84 女王
『コマレもテッソと遭遇。ちょっと数え切れません』
『あ。ウチも見つけたよ~、十匹くらいいるかな?』
と、ケイフスからはコマレちゃんを始めとして次々にテッソの発見報告が聞こえてきた。皆の見つけた数からすると七匹でも全然少ないくらいみたいだ。ラッキー……いやラッキーなんだろうか? よくわかんないけど、とにかく出会ったからには排除しなければ。女王の手駒を減らすためにも、外で待っている職員さんらに少しでも負担をかけないためにもね。
「戦闘に入りますよ、っと」
一応はそれだけ皆に知らせておいて行動開始。
先頭の一匹が近づいてくる前に糸を出し、先端を固く鋭く尖らせて──そして勢いよく伸ばす。突糸。スタンギルの鋼めいた肌にも一応の傷を付けられる技、だけどテッソの体もなかなかに堅固そうに見えるので胴体は避けて顔を狙って突き出す。
「ギジュァッ」
狙い過たず、どころか眉間のど真ん中に命中した。これは間違いなくラッキーだ。テッソが小さくて姿勢も低いんで当たればいいな、くらいの意気込みだったのに思った以上に上手くいった。そして突糸の通りも上々だ、少なくとも眉間に当たれば一撃で仕留められる。悲鳴を上げて動かなくなったテッソがそう教えてくれた。
「「「ギチュチュチュ!」」」
「うおっ!?」
一匹の死に驚いたのか、それとも憤慨したのか。残りの六匹が一斉に鳴き出したかと思えば仲間の死骸に目もくれずに走り出した──私のほうへ。
敵意、があるのかないのかはよくわかんないな。こっち側が出口でもあるし、単にそこを目指そうとしてるだけかもしれない。
まあ逃げたいんだったらテッソの大きさなら私の追えない道を通っていくらでも逃げられそうなものなんだけど……いずれにしろこのまま六匹にたかられるのも逃がしてしまうのも良くはないので、向かってくるってんなら私もそれなりの対応をしなくちゃならない。
「壁糸! からの、突糸!」
正面に糸を張り巡らせてテッソたちを塞き止める。でも一匹だけはそのまま通れるように隙間を空けておく。すると案の定その一匹はずかずかと糸の壁を擦り抜けてやってきたので、そこを遠慮なく狙い撃つ。よし、仕留めた。それを確認してから壁糸を緩めて、もう一匹分の隙間を空ける。すると最初から空けていた穴と合わせて今度は二匹が同時に接近してきたので、私は連続で突糸を繰り出して順番に仕留めていく。
残りは四匹。このぶんならいけそうだと判断して壁糸そのものを解除。わっと押し寄せてくる四匹へ最大限の速度で突糸を浴びせていく。一、二、三──とそこまでは狙いも速さも申し分なしだったんだけど、最後の一匹に対しては手元が狂って眉間ではなく体のほうに突糸が当たった。
ボディは顔部に比べて見かけ通りに硬く、それに元々は別の場所を狙っていたことで突糸の命中角度も悪くて弾かれてしまい、多少の傷を付けるだけに留まった。それだけじゃテッソが止まるはずもなく、駆ける勢いそのままに跳び上がったそいつは私の肩らへんに組み付いてきて、そしてそのまま首へ噛み付こうとしてくる。
おお、攻撃の意思はちゃんとあったのか。それにこの跳躍力、やっぱりただのネズミとは違うね。見かけがまだしもネズミに近しいってことはこのテッソは子どもも子どもなんだろうに、それでも割とすばしっこいし的確に急所を狙ってくるとは。バーミンちゃんの言う通り侮れない魔物だなテッソ。
でも大丈夫。攻撃されてマズい急所には糸を巻き付けて既にカバー済みだ。ふふん、地下水道に潜る時点で鎧糸を用意していたのさ。
「ギィっ」
首も当然、糸で防御している。これを食い破るくらいにテッソに咬合力があれば危うかったかもしれないが、充分に育ってもっと魔物魔物している大人テッソならともかくとして、この程度の幼体テッソにそこまでのパワーがないことはブリーフィングの段階で聞き及んでいる。
精々がネズミに毛が生えた程度だというこのくらいのテッソであれば糸に頼らず魔力で防御するだけでも充分な気もしたが、安全の確保という意味でも念を入れておいたわけ……だけどうん、スタンギル相手には気休めくらいにしかならなかった鎧糸もテッソにならばちゃんと鎧として機能すると証明されたね。
これならこの先を進むのも随分と気が楽になる。
「おりゃっ!」
牙を立てることを諦めずガジガジと噛み続けるテッソの胴体へ糸を巻き付け、私の肩から引き剥がす。そして糸の収縮も利用してぶんと振り回し──思い切り地面へ叩きつける!
