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サビの剣士アブトは、困っていた。
右手には猿型モンスターの子供が、左手には人間の女児がぶら下がっている。
「もっともっとー!」
「ウキキーキッキキー」
どちらも満面の笑顔で、楽しんでいる。サビの剣士が腕に力を入れてぐいと持ち上げると、狂った様に笑って喜ぶ。ここからどう扱ったら良いのか、サビの剣士アブトの辞書には対処法が載っていなかった。
「ほらほら、アブトさん困ってらっしゃるじゃない。ニキもラキも降りなさい」
どうやらニキが小猿で、ラキが人間の子供のようだ。2匹とも渋々と言った感じでアブトの腕から降りた。
「すまない」
「いえいえ、本当ありがとうございます」
礼を言いながら微笑んだのは、先日ニーナの店で会った黒髪の修道女だった。前とは少し違う修道服で、修道院に併設する児童保護施設の面倒を見ているらしい。
並んで歩きながら、話をする。
「俺は剣士なので、子供らが喜ぶ何事もしてやれん」
「とんでもないですわ。スタッフは女性ばかりなので、アブトさんのような逞しい男性に来てもらって大喜びです」
「しかし、ここはモンスターの子もいるんだな」
「はい。子どもは子ども、が施設の方針ですので。モンスターだけでなく魔族やゴーストもおりますわ」
「そうなのか!?それはすごいな。方針もすごいが、ここの結界はそこまでの力があるのか」
「はい。【友愛】の力で作られた結界です。隣人を尊び敬う心が芽生えます」
それは魔物にとっては去勢に等しいのではないかと思ったが、言わないでおいた。施設の方針ややり方に口を出す立場でもない。
「だが先程、俺は尻を蹴られたぞ」
「それはまぁ、子どもですから。喧嘩もしますし怪我もします」
「そんなものか」
「そんなものです」
どうも曖昧で都合の良い結界だが、張った施設長は【友愛】スキル持ちで先代の聖女だと聞く。魔界に教会を建てたという噂の通りなら、このくらいのことはできてしまうのだろう。
いつの間にかアブトの頭の上にゴーストが乗っていたが、警戒心は湧いてこない。これも結界の影響だろう。3歳位の子供のゴーストは、アブトの顔を撫で回しキャッキャと笑っている。
「ところで、依頼の井戸はどこだ」
「こちらですわ」
アブトがこの施設に来たのは、何も子供と遊ぶためではない。冒険者ギルドで受けた依頼のためだった。古井戸の底に詰まってしまった亀型モンスターの救出、である。レンガで囲まれた古く小さな井戸を覗き込むと、確かに底の方に何かが挟まって、モゾモゾと揺れている。
「亀、なのか」
「そうですわ。アブシュパという種族の亀型モンスターです。水浴びが好きで遊んでいたところ、レンガが崩れて落ちてしまったのです」
見ると確かに一部のレンガが崩れ、硬いものが滑り落ちた跡がある。
「アブシュパか。聞いたことがないな」
「はるか西の大陸にだけ生息する、とても珍しい種族だと聞いています。特殊な環境でないと生きられないらしく、この子も井戸から半径50メートルの中でしか動けません」
「生息域限定種か」
モンスターには時々活動領域が決まっているものがいる。とある雪山でしか生きられないユキヒョウや、決まった墓地から出ると灰になって消えるスケルトンなどもいる。海水魚が淡水では生きられないように、特定の魔素を必要としているのだろうと言われている。
「意思の疎通はできるのか」
「言葉は話せませんが、こちらが言うことはなんとなく伝わります」
「なんとなくか」
「なんとなくです」
どの程度伝わるかで救出プランも変わってくるのだが、悪びれる様子もなくニコニコ微笑む修道女に気勢を削がれ、1番シンプルな方法にすることにした。
「俺が井戸に入って、アブシュパにロープを結んでくる。それから上がって、引っ張り上げる」
「承知致しました。お願いしますわ。あと、この子の名前はアブチーといいます」
「わかった」
アブトは束ねたロープを肩に掛けると、両手足を井戸の内壁に突っ張りながら井戸の中へと降りていった。
「おい、アブチー。今ここから引き上げてやる。大人しくしてろよ」
モンスターに通じるはずがないとは思いながら、声をかける。亀型モンスターがかすかに身を捩った気がしたが、気のせいだろう。壁に足を突っ張って体を固定し、ロープを亀の甲らに巻き付けていく。普通の亀と違い足が8本あったので、それぞれの足の間を通して米の字を書くようにロープを巻き終えた。
「さて、アブチー。上から引っ張り上げるが、足と頭をなるべく甲羅に入れといてくれ。壁にすれるかも知れんからな」
アブトが声をかけると、アブチーは素直に足と頭を引っ込めた。しっかり理解している。
「なんとなく、じゃないだろ。賢いな、アブチー」
キュア
アブチーが甲羅の中から小さな鳴き声を上げた。嬉しそうだ。
また壁に手足を伸ばして登っていくと、修道女が心配そうに待っていた。
「ああ良かったですわ。アブトさんまで挟まってしまったのかと」
「いや、心配するところ、そこか」
「助けに私も降りて、私も挟まったらどうしようかと」
「何の喜劇だ、それは」
「そのまま井戸の底で3人で家庭を築いて暮らしいていくことになるのかと」
「築けるわけないだろ井戸の底で」
「あら、井戸の底でなければ築けると仰るのですね」
「仰ってない。笑顔で曲解するな」
中身のない掛け合いをしながら、ロープを引っ張ってゆく。ゆっくりとアブチーが上昇し、やがて井戸の淵に姿を現した。
「アブチー!よかった。本当どうしようかと思いましたわ。助かってよかった」
「途中で甲羅が挟まって詰まっていたので、水に届いていない。何か飲ませてやってくれ」
「かしこまりましたわ。そう思って持って来ました」
修道女は布をかぶせたバスケットから、哺乳瓶を出した。中には透明の液体が入っている。
「この井戸の水ですわ。さ、アブチー」
口元へ近付けると、アブチーは首を振って移動し、アブトの横にきた。アブトのズボンをくわえ、引っ張る。
「どうした?」
「珍しいですわ。アブチーは私と施設長以外の大人は嫌がりますのに。どうぞ、あげてくださいな」
修道女は水の入った哺乳瓶をアブトに手渡す。哺乳瓶など扱ったことがないので戸惑った。とりあえず傾けてアブチーの顔の前へ差し出してみる。
ゴクッゴクッ
首を伸ばし、勢いよく飲む。一気に全部飲み干した。
「さぁ、これも」
小魚の煮干しを渡されたので、これも顔の前に出すと、食べた。2匹3匹と、渡されるままにあげていく。
「本当に良かったですわ。アブチーが元気で。ありがとうございました」
「いや、仕事だ。かまわん」
答えながらアブトはしゃがんで崩れたレンガを積み直し始めた。収納袋からモルタルを取り出し、塗り固めていく。
「あの、アブトさん?」
「ついでだ。直しておく。おい、アブチー。なるべく頑丈にはしとくが、体重はかけないようにしろよ。いっぱい食って、これからもっとデカくなるんだろう」
キュアキュア
頷いて崩れたレンガを咥え、アブトの手元へ運ぶ。
「手伝ってくれるのか。助かる」
キュア
依頼にはない修復まで始めるアブトを止めたものかと悩んでいた修道女だが、2人の仲良さそうな様子を見てやめた。黙って微笑みながら、錆色の剣士と亀型モンスターが一緒にレンガを積むのを眺めていた。




