第89話 昇級
少しモチベが落ち込んでました。
追記:駅で列車待ちしてた青年の見た目を大きく変更しました。青年から少女です。めっちゃ変わっててごめんなさい。
カナンちゃんに関わる超重要人物なんですが、彼女の設定と見た目が全く合わない事から変更しました。具体的に何者なのかは言いませんが、敵ではないとだけ。良いヤツ。
「あ~~、せっかく君臨すれども統治してねえんだから世界旅行にでも行きてえよ。強ぇ奴と戦いまくってみてえなぁ」
おいおい、とんだ問題発言だな……。
オレ達はそんな事をぼやくイルマセクさんに、元来た転移陣の部屋へ向かって案内されていた所だ。
その途中、窓から下界が見えた。雲すらはるか下の天空から見下ろすその世界は、地平線が少し丸みを帯びているように見えた。
「……そういえば霊峰の麓に、はいどら? とかいうモンスターを封印してるんだったよな? あんな街の近くに封印してて平気なのか?」
「物知りだなオーエンちゃん。嫉妬の蟒蛇を封印できる場所は、訳あってあそこしかねえんだよ。だが心配はいらねえぜ。嫉妬の蟒蛇は、大海の加護を持つ俺の言うことだけはある程度聞くからな。万一復活しても俺がその場で動かないよう命令して、再度封印すればいい」
女神の加護があると特級モンスターを制御できるのか? すげえな、それなら黒死姫が来ても何とかなったんじゃないかな。
とはいえ〝ある程度〟なので、融通は効かなさそうな印象だ。
そんな話を聞きながら、オレ達は魔王の城から去ってゆくのであった。
地下室の陣を踏み、霊峰の山体の中にある石室へと転移して戻ってきたオレたち。
「おおそうだ、こいつを渡しておこう」
「なにこれ?」
わざわざ転移先にまで送りにきてくれたイルマセクさんが、ふと思い出したかのようにカナンに何かを手渡した。
「御守りみてえなもんだ。同じ師を持つよしみだ、この国の中でどうしようもなく困る事がありゃ、こいつを握りしめてオレの名を念じろ。必ず助けに行ってやる」
「頼もしいわね。ありがと、そんな機会があれば使わせてもらうわ」
それは蒼い龍を模した髪飾りだった。
カナンはそれを受けとると、おもむろにオレの背後に回り込み
「ふぇ、なあに?」
「せっかくだし、おーちゃんの髪につけておくわ」
そう言うとカナンは、オレのツインテールの左側に龍の髪飾りを結びつけてくれた。でも帽子かぶってるから見えないのが悲しいところ。
「……」
帽子のつば越しにオレを見つめてくるルミレイン。
なんというか、ルミレインなら目を合わせても魅了にかからないような気がする。
でも万が一でも魅了させてしまったらものすごく気まずいので、気は抜かないでおく。
「また来な。カナンちゃんとオーエンちゃんならいつでも歓迎するぜ。そん時は手合わせ願いたいな」
そう言って、イルマセクさんは強面精一杯な笑顔で送り出してくれた。なんだか頼りになりそうな人だったな。最初にルミレインに襲いかかってきた時は何だと思ったけど、良い人そうで良かった。
「さて、夕方にはギルドに顔を出さなくちゃいけないし、早めに帰るわよ」
オレ達は、駅方面へ向かうバス停目指して荒野を歩く。
一度通った道とはいえ、やはりかなり広大だ。少し足が疲れてきた。
「疲れたのおーちゃん? 休憩にする?」
「へーき。キツくなったら影の中で休むから」
別に無理をするつもりはない。
そこまで疲れてる訳じゃないし、何よりカナンに心配はさせたくない。
しばらく歩くと、停留所にちょうど麓街へのバスが停まっているのが見えて急いで乗り込んだ。
いきなり走ったからか気温が高いからか、めちゃくちゃ息が上がっちゃってちょっと動けぬ……。何とか座席までは来れたけど……
「ほんとに大丈夫おーちゃん?」
「はぁ……はぁ……、さすがに、大丈夫じゃない……」
カナンに背中をさすられて、なんだかちょっと情けない。
