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第64話 在りし日の追憶

 黒き海の向こう側から、赤とも紫ともつかない淡光が暗い空を滲ませる。

 それを背に、白装束に身を包んだ白髪の少年は笑いながら口を開いた。


異質能力(ユニークアビリティ)って知ってる?

 こことは違う次元の世界からやって来た者……異世界人(メアリースー)与えられる(・・・・・)、それぞれ世界で唯一無二の能力(アビリティ)さ」


「……」


 嬉しそうに楽しそうに説明を始めた少年の言葉に、返答する声は無い。

 それでも少年は話を続けた。


異質能力(ユニークアビリティ)【武装無双】、これが俺の能力。

 こいつは俺の記憶から『武器』として認識されている物を召喚し、自在に操れる力さ。けれど1度に出せる質量には制約があってね。同時に100トンまでしか出せないんだよ。不便だよね?」


「……」


「ふふふ……。けどね、この制約を突破する方法がひとつだけあったんだ。それが〝心象顕現〟。心象結界の中なら、質量を気にせず武器を取り出せるんだ。巨大な兵器とかもね」


「……て……やる」


「はは、やっぱ強いね。俺の心象顕現を食らって生きているんだもの」


 少年の正面にはまるで赤いカーペットを敷いたような血溜りができており、その中心にはおよそ一目では人間とはわからない程に損傷した肉塊が倒れていた。


 左半身は鉈に引き裂かれ無くなっており、断面からは脈打つ臓物がぐちゃぐちゃに溢れ出している。

 また、四肢も右腕を残し全て鎌により切断され、頭部は左側を眼球まで散弾に吹き飛ばされて無くなっていた。


 身体組織の半分近くを失ってもなお、カナンは生きていた(・・・・・)