「ギ、」
顔から真っ直ぐに落ちたテッソの首はへしゃげており、一瞬だけ鳴いたがその後はまったく動かなくなった。糸越しにも少しの振動も伝わってこない。よし、確実に死んでいる。これで七匹の駆除を完了……って、割と大変だな。一匹一匹に手こずることはないけど、連中は一匹じゃ敵には挑まないだろう。数が多いってのはそれだけで厄介だってのがよくわかる。
おそらくこの先も複数のテッソを相手取りながら女王を探さなくちゃならない。ってことを踏まえると、もっと気を引き締めたほうがよさそうだ。
突糸と鎧糸がどちらも通用するとわかったし、壁糸を使えばある程度テッソを分断したり孤立させたりもできる。次からはもっと効率よく危なげなく戦えるはず。……まあそれもテッソがどれくらい連れ立って出てくるかによるけども。
なんてことをつらつらと考えている間にまたテッソと遭遇。今度は五匹。さっきより数は少ないけど全体的に体躯が大きいし、手足の太さが目立つ。もはやネズミとはぱっと見でも見間違えないデザインだ。より成体に近いか、あるいはこの姿が成体のそれなのかも。なんにせよ私のやることは変わらないし、私を見つけたテッソのやることもかわらない。
わっとこっちへ一匹残らず駆けてくる。
「突糸!」
◇◇◇
『──女王と思しき個体を発見。でも、すぐに逃げた。発見場所は私のルートの最終地点間際』
と、テッソ駆除に勤しんでいるとカザリちゃんからケイフスを通してそんな報告がなされた。
ついに女王を発見か! しかし逃げられてしまった様子。えーっと、ルートの最終地点ってのはつまり他四人のルートともうすぐ重なるところまで来てるってことだよね。任されたルートが特別短いってわけでもないのに、カザリちゃん進むのが速いなー。私なんてようやく半分を過ぎるかどうかってところなのに。
そんなことより、カザリちゃんとは反対の方向に女王が逃げたからには誰のルートに姿を現してもおかしくない。いよいよ女王との交戦間近。私もちゃんと備えておかないとね。
『女王個体の特徴を教えてもらえますか?』
コマレちゃんも遭遇戦に備えるべくだろう質問をしたが、けれどカザリちゃんは彼女にしては珍しく言いよどむというか、言葉を探すのに困っているような雰囲気で。
『……独特だった。言い表すのは難しい。だけど、見ればわかる』
独特……独特ってなんじゃらほい。そりゃ魔物なんていう特殊な生き物には多かれ少なかれ独特な部分があるだろうけどさ。
問題は女王テッソにどういう独特さがあるかってとこなんだけど……もちろんカザリちゃんのこと、コマレちゃんが何を聞きたがっているのかをわかっていないなんてことはあるわけもないので、それだけ女王テッソの見た目がこう、説明の難しいものだったってのは察しもつくんだけどさ。
だとしてもこれから女王とばったりするかもしれない身としてはもう少し情報ってものを──あ。
「女王だ」
先にある角からぬっと出てきたそれを見て、私は誰にともなくそう呟いた。