さすがに貧弱過ぎるだろオレの体。
「……」
「ひゃう!? し、しまった……!」
そんな様子を横目で見つめていたルミレインと、うっかり視線が交ざってしまった。
「あ……あれ?」
だがルミレインは、一切態度を変えずそっけない様子だ。
「ふん。ボクにその程度のものは効かない。気を使う必用はない」
「や、やっぱりそうなのか……。さすがルミレイン」
ルミレインにはやっぱり効かないようだ。とはいえ、もしも効いていたら大変な事になっていたに違いない。
「……はぁ。困ってるみたいだし仕方ない、魅了の効果をなくす術式を教えてあげる」
「へ!? ほんとに??!」
まさかルミレインからそんな事を教えてもらえるとは。
という訳で、オレはルミレインから簡易的な精神干渉阻害の術式を教わる事となった。
とは言ってもそれは文字通り簡単なもので、5分もすればマスターできたけど。
眼球を薄い魔力の結界で包み込むという、それだけの簡単な術式だ。本来は外部からの精神干渉を防ぐものらしいが、内側からの効果もちゃんと防いでくれていた。
そこで試しにカナンと目を合わせてみたが
「なんだかおーちゃんの瞳がいつもよりキラキラしてる気がするわ。綺麗ね」
「あぅ……」
カナンに限っては元々オレにメロメロな節があるからな。魅了してもしなくてもそんなに変わらないのだろう。
と、悩みがひとつ解決した所でバスは麓街へ到着した。
ゆっくりバスから降り、今度は切符を購入して結界に遮られた改札に入る。
ギルドへ最寄りの駅へ行く列車は到着まであと10分くらいらしい。
せっかくでちょうど良いので、ホームの売店でお弁当を買う事にした。
ちなみに意外にも種類があったので、そこそこに悩みながら餃子弁当とやらを三人ぶん買う。ちなみに代金はそれぞれの自腹だ。と言ってもオレとカナンのお財布は同じだが。
「……ねえおーちゃん。あの人……」
「どうした主様、あの人が気になるのか?」
近くで列車が来るのを待っているであろう人に、なにやらカナンは興味を引かれた様子だ。
赤黒く長い髪を後ろで束ね、夏場だというのに真っ黒な長いコートで全身を包んだ少女。……いや、少年か? 見た目だけならルミレインより少し年上くらいか。服装もあって中性的な顔と体つきをしている。
「ううん、なんだかちょっと不思議な気配がしただけよ」
「そうか」
それから到着した列車に乗り込んで、相席に座って景色を眺めながらお弁当をいただく。
まさか餃子のお弁当があるとはな。異世界人が持ち込んだ料理なのかも。
「はいあーん」
「もくもむ……、うん、なかなか美味しい料理ね。ちょっぴり飛竜の魂の味に似てるわ」
前にワイバーンの群れを駆逐した時に味の感想を言ってた事があったが、こんな餃子みたいな味だったのか。
「ごちそうさま、美味しかったわ」
「ふう、ごちそうさま」
お腹も膨れ、流れ行く窓の外の景色を楽しみながら時は過ぎてゆく。
そうしている内にいつの間にか、オレとカナンはうとうと微睡みに吸い込まれてゆくのであった。
しばらくしてルミレインに揺さぶられて起こされた。
列車が宿とギルドの最寄りの駅に到着したようで、眠気が抜けきらないままに降りる。
やれやれと呆れ気味のルミレインに引っ張られて、スーツを着たサラリーマンたちがぎっしりの人ごみを抜けてゆく。
その中で一瞬、さっきの赤黒い髪をした少女の姿が見えた気がした。
日が傾き始めた時間帯。町外れの宿へは向かわず、先に冒険者ギルドへ行く事にした。
今日の夕方頃には獣王とその眷属の死体の解体が完了するであろうから、顔を出してほしいとの事だ。
「おお丁度良かったカナンちゃん。それとオーエンちゃんも」
自動ドアをくぐってギルド内部に入ると、なぜかオニキさんが入り口近くで立っていた。待ってたのだろうか。
「何かあったの?」
「ああ、そうじゃな。獣王の解体が済んだのと、大事な話がある。悪いがまた執務室へ来てほしい」