 そんなカナンを少年――ラクリスは口角を上げて見下した。


「そんなになったら普通に死ねよ。不死者(アンデッド)の特性で生命力だけは強いなんて、皮肉だね。きっしょ」


「る……さ……ない」


「はは、そうだ。せっかくだし俺の身の上話でも聞いてよ。

 俺も前世ではすごい落ちこぼれでさー。勉強もスポーツもダメ、顔も悪くて人間関係なんてもっての他。いじめられるのは当たり前で、毎日が地獄だったんだよね」


「う……さい」


「ホントに俺って可哀想。俺たちってさ、同じ境遇の仲間なんだよ」


「だ……まれ……」


「ははは、やっぱお前ってムカつくなぁ!」


 あえてとどめを刺さず、ラクリスは弱りゆくカナンを見ながら愉悦に浸っていた。

 コルダータの治癒魔法ならば、死んでさえいなければ完璧な治療が可能だろう。しかし、そのコルダータはもう何処にもいない。

 影であるオウカも消えてしまった今、カナンにはもはや何の希望も残ってはいなかった。




『――何をしているのです、ラクリス?』


「おっ、その姿は! ちゃんと肉体に定着できたのですね」


 空から金色の光の柱がラクリスの前に降り立った。その光の中から現れたのは、白いローブを纏った紫髪の少女だった。

 彼女は地に足を着けず、ふよふよと常に浮いて移動している。



「コル……ちゃ……?」


『否。……わ、わた、わたし。わたしの名前は、ティマイオス=ヤルダバオト。唯一絶対の神であり、世の邪悪を祓い悠久の平和をもたらすもの』


 その見た目は、カナンもよく知っていた親友のものだった。思念の声も同様だ。

 しかし、その中に宿る意思は全く別の存在。


「話し方変わってるね、ティマイオス様」


『これはこの肉体の記憶に影響されての事です。体の持ち主(たましい)は完全に消滅していますから、特に問題ありません。よくやりました、ラクリス』


「おー、なんとありがたいお言葉」


『……ですが、この惨状は看過できません』


 コルダータの顔を僅かにしかめたティマイオスは、更地となった港町を見て言った。


「ごめんごめん、ちょっとやり過ぎちゃった。こいつが思ったより強くてねー」


『……幸い、あらかじめ避難させていたおかげで死者はいませんでした。それにラクリスはわたしのお気に入りです』


「……正面から言われると照れますね」


『ですので、今回は大目に見ようと思います。この惨状は全て、そこに落ちている(できそこない)が起こした事という事にしますので。後に改めて公開処刑を行います』


 ティマイオスは辛うじて息のあるカナンをまるで虫のように見下しながら、コルダータの声でそう言った。


「そりゃあいい。けど、いくらこいつでもこのままじゃ死んじゃうよ?」


『それなら心配に及びません。〝万象封緘(ギアス)〟!』


 カナンの体が金色の光と鎖に包まれて浮き上がる。すると傷口からの出血が止まり、肉体のあらゆる変化が停止(・・)した。


「これは……対象を封印する力、か。さっすがはティマイオス様。……っ!?」


『? どうしました、ラクリス?』


「うん、何でもないよ。気にしないで」


 ――気のせいだろう。ラクリスは違和感を流し、手首に微かに残る痺れ(・・)を気にも留めなかった。


『処刑決行は今日の夜にいたします。それまでは死なせないようにしました』


「ふうん、執行役は誰がやるんだい? 俺でもいいけど?」


『心配には及びません。それは既に決めています。執行する者は――』








 ―――








「――きみ、またラクリスにいじめられたの?」


 ……私を呼ぶのは、誰?


 カナン。私にそう名づけてくれたのは、誰だっけ?

 生と死の狭間で、在りし日の記憶が蘇る。




 ここは……金色の天使のステンドグラスが美しい、懐かしくも忌ま忌ましい孤児院の礼拝堂の中。その物影に、私はうずくまって震えているようだ。



 ガッ



 その時、突如右頬に炸裂する衝撃と痛み。


「悔しかったら魔法で反撃してきなよ17番(できそこない)! できるものならさ!」


「うぅ……〝下位雷魔弾(イナズイア)〝……」


 幼いラクちゃんが私の頬をぶったのだと、私の記憶が教えてくれた。そして私は目にものを見せてやろうと魔法を発動させる。





 パチッ





 私の指先で小さな小さな赤い雷が弾け、消えてしまった。

 それは静電気の方がまだ威力がある程に、か弱いものだった。


「ぷっ……ははははははははは!!!! 弱っ! 静電気じゃん!! 静電気魔法とか逆に聞いたことないよ!!」


「うぅ……私だって……私だって好きで魔法が使えない訳じゃないもん!! 最初っからなんでもできるラクちゃんには私の気持ちなんてわかんないでしょ!」


「……へえ、俺に口答えするの? 17番(できそこない)のくせに?」


 ラクリスの拳が私の頭上に上がる。私は反射的に頭を隠し、体を強ばらせて痛みに備える。


 

 ――ラクちゃんは孤児院で一番体が大きくて魔法も使え、そして何より〝名持ち(ネームド)〟のリーダーだった。他の子達には優しく、みんなから好かれて信頼されているようだった。


 けれど、私にだけは違った。


 追いかけ回されるのは序の口で、ごはんを勝手に奪われたり叩いたり、ナイフで斬りつけて怪我をさせてきた事さえもあった。

 その度に医務室から盗んだ回復薬(ポーション)で治してくるのだけれど、それはただ証拠隠滅を謀る為だと思う。


 ラクちゃんは、私が、世界で一番嫌いな存在なのだ。


「ちょっとラクリス! 何やってるの!!」


「げっ、〝9番〟!!?」


「本当にあんたってばどうしようもないヤローですわね!」


 私がラクちゃんに殴られる寸前に駆けつけてくれたのは、水色の髪に狼の耳を乗せ、腰からは水龍の尾を生やしている女の子だった。


 9番ちゃんは、孤児院で唯一人私に親切に接してくれた2つ上のお姉ちゃんだ。


 あっさりラクちゃんを退散させると、9番ちゃんは私の頬を優しく撫でて微笑んだ。


「またあいつ……ラクリスにいじめられたの? 名持ち(ネームド)だからって何様のつもりなんでしょう!」


「うん……私が魔法を使えないからって……ただの人間だからって……。ラクちゃんだけじゃない、みんな私の事を見下してる……」


「ワタシは見下してなんかいないですわ。世の中魔法だけじゃないって、あの本の作者も言っていましたわ。

 何より魔力が無くても微かながら魔法を発動させられるなんて、17番ちゃんは十分に凄いと思いますわよ?」


 9番ちゃんが私の頭を撫でる。この優しい感触がひどく懐かしくて、切なくて。

 9番ちゃんは自暴自棄になっていた私を救ってくれたのだ。


「どうして私なんかに優しくするのよ? 9番ちゃんもいじめられるよ?」


「どうしてって……同じ趣味を持つ者として、見捨てる事なんてできなかっただけですわ。キミは読書好きでしょう? よく図書室にいますので、同じ本好きとして仲良くなりたいと思っていましたの!」


「みんなが怖いから図書室にいただけだけど……」


「それでもいいのですわ、ワタシたちはもう友達ですもの!」





 *




 ここのみんなに名前は無い。基本的に番号で呼ばれる事になっているのだ。


 私は〝17番〟。

 誰にも好かれない、なんの才能もないできそこない。名前なんて贅沢なものを、貰えるはずもない。


 今日は月に1度の成績上位者へのごほうびがもらえる日。

 みんな横1列に並んで、胸を高鳴らせていた。……私を除いて。


「9番、前へ出よ。ティマイオス様より賜る恩命だ。ありがたく受けとるがいい」


 なんと、9番ちゃんが成績上位者だったみたい。本人は嬉しそうじゃないわね、どうしてかしら。


「9番よ、貴様は今日より〝シオノネ〟と名乗るがよい」


 月に1度、勉強や魔法の腕前で良い成績を取った子は、〝ティマイオス様〟からごほうびが貰える事になっている。


 ごほうびは欲しかった本だったり、玩具だったり、あるいは〝名前〟だったり。


 横目で向けてくる私への視線は、なぜだか申し訳なさそうだった。



「――ごめんね」


「なんで謝るのよ。私はなんとも思ってないわ」


「そっか……」


 9番ちゃん、ううん、シオノネ……シオちゃんは、優しく微笑みながらわたしの頭をなでてくれる。


 私は、ずうっとシオちゃんみたいになりたかった。ずうっと一緒にいたかった。

 この気持ちの名前を、この時の私はまだ知らなかった。






 *





「17番、4番(ラクリス)。模擬戦を始めなさい」


「はっ」


 みんなが見ている前で、私は木剣を構えてラクちゃんと対峙する。

 シオちゃんが心配そうに見ているのが視界にとまり、心配いらないと私はふっと微笑んだ。


「やあ、17番(できそこない)。お互いベストを尽くそうか」


「そう、ね……」


 木剣同士の戦い。今日は、魔法抜きの物理戦闘の訓練だ。

 これなら私でも少しはみんなと渡り合えるはず。そう思っていたのに、模擬戦の相手が悪かった。


「始め!」


 先生が手を叩くと、ラクちゃんは私へまっすぐゆっくりと歩いてきた。一見、隙だらけだ。けれどそれは、私の攻撃なんて全て見切ってやるという自信の表れ。到底、正面から勝てっこない。


「う、うわああっ!!」


 でも、やるしかない。

 私は半ばやけくそに、ラクちゃんへと斬りかかった。

 木剣は重く、少しでも握る力を抜いたら遠心力で飛んでいってしまいそうだ。


「甘いね、17番。そんなんじゃダメだよ」


「うぐっ……!」


 ラクちゃんはあっさりと私の攻撃を木剣で受け止めると、不気味に微笑みながらお腹を蹴飛ばした。

 そしてまた、ゆっくりと歩み寄る。


 くっ、遊ばれてるわね……。さては私が折れてからなぶるつもりね。

 私じゃラクちゃんには絶対勝てない。

 でも、一矢報いたい。


「はああっ! 食らいなさい!!」


「あーあ、馬鹿だねきみは」


 私は木剣を地面に引きずりながら、ラクちゃんへ正面から斬り上げる。が、ラクちゃんは少し下がってそれを余裕に避けた。


 ……が。


「え?」


 私は、勢いに任せたまま木剣を手放した。

 手放した木剣は図上に飛び上がり、ラクちゃんの意識が一瞬だけそっちへ逸れる。


 この一瞬しかない……!


 弱くてもいい、1発当てられれば。

 私は握り拳を作ると、一瞬だけ無防備になったラクちゃんの顔面に向けて――



 ばちんっ



 軽い音が響いた。


 それから一拍置いて、木剣がカランと地面に落ちて少し跳ねた。


「はぁ、