなんですよ、りんさん! 私も四方八方手を尽くしたんですから」


ベンチの隅でスコアブックをつけていたマネージャーの栞が、眼鏡をキラリと光らせながら、得意げな笑顔を“りん”に向ける。

思わずたじろぎそうになるほど、とっびきりのスマイルだった。


「す、すごいじゃん……。じゃあ事前研究バッチリってこと?」


そう“りん”が聞くと


「え~……」


と、途端に栞の笑顔が怪しくなった。


“りん”の顔に浮かぶ「え? なになにその反応?」……とでも言いたげなほのかな疑問の色。

大村が、笑いながらフォローに入った。


「はは……。集めた映像は三年生がメインで、二年生の彼らはあまり映ってなかったからね」


今年の夏までは、どこのチームであっても当然のことながら三年生が主力である。

レギュラーではなかった二年生の松岡や遠藤らが映っている頻度は低くて当然であった。


「すいません……。集めたは集めたんですが、あまり役に立てなくて……」


まるで、しおれた花のようにしょぼくれる栞。

だが、そんな栞を、山崎は豪快に笑い飛ばした。


「気にすんなよ。映像が全てってわけじゃねぇんだから。なぁ、大村?」


「そうだね。それに、マネージャーのくれた映像もすごく役に立ったよ」


「そう言ってもらえるなら嬉しいですけど……」


栞は、恐縮そうに肩をまるめた。


「なんか自信ありそうじゃん? 大村クン」


滝南の“事前研究”の成果について、大村にはどことなく自信が漂っていた。

あの、いつも遠慮がちな大村が……である。


「それほどじゃないけどね。ただ……」


「ただ?」


“りん”が、そう聞き返した時


『ストライクバッターアウトォ!』


という主審の声が景気よく響いた。

鳳鳴の一番バッター・広瀬は、いとも簡単に三振に打ち取られた。

ベンチまで小走りで帰ってきた広瀬に、山崎は


「どうだったよ、あのタマ」


と尋ねた。


「う~~ん……速かった」


「んなこたぁここ(ベンチ)から見たって分かってんだよっ!」


なんだそりゃ……と、みな一様に首をカクンとうなだらせるズッコケムードを醸し出した広瀬に、山崎は容赦なく突っ込みを入れた。

しかし、広瀬だけが責められるのも酷な話だった。

何故ならば、後続もなすすべなく三振に打ち取られたからだ。

三者三振。投げ終えた遠藤は当たり前のことをしたように、悠然とマウンドを下りていく。

一瞬だけ、三塁側ベンチを一瞥しながら。

それはまるで、次の回で相対する四番の山崎に、無言の挑戦状を叩きつけているようだった。


打てるものなら打ってみろよ――と。



――TO BE CONTINUED

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