第84話 ひみつの花園
2日連続投稿じゃ!
お昼過ぎ。
オレ達は昨日のヒルがいた方とは反対側の森に足を踏み入れた。
かなり細いが道は一応あった。獣道ってレベルだけど、ここを進めば花園らしい。
「木漏れ日がきもちぃねぇ」
近くに魔物がいる気配も無く、とても心地良い森だ。昨日のあそこはもっとじめじめしてて暗かったけど、ここは歩いてて気分が良い。
手を繋いで、ゆっくり進む。
本当に気持ちがいい。
すると
「おっ!」
「わぁ、すっごいわね!!」
天国だと錯覚するような光景だった。
本当に突然木々が開けて、色とりどりの花畑が現れたのだ。
赤も青も黄色も、黒以外すべての色がここでは探せば見つかるように思える。
「わあぁ……綺麗。……おわっ!?」
「舌を噛むわよ、口を閉じてなさい」
いきなりカナンにひょいと持ち上げられ、お姫さまだっこをされる。いきなりなんだようっ、と聞くよりも早くカナンはぴょーんと跳躍して空中を駆けていた。
そして花畑の中心くらいにある大岩の上へそっと降り立つ。
「ここなら花畑をぐるっと一望できるわ」
「凄い……」
一体どうしてここだけこんなに花が咲き誇っているのだろう。
それにしても良い陽気で本当に気分がいい。
小鳥の囀りも風の囁きも心地良い。隣に座るカナンがオレの頭をそっとなでなで。
きゅるるるるっ
「あら……」
お腹が空いたのだろう、カナンのお腹から虫の音が漏れ出した。
カナンはオレを見ながらぺろりと舌なめずりをして、唾を飲み込む。
「ふふふ……。また私のお腹がおーちゃんを求めてるみたいね」
「あうっ?! それだけはもう絶っっっ対にイヤ!! 食べないでっ!!!!」
カナンが言うと冗談に聞こえない。一度本当に『食べられて』いるし。マジで。
食べられるのは勘弁なので、オレは収納から準備してきたお弁当を取り出す。
種類豊富なサンドイッチだ。
「あーん♡」
オレはカナンに、カナンはオレにとお互いにサンドイッチを食べさせ合う。なかなか美味しいな。我ながら良い出来だ。
「ふう、ごちそうさま」
「ふふふ。おーちゃんほっぺにおべんとうついてるわよ」
んあうっ!?
ほっぺについてた食べかすをつまんでぱくり。なんだか本当にデートしてるって感じがしてきてドキドキする……
「さーて!」
「にゃんっ!?」
感情に浸る暇も与えられず、カナンに再びお姫さまだっこをされて岩の上からお花を踏まないように飛び降りた。
オレもカナンの腕の中からそっと降ろされる。
ひまわりに菊にアオイにえとせとら。
ほんと色んなお花が集まってるけど、誰かが植えたんじゃないか?
それはそうとして、高所から見る花畑も良いけどお花をひとつひとつ近くで見るのも良いかも。
「見てみておーちゃん! あっちに白百合がいっぱい咲いてるわよ!!」
花畑の端の森の方に、白い百合がたくさん群生しているのが見えた。
するとまたしてもお姫さまだっこをされてぴょーんと跳んでいく。
「いい香り……」
ラッパ状の大きな花の中に満ちる甘い上品な香りが、気持ちをうっとりとさせてくれる。
「あぁ、私この香り好き……」
隣で同じようにカナンも百合の香りにうっとり。
すると、ふとある約束を思い出した。
ずっと心の片隅にあったけれど、なかなか踏み出せなかったあの約束を。
……カナンは百合の花に夢中。
アレをやるなら今しかない。覚悟を決めろおーちゃん!
「どうしたのおーちゃ――……」
ゆっくり帽子を外し、オレはカナンのほっぺにおもむろに顔を近づけてそっと。
ちゅっ
初めての感触は、柔らかくて暖かくて、そして蜜のように甘かった。
「お、おーちゃん……」
「……約束。ほら、ネマルキスに行ったら、ほっぺにちゅーするって約束だったから……」
ど、どうしよう。
その場の勢いでやっちゃったけど、嫌だったかな……?
「大好きよおーちゃん。とっても嬉しいわ」
「んあぅっ?」
カナンも帽子を脱ぐと、いきなり顔を両手で挟むように包んできた。それから頬の真っ赤なカナンが微笑みかける。まるで全てこうなる事を望んでいたかのように。
そしてこれから何をしようとしているかは、鈍いオレでもわかる。
ゆっくりと、その顔がまっすぐ近づいてきて――。
「ま、待って主様っ! まだ心の準備が……」
「ふっふっふ……自分からしておいて、逃げられると思ってるの?」
「あうぅ……」
望んでいたのは、オレの方だった。
焦りと微かな後悔からつい拒絶をしてしまう。首を背けてせめてもの抵抗を。
「私も初めてだから、心配ないわ」
「ふえぇ……」
包みこむように、融けてゆくように。
もう、ダメかも。心の奥に残っていた葛藤が、ほぐれていくようであった。
オレは諦めて瞳を閉じた。全てを主様に委ねて、甘い甘い夢を見られるように。
正真正銘、身も心もぜんぶ主様のものになろうとしていた――。
ところが
「おーおーおー、メスガキ同士でちちくり合ってる。俺達も混ぜてくれよ?」
オレと主様の蜜月の刻は、あと少しという所で水を刺されてしまった。
「……誰よあんた?」
不機嫌そうにカナンはそいつ言う。
「俺はベルナだカナン!? 何度も言わせんな!!」
あ、思い出した。あのキツネみたいなつり目。ベルナか。それが連れている男は……
「落ち着きなさいベルナ。部下が失礼しましたね。このワタシは、あのSランク冒険者のオイカワであると言えば、分かるでしょう?」
オイカワ……ギルマスに気を付けるよう言われてた、確か異世界人の?
パッと見30代くらいの、おっさんか?
細目下膨れな顔はお世辞にも整っているとは言えず、言葉遣いは妙に丁寧だけれど、丸眼鏡越しの瞳には下卑た感情が漏れているようだった。
てか服ダッサ!!
何それ、短パン?? 脛毛剃れよ。そしてその上に高そうなふかふかコートっておい。
無料ガチャでたまたま出たSSR防具をとりあえず装備してる人みたいなんだけど。
「金髪の方。あなたがカナンですね?」
花をくしゃりと踏みつけながら、オイカワとベルナが近づいてくる。
「……そうよ」
表情を歪めながらもカナンはオレを守るように抱いて、オイカワにしぶしぶ返事をする。
オレはそそくさとつば広帽子を被って視線を合わせないようにした。
「……主様に何の用?」
「魔人の子供ですか。貴女には関係ないでしょう?」
「関係なくない。オレは主様の従者だ」
「従者っ? ぶははははっ!! その主に守られて、その上ワタシと目も合わせられない弱者の癖に口だけはでかいですねぇ?」
カナンに守られてるのも目を合わせられないのも事実だが、これには訳がある。けど事情が事情だけに言えないのがもどかしい。
「あまり主様を怒らせない方がいい」
「ぶっはっはっはっ、よく喋るガキですねぇ! ワタシはカナンちゃんをスカウトに来てやったのです。このSランク冒険者のワタシが直々にですよ?」
足の下の花に全く気を向けず、オイカワはべらべらとオレを侮辱する言葉を並べていく。それがカナンの逆鱗に触れているとは露ほどにも思わずに。
「……どうせ貴女はまともな教育も受けた事もない汚い孤児か何かでしょう?
ワタシは弁えているので教えて差し上げますが、目上人の言葉は何であれ無条件で受け入れなければならないのが社会の常識です。そもそもワタシは正しい事しか言いませんがね。
こんな常識知らずな従者を持ってしまって、カナンちゃんはずいぶんと苦労してらっしゃったのですね」
「……あ゛?」
「あぁカナンちゃん、こんなガキのお守りなんてもうしなくてもよいのです。このオイカワ様のパーティで歓迎して差し上げますよ!」
「オマエなら俺と肩を並べるくらいにはなれるかもなぁ!」
あ、あぁ。こりゃまずい。カナンの虎の尾の上でタップダンスしてる事に気づかないのかこいつら? 今のカナンの『あ゛』も好意的な反応だと思っていそうな様子だ。
「おーちゃん……こいつら殺してもいい?」
オレを抱き締めて、カナンは鋭い殺意を鈍いオイカワへと向ける。
カナンが未だに手を出していないのは、オレを困らせない為に我慢しているらしい。
もしも本気でカナンが動いたら、こいつら2秒ももたないんじゃなかろうか。
そんなカナンの様子をオイカワは、嬉しさのあまり言葉が出ないと思っているようだった。
おーちゃんカワイイ。
「おーちゃんカワイイ」
「カナおーてえてえなあ」
「カナンちゃんもカワイイ」
「百合に挟まるおっさん万死に値する」
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