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第82話 使い魔のオーエンちゃん

「ねえおーちゃん。どうしておーちゃんはかわいいの?」


「そんなのオレに聞かれても困るよぅ……」


 窓の外からうっすら白い光が射し込んで、暗い部屋を微かに明るくする。

 まだ起きるには少し早い時間だが、カナンは敷布団の中でオレの顔にすりすり頬擦りをしてきてる。


「んー……おーちゃんすべすべ良いにおい」


「あうぅ……」



 ――また悪夢を見たらしい。

 浅く速く、過呼吸気味になって飛び起きたカナンを、オレはこうして落ち着かせていた所なのだ。


 今はもう落ち着いたようだが、これからもこういう発作は起こるのだろうか。


 すっかり立ち直って元気そうにしていても、傷はまだ癒えていない。

 あるいはもう、治らないのかもしれないな……。


「おーちゃん」


「あーぅ……」


 オレのほっぺをつまんでむにむに。

 それを見て嬉しそう。


 しっかし、最近のカナンは一層オレに依存してきてる気がするな。

 それに対して不満を感じないどころかちょっと嬉しいオレも、少し狂ってきているのかも。


 ふふ……主様(ますたー)をもっとオレに夢中にさせて……。


 なーんてな。さすがにそこまで――




 《能力(アビリティ):【魔性の瞳】の獲得を観測しました。対象:オーエン》





「ふぉわっ!?」


 なんだなんだ、いきなり能力(アビリティ)の獲得かよ!?





 ――魔力や気の流れを視認し、対象の先の動きを察知できる能力。

 おまけに目を合わせた対象を魅了する効果も。




 え、えー?

 なんというか、反応に困る能力なんだけど。

 なにこれ? 動きを察知できる能力はともかく、魅了って何だ?


 目を合わせたらみんなオレの事を性的に意識しちゃうってか? トラブルの元にしかならなそうなんだけど? そんな副産物いらねーよ!


 というか、魅了の方のオンとオフの切り替えの仕方がわからないんだけど……








 焦りと不安であれから結局一睡もできなかった。


 それでも起きて、身じたくを整えなければならない。

 ふかふかなくまさんパジャマを上下脱いだら、青と白しましまのながーい靴下をはいて、白地に赤いリボンの愛らしいパンツも履いて。

 さすがにこの胸にはまだブラは必用ないな。


 でも最近胸が張ってきてる気がするんだよね。それに動いてると布に擦れてむずむずしてくんの。ナニとは言わないけど。


 どうしてくれんのこれ、明らかに後戻りできない方向に体が成長してきてるよね?


 うぅ、考えないようにしてたけど女の子の体ってどうも難儀な事が多すぎるっ……


 しっかしこのゴスロリメイド服、かわいいけど地味に着るのに手間取るんだよな。着終わったら髪もツインテールにしなきゃ。


「ねえねえ、これ置いたのおーちゃん?」


 黒と赤色の軍服を崩してワンピースに落とし込んだような服に着替えたカナンが、後ろから聞いてきた。


 ん、3人ぶんの朝食が部屋の中心に戻した丸い宅の上に置かれてる。

 懐かしの生姜湯と麦飯と、焼き魚や漬け物や半熟温泉玉子えとせとら。


 和風っぽく素朴ながらとても美味しそうだけれど、一体いつの間に置かれたんだ?


「オレじゃないぞ?」


「じゃあ誰がごはんを置いたのよ? ルミちゃん?」


 気配も音もしなかった。そもそも気配の察知に敏感なカナンだったら間違いなく気づくはず。

 なのに3人ぶんがここにあるのはどうも妙だ。


「……ボクでもない」


「じゃあ誰が……?」


 そういえばそうだ。昨日の夕食もいつの間にか用意されてたし、お皿もいつの間にか片付いていた。


 何ここ、フツーに怖いんですけど??


「気にしないでいい、ここはそういう場所だから」


 気になるわ!!


 いや、でもある意味では至れり尽くせりなのか……?

 うーん……。


 そんな風に悩んでみたが、カナンもルミレインも全く気にしていない様子だったのでオレもこれ以上は気にしない事にした。


 まあいっか!