*
赤肌に一本角の生えたおっさんのオニキさんに連れられて、ギルド最上階の執務室へやって来たオレ達。
どこぞのエルムさんのところと違って散らかってはいない。
ちなみに今回はルミレインも一緒だ。
「先程カナンとルミレインに、S級昇格推薦状が届いた」
「へっ!?」
「……チッ」
え、Sランクだと?! 確か貴族や権力者の推薦が無いと上がれない階級だっけ。
驚愕の裏で喜びを隠せないカナンと、なぜか面倒臭そうに舌打ちをするルミレイン。
「『――以上の2名を、魔王イルマセクの名においてS級冒険者への昇格を推薦する。あの獣王を倒した人材を遊ばせておくのはもったいねえからな。あとルミレインもそろそろランク上げとけ』
……とのことじゃ。思ったよりフランクそうで儂も驚いた。念のため聞いておくが、2人とも受けるか?」
「イルちゃんからの推薦……。喜んで受けさせていただくわ」
当然っちゃ当然だった。戦いが好きなカナンにとってはこれ以上にうれしい話はそうそうない。
しかし、一方のルミレインは不服そうだった。
「ボクは辞退させてもらう」
「えぇっ!? なんでよ!」
驚き戸惑い、そうルミレインに問いかけるカナン。
だが、多分事情があるのだろうとは薄々察してはいる。
そもそもルミレインなら、なろうと思えば簡単に推薦を取れてしまいそうだしな。魔王イルマセクとズブズブの交友関係があった以上、他にも国王級の権力者との繋がりが無いとは考えにくい。
ルミレインが何者で何の目的で冒険者をしているのかは知らないが、意図的にBランクのままで活動しているのだろう。
「Aランク以上に上がったら色々と動きにくくなる。だからこのままでいい」
「ふむ……何やら訳ありのようじゃの。儂としては残念じゃが、今回の推薦は無かった事にしておくぞ? よいな?」
「構わない。全く、あの馬鹿ボクに余計なおせっかいはいらないと何度言えば……」
やれやれと面倒くさそうな様子で、魔王をあの馬鹿呼ばわりとは。そういえば魔王イルマセクの師匠でもあると聞いたけど、ルミレイン一体何歳なんだ……? 【明哲者】で視ようとしても名前以外の全ての情報が遮断されてわからないし。
女性に年齢を聞くのは失礼に当たるとは思いながらも、気にならずにはいられない。
「ふむ、ではカナンちゃんは明日からSランクとなる。推薦が必要な上位階級は承諾書を書いてから諸々の手続きが必要でな。その場で昇格とはいかないのじゃ。まあどれも名前とプロフィールを書くだけじゃが量があってな……」
「また書類……まあいいわ。今書かせてもらうわ」
カナンはオニキさんに十数枚の紙と羽ペンを受けとると、執務室の机を借りてさらさらと書き込んでいく。量があるのでまだまだ時間はかかりそうだ。
「付き合わせてすまんのう、オーエンちゃんや。飴でも食べるかい?」
「飴っ!?」
おぉう、オレより先になぜかルミレインが反応したぞ。
「……じゃあ、二ついただくよ。オレとルミレインの分を」
「ほっほっほ、二つと言わず好きなだけ食べなさい。たくさんあるから」
オニキさんが持ってきたお皿の上には、紙で包まれた古典的な飴玉の山が盛られていた。
「甘ぁい……」
見た目幼女のオレはまだしも、ルミレインまで女児っぽい純粋なオーラを微かに放ちながら飴を味わっていた。
……この光景、端から見れば子煩悩なおじいちゃんと孫姉妹みたいだな。
「ねー、私の分もちょっとは残してよね?」
「オレじゃなくてルミレインに言ってくれ」
何枚もの書類に追われるカナンを横目に、オレとルミレインは飴玉の素朴な甘さを味わうのであった。
悩みがひとつ解決したおーちゃん。次のトラブルはどうなることやら。
『おーちゃんかわいい』
『おーちゃんかわいい』
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