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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
112/177

第109話 『勝利の果てに (1)』

「やべぇ……少し遅れたっ……」


“りん”は、小走りで目的地に向かっていた。

目的地は、とあるコンビニの駐車場。

ちょっと家を出るのが遅くなったせいで、わずかに集合時間に間に合わなそうだ。


少しずつスピードを上げながら、ようやく“りん”は目的地に辿り着いた。

ずっと走ってきたにもかかわらず、さして息は切れていないが、背中には汗が滲んでいる。

せっかく家でシャワーを浴びてきたというのに。


「ごめん! 遅くなって……」


遅刻はわずか三分。

だが、“りん”の危惧したとおり、すでにコンビニの駐車場には、山崎や大村、沙紀や東子たち……ほぼ全員がたむろっている状態である。

また沙紀に鉄爪を喰らうかも……と、思った“りん”は、とりあえず謝りながら、一団に近づいていった。


「あらあら。別に走ってこなくても良かったのに」


「そうそう。ただでさえ今日は疲れてるでしょっ♪」


幸いにも、二人とも待たされて怒っている感じではない。

それどころか、ニコニコと微笑みながら、優しい労わりの台詞付きだ。

その時、何か企んでるんじゃね……? という“りん”の中の心の声が、顔に出てしまったのかもしれない。


「……何よ、その『何か企んでるんじゃね……?』っていうカオは?」


(ご、誤解だっ!)←?


にこやかだったはずの沙紀の表情が、大魔神のように一変すると同時に、その右手が唸りを上げて“りん”の額を捉えた。


「イダダダダダッ!!!」


今さら説明する必要もないだろうが、沙紀の必殺技“アイアンクロー”である……念のため。

やがて、ひととおり“りん”に激痛を与え終わった沙紀は、両手をパンパンと払いながら、頬を膨らませつつ呟いた。


「失礼しちゃうわ。いつも優しく労わってあげてるじゃない……」


ウソつけ……と、和宏は思ったが、ヘタをするとアイアンクロー(連チャン)を喰らいかねないので、くれぐれも口と顔に出さないように気をつける“りん”であった。


 ◇


「よっしゃ! 大体揃ったから、行くかっ!」


山崎は、沙紀と“りん”の騒動を、華麗にスルーした。

アイアンクロー中の沙紀を止めようとしても、「何よ! アンタも喰らいたいワケ!?」的なノリでとばっちりを受けかねないことを、山崎は、幼馴染ゆえに身をもって知っているからだ。


何事もなかったかのように先頭に立った山崎と大村に続き、七分丈パンツとTシャツというラフな格好の“りん”を始め、思い思いの私服に身を包んだ野球部員たちもまたゾロゾロと歩き出した。

総勢約20名の大集団……である。


「あれ~っ? シオリンがまだ来てないんじゃないっ?」


東子が、誰に話しかけるでもなく、キョロキョロしながら、素っ頓狂な声を上げた。

“シオリン”……すなわち“栞”のコトであるが、“りん”と沙紀も、言われてみて初めて周りを見渡したが、確かに姿が見当たらない。


「ああ……。マネージャーなら先に家の用事済ましてから……って言ってたな。後で合流するんじゃねぇ?」


「ふ~ん……」


先頭を歩く山崎が、東子にそう答えた。


「それよりよ……。道、コッチでいいんだろうな?」


「そうだよっ♪ このまま真っ直ぐっ♪」


東子は東子で、ニコニコ顔のゴキゲンである。

その理由を知っている“りん”と沙紀は、苦笑するしかなかったが。


「そういや萱坂。オマエって……ホントいい度胸してるよな~……」


山崎が、唐突に話を変えた。


「な、なんのハナシだよ……急に」


「あの最後のタマのことだよ! 心臓止まるかと思ったぜ?」


和宏は、ああ……と思い当たった。

最後のタマ……滝南の松岡に対して投じた、結果的に決め球になったチェンジアップのコトだ。


「タハハ……。アレは大村クンのサインだし……褒めるんなら、大村クンの度胸の方を褒めるべきだろ」


そう言いながら、“りん”は大村に視線を流してニヤリとした。


「はは……確かにな」


“りん”に習ってニヤリとしながら大村を見る山崎。

二人の視線に気付いた大村は、照れたように鼻の頭をコリコリと掻きながら、やはり苦笑している。


「バッターの松岡の狙い球がスライダーのような感じだったんだ。だから『ウラをかいてやれ……』って思ってね」


「「「へぇ~……」」」


明快な大村の答えに、“りん”や山崎だけでなく、沙紀や東子も、一緒になって感嘆の声を上げた。


スライダーを待っているのではないか……という大村のヨミは、無論“勘”などではない。

バッターの構え、仕草、目線……そして、そこに至るまでの配球の流れ。

そういったものを総合して感じ取ったものであり、まさに大村の洞察力の真骨頂だといえるだろう。


「でも、いくらウラをかくっつっても、あんな心臓に悪いタマ……」


あの“滝南”でレギュラーを張る松岡を相手に、小学生でも打てそうな棒球を放るなど言語道断……つまり、山崎が言いたいのはそういうことだ。

確かにそうかもしれない。しかも、コースはど真ん中である。

だが、そんな反論を受けても、当の大村は涼しげな顔だった。


「萱坂さんがちょっと力んで投げてたからね。ちょっと力を抜いてもらおうかと思って」


「え? マジ? そ、そうだった?」


思わぬ大村の指摘に、“りん”は目を丸くした。

和宏自身、力んで投げているつもりは全くなかったからだ。


「力んで投げてる分、いつもの球のキレがなかったよ。『どうしちゃったんだろう?』って思ったくらい」


と言って、大村は笑った。


無論、その原因は、松岡の挑発に乗ってしまった“あの約束”のせいである。

いずれにせよ、大村のリードに助けられたのは間違いない。


「まぁ、ちゃんと抑えたんだからいいじゃない。それより、問題はアンタの方でしょ?」


そう言いながら、沙紀は、切れ長の瞳で山崎を睨みつけたが、その迫力にたじろぎながらも、山崎だって黙ってはいなかった。


「ちょ、ちょっと待てよ! オレが何したってんだよ!?」


鳳鳴はトータルで二点を挙げたが、その内の一点は山崎の打点(第97話参照)である。

守備でも、コンバートされて間もないサードながら、エラーはゼロだった。

むしろ、どちらかと言うと活躍した部類と言えるだろう。


「だって……ホームランを一本も打ってないじゃない!」


沙紀が、そう言い返すと同時に、ピシッ! ……と、音を立てて、場が凍りついた。


「イ、イヤイヤイヤイヤ! ホームランって……打つの結構大変だぞ?」


“結構”の部分を特に強調するあまり、半分裏返った“りん”の声。

そんな“りん”が面白かったのか、隣の東子がクスクスと笑った。


「沙紀ってば、山崎くんの試合を見るの小学校以来だもんねぇ~♪」


「ど、どういうイミだ?」


「小学校の時の山崎くん……沙紀が見に来てる試合じゃ、必ず一本はホームラン打ってたもんねっ♪」


つまり、沙紀にとっては、一試合に一本のホームランを打つくらいは当然のコト……という感覚なのである。

そういうことか……と、ようやく事情の飲み込めた“りん”は、思わず苦笑するしかなかった。


逆に言えば、沙紀にそういう勘違いをさせるほどのバッティングセンスが山崎にはある……とも言えるだろう。

時として簡単に凡退したりで、バッティングにムラがあるのはご愛嬌かもしれない。


「こう見えても高校に入る時には、県外からのスカウトも来てたんだぜ?」


得意げに言いながら、山崎が胸を張ると、“りん”を始め、この話が初耳だったらしい大村などは、口々に感嘆の声を上げた。


だが……その山崎は、今ここにいる。

もし、スカウトされたのが和宏だったならば、さして迷うことなくその学校に行ったはずだ。

そう確信してしまうほど、和宏にとって、“自分の実力ちからを認められてのスカウト”という響きは魅力的に感じられた。


「なんで行かなかったんだよ?」


「……あん?」


「いやいやいや。『あん?』じゃなくてさ。スカウトされたなら行けば良かったじゃん?」


“りん”が口にしたのは、至極当たり前の疑問。

しかし、それを口にした途端、またもや東子がクスクスと笑い始めた。


「何か理由があった……とか~?」


妙にニヤニヤしたタレ目顔から察するに、その理由を東子は知っているようだ。


「おおおぉぉいっ! なななに言ってんだよ! じょーだんはヤメロって!」


怪しさ満点、胡散臭さ満点。

つい今しがたまで、白い歯を見せて笑っていた山崎は、一気に挙動不審者に変身した。


「え~? なんだよ? 教えろよ」


これほど怪しいオーラを全開にされてしまったら、逆に聞かねば失礼に当たるというものだろう。

そう思った和宏は、いきがかり上、ちょっと意地悪な笑みを浮かべて聞くと、沙紀まで便乗してきた。


「そうよ。何よ? 私そんなの聞いたことないわよ」


「アーアーキコエナイ」


「なんだそりゃっ!」

「なによそれっ!」


山崎は、両手で耳をふさいでしまった。

……よほど答えたくないらしい。

そんな様子を不憫に思ったのか、大村はさりげなく助け舟を出した。


「そういえば、萱坂さんのスライダー……すごかったね。あんなスライド幅の広いスライダーは初めて見たよ」


一瞬、キョトンした“りん”。

だが、大村の助け舟に気付いた山崎が、さらに追い討ちをかけていく。


「お、おう! そ、そういや……あのスライダー、すごかったな」


もともとの和宏は、おだてに乗りやすい単細胞野郎である。

だから、褒め言葉は素直に受け取る……ある意味、エースに必要な資質かもしれない。

そんなわけで、“りん”の顔が、少しだけ「にへら~」っと緩んだ。


「ありゃあ……来るのがわかってなきゃ打てねぇかもよ」


「そ、そうかな……?」


「おう! マジマジ!」


山崎のダメ押し。

もはや“りん”の顔に浮かんでいる笑顔は、なんとも締まりのない笑顔である。

そして、さっきまでの山崎の話はどこへやら……だ。


「いや~、ホントはコントロールが狂う時があるから、投げるのは怖かったんだけどね。今日は、幸いそんなことなくてラッキーだったよ」


“りん”は、ポニーテールをいじりながら、照れたように笑った。

なにせ、褒められたのは、今まで一生懸命練習してきたスライダーである。

当然のことながら、それを褒められて悪い気がするはずもない。


「そ、そうだ! そういえば、御厨のケガはどうだったんだ?」


“りん”が、照れ隠しのように話題を変えると、御厨のケガ……と聞いて、山崎たちの表情がわずかに曇った。


「さっきみんなで病院に行ってきたんだけどな……骨折だってよ。全治三ヶ月」


「三ヶ月……」


思ったより重症である。

今の時期、重要な大会はないとはいえ、山崎キャプテンの下、新チームが動き始めたところにエースの離脱は……正直言ってかなり痛いはずだ。

だが、キャプテンの山崎は楽観的に笑った。


「ま、今さらジタバタしても始まらねぇよ。とりあえず今日は祝勝会を楽しもうぜ」


(うぉぉい……)


それでいいのか? ……と言いたくなるほど脱力した和宏だったが、まぁ……確かに理に叶っている。

ここで落ち込んでも、御厨のケガの直りが早くなるわけでもないからだ。


「着いたよ~っ♪」


東子が、ニコニコ顔で、一軒の食堂のような建物を指差した。

この“目的地”こそが、東子の大好物のある店。

そう。言わずと知れた“のんちゃん堂”である。



――TO BE CONTINUED

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