 *






 部屋を出て、ぎしぎし階段を下って入り口へ。

 番台の上に座っているラントお婆さんに一声かけて、出発する。


「ヒッヒッヒッ……行ってらっしゃい」


 改めて見ても不気味なお婆さんだな。

 てかラントさん以外に従業員らしき人を見かけていないような……。


 まあいっか!


 それから全く人気の無い細道を抜けて、明るい温泉街へ出ると昨日と同じ道をたどってギルドへと向かう。


「ねえおーちゃん。私の影の中に入っててもいいわよ? 眠いんでしょ? それにあの能力(アビリティ)を気にしてるなら尚更。着いたら呼ぶわ」


「あうぅ……そうする。ありがと」


 あぁ、なんてカナンは優しいんだ。さすがはオレの主様(ますたー)……。


 実は道中、すれ違いの冒険者何人かと目が合ってしまったんだよね。

 みんな顔を赤らめたり、振り替えってじいっとオレを見てきたりと、まあキモい。


 これ以上男を誘惑なんてしたくないので、言葉に甘えてカナンの影の中にとぷんと潜り込む。


 そこは真っ暗な空間で、唯一足元にカナンの影が現実世界への出入口として明るく開いている。

 そこを覗きこむと、カナンが逆さまに見える。現実とは上下が逆なのだ。なるほど今日のパンツはしましまか。


『ふあぁ……』


 さて、収納からお布団を取り出して地面に敷いてもぐりこむ。

 移動しながら眠れるなんてなんたる贅沢か。

 程よく暗くてぬくぬく寝れる。


 あー、極楽極楽。



 ……



「ようこそ塔の街のギルドへ。……おや、カナンさんですね。都合がよろしければ今からギルドマスターにお会いしていただけませんでょうか?」


「構わないわ。そうそう、使い魔も一緒でいいかしら?」


「構いませんよ?」




 ……んぅ?

 何やら騒がしくなってきたな。そろそろ外を覗いて見ておくか?



「……貴様があの獣王を倒したという小娘か」


「何よ?」


 いつの間にか、カナンは1人木製の書類棚の立ち並ぶ整然とした室内にいた。ギルドの最上階だろうか、窓の外はかなり高い景色が広がっていた。多分ルミレインは下で待機かな。


 そして、その部屋の中心の椅子に座っている赤肌の大男が凄まじい眼力で睨み付けている。……あいつ鬼か? 額から大きな角が一本伸びている。


 じっくりと観察していた、その時だった。


「……フンッ!」


「……?」


 な、なんだこの影のオレまで気圧されるような感じは? ようなっていうか、デスクの上の書類がおっさんの謎の力で吹き飛ばされている?


 これは一体……


「……儂の【威圧】を受けても動じないか。見事じゃ。

 失礼したな、儂こそがこの塔の街のギルドマスター〝オニキ〟じゃ。呼び方に関しては好きにするといい」


「ふーん。なるほどねさしずめ威圧に屈するかどうかで私の強さを計ろうとしてたのね。気にしてないから謝らなくてもいいわ。私はカナン。よろしくね」


「話が早くて助かる。では、早速本題に入るとしよう」


 お、おぉう。

 なんだかめちゃくちゃ話が進んでたぞ。


 このおっさんこそがここのギルドマスターのオニキさんなのか。

 ふーむ、なるほど。この人は〝鬼人(キジン)〟という種族らしい。


 しかもかなり強いな。強度階域は第5域(カラミティ)か。Sランク冒険者にも匹敵する実力者だ。


 不死鬼魔人(レヴァナント)に進化する以前のカナンだったら、互角か向こうが上だったかも。それくらいに強い。


 そんな分析をしている最中にも、カナンとオニキさんの話は進んでゆく。


「して、獣王を倒したというのは間違いないのだな?」


「本当よ。証拠に死体も収納させてあるわ。見る?」


「いや、それは後でよい。SSランク冒険者にさえ通じる儂の威圧が全く効かなかった時点で、もはやその強さを疑う余地はあるまい」


「そうなの? まあいいけど」


「問題は、どこで倒したのか(・・・・・・・・)じゃ。正直に答えるのじゃぞ?」


 どこで倒したのか、をあえて強調するオニキさん。


『ウチのギルドじゃ処理できない(したくない)から向こうに獣王討伐報告しといてね~』


 的な事をウスアムのギルマスのエルムさんに言われていた事を思い出す。

 オニキさんの口ぶりはそれを見透かしていそうだ。


「昨日、ヒルどもを倒した森で出くわしたのよ」


「嘘じゃな。大結界の中から何らかの手段でヤツが脱出したとして、どこの誰も感知していないのはあり得ぬ。大方ウスアムの街近辺に出現したのじゃろう? そしてエルムのヤツにこっちで処理するように押し付けられた所か」


「……嘘は通じなさそうね」


 ほとんどあっさりと見破られ、少し動揺するオレとカナン。

 でもまあ黙っていても別に得があるわけでもないし、何も隠す事なく話す事にしたのだった。


 と言ってもまぁ、なんか強い魔物が出たから直接ぶん殴りに行って、そして勝ったというだけの事だが。

 一応どうやって勝ったのかの説明もしておいた。


 カナンが瀕死まで獣王を弱らせるも不意を付かれて飲み込まれ、体内でオレを召喚して内側から食い破ってやったと。


 オニキさんのドン引き顔がなかなか面白かったのはここだけの秘密だ。


「ふーむ、ただでさえ戦闘力が高い上に上位魔霊……いや、高位魔霊までも使役しておるのか……。いやはや、にわかには信じられんな」


「別に他の人は信じなくてもいいけど、ギルドマスターにはおーちゃんを知っておいてほしいわ。説明するより今ここで呼ぶわね」


「なっ?! ここで巨体の高位魔霊を呼ぶと!? 待て待て考え直すのじゃ!」


 何を勘違いしてるんだこの人。つってもオレがこんなにプリティな姿に人化できるって話はしてなかったし、仕方ないのかもしれない。


「出ておいでおーちゃん」


「待つのじゃ、ここには大事な資料が――っ?!」


 オニキさんに慌てて止められそうになるカナンの足元から、オレはひょっこりと頭だけ外に出す。


「……主様(ますたー)に呼ばれたから出てきてやったぞ。文句あるか?」


「ま……な??!」


 いやいやどんだけ驚いてるの。巨大な悪魔が幼気な幼女の姿になる事なんてよくある話だろ?


「この子が私の使い魔のオーエンちゃんよ」


「人化か! 想像とずいぶんとかけ離れておって驚いたわ! 愛らしい姿をしておるのう、娘が幼い頃を思い出すのう」


「あぅ……影の中に戻ってもいい?」


「いいわよ。ゆっくりしなさい」


 出てきてから即影に帰ったけど、調子が狂うよりはずっといい。それに目を合わせないようにしたいしね。


「なんじゃ残念。……さて、本題に戻そう。お主は冒険者がAランク以上になる為に必要な条件を知っておるか?」


「条件? たくさん魔物を倒したり貢献する事じゃないの?」


「それもそうなんじゃが、加えて貴族のような権力者の推薦が必要なんじゃ」


 権力者との繋がりが無いと、Aランク以上にはなれないのか。

 強いだけでAランク以上になれるなら、ルミレインはとっくにSSランクへ勝手に昇格されていることだろう。


 それからカナンは冒険者に関する色々な説明を改めて受けた。


 その中で一つ、少し気にかかる話があった。


「〝オイカワ〟という異世界人(メアリースー)の冒険者に気を付けろ」


 異世界人……。

 なぜ気を付けなければならないのかという説明はしてくれなかったが、ラクリスという前例がある以上ろくでもなさそうなヤツだという事は想像に難くない。


おーちゃんかわいい


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[良い点] 間に合ったな おーちゃんかわいい [気になる点] カナンちゃん、分かってないぜ。 おーちゃんはかわいいからおーちゃんなのであって、また、かわいいのはおーちゃんだからであり、そこには疑問…
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