第118話 『デートじゃない! (2)』
というわけで、9月28日……日曜日のお昼時。
今日は日曜日ということで、りんの母親・ことみのパートもお休みである。
今までの日曜日の例で言えば、ことみが簡単にこしらえた昼食を食べた後、他愛のないことみの世間話を受け流しながら、なんとなく昼下がりに突入していくのがパターンだったが、何故か今日は勝手が違う。
ことみが作ってくれたうどんを二人で食べた後、いつの間にか、そのことみがいなくなってしまったのだ。
いつもなら、うどんの器を洗う“りん”のそばで、「ねぇねぇ」とでも言いながら、うっとうしい程まとわりついてくるというのに。
(どこにいったんだろ? ことみ母さん……)
リビングはもちろんのこと、お風呂やトイレ、庭や二階の寝室……どこにも姿が見当たらない。
どこかに一人で出かけたのだろうか。
なかなか子離れしてくれないことみ母さんにしては、珍しいこともあるもんだ……と思いながら、洗い物を終えた“りん”は水道の蛇口を捻った。
だが、ある意味これは結果オーライ。
出かける際に、「あっらぁ~! りんったらカレシとデート!?」……みたいなベタな突っ込みを受けずに済むのだから。
ボチボチ出かける予定の時刻が迫ってきている。
“りん”は、二階の自室に戻って着替え始めた。
着ていく服は、カーゴパンツにボタンダウンシャツに決定済みだ。
9月の終わりという季節がら、暑くもなく寒くもない……しかも動きやすい。
ファッションに疎い和宏にとって、これはベストチョイスと言えるだろう。
“りん”は、部屋着の上下を脱いで、手早く着替えていく。
その着替え終わった直後のコトだった。
コンコン……と、“りん”の部屋のドアをノックする音。
(ことみ母さんか……?)
和宏がそう思った瞬間、唐突にドアが開いた。
「やっほ~!」……と沙紀。
「お待たせ~♪」……と東子。
「イヤ、待ってないし」……と、小声で呟く“りん”。
妙に突っ込みが的確だったのは、ワリと奇跡的。
だが、あまりに予想外な出来事に、残念ながら二の句が全く出てこない。
なにせ、自宅の……しかも自室に沙紀と東子がいるのだ。
極めて特殊なシチュエーションなのは間違いない。
ジーンズに、クリーム色のサマーニットという、スラリとした細身を強調する格好の沙紀。
オレンジ系のチェック柄のキャミワンピースという、可愛らしさを強調する格好の東子。
さすが女の子というか……二人とも、それなりにオシャレなファッションである。
その沙紀が、後ろ手にドアを閉めながら、いきなり深いため息をついた。
「……ねぇ、りん? アンタ、本気でその格好で行く気なの?」
沙紀の呆れ返った視線が、“りん”のボディに突き刺さった。
つられるように自分の身体を見下ろす“りん”。
青と黒のタータンチェック柄の長袖のボタンダウンシャツに、ダークグレーのカーゴパンツ。
誰が見たって、お世辞にもオシャレとは程遠いファッションだ。
「ねっ♪ だからりんはオシャレに無頓着って言ったでしょっ♪」
勝ち誇ったように笑う東子とは対照的に、沙紀の表情からは苦笑しか出てこない。
「と、いうわけで~……じゃーんっ!」
自分で効果音を出しながら、東子は、持っていたトートバッグを“りん”の目の前に差し出した。
「な、なんだよ……ソレ?」
可愛らしい水玉模様のトートバッグ。
中に入っているのは……服。
もちろん女物の。
当たり前のように座り込んだ東子が、いかにも楽しそうに中身をベッドの上に並べていく。
白を基調にしたカットソーと、二段フリルのドット柄のミニスカート。
一体これは何のつもりなのか……聞くまでもないだろうが、あえて“りん”は聞いた。参考までに。
「なぁ東子? コレ……ナンダ?」
しかし、東子は“りん”の問いに答えずに、ただニコリと……どこか魅力的な笑顔を見せながら、タレ目を強調させた。
「さっ! りん。着替えて♪」
「ちょっ! 待て待てぃ! ミニスカートじゃん、コレ!」
「そうだよ♪ わざわざりんに似合うのを持ってきたんだから♪」
そう言う東子は、やはり楽しそうにニコニコしていた。
おそらく、東子にとっては、今の“りん”は着せ替え人形みたいなものなのだ。
そうでなければ、あまりに会話が噛み合わな過ぎる。
もちろん、それは沙紀も同じ。
「何してんのよ? 早く着替えなさいよ」
「いや……だから……、いいよスカート苦手……だし」
何故かドモる“りん”に、腕組みをしている沙紀の切れ長の目がギラリと光った。
「ゴチャゴチャ言わないの。そんな格好でデートに行くなんて認めないわよ……」
(うぉぉぉい! デートぢゃねぇしっ!)
(どんな格好で行こうと、俺の勝手だしっ!)
それは、心の底から込み上げる和宏の本音であったが、沙紀の鋭い眼光が、口に出すことを許さなかった。
イヤ……正確に言うと、口に出した瞬間に「ゴチャゴチャ言わずに着替えなさい!」と言いながら、沙紀のアイアンクローが炸裂することが火を見るより明らかだったため、口に出さなかっただけだが。
「さっ、着替えてっ♪」
「そうよ。早く着替えなさい」
目をキラキラと輝かせた、まぶしい笑顔の東子がズィッと迫る。
反論は認めません……というオーラを全開にした沙紀も、腕組みをしたままズィッと迫る。
“りん”は、反射的に左右を見渡したが、助けを呼ぼうにも誰もいない。
ここは“りん”の自室……三人の外は誰もいないのだから当たり前だ。
「「さぁっ! 早くっ!」」
「……ハイ」
悲しいことに、この場面では、“りん”に他の選択肢は用意されていなかった。
――TO BE CONTINUED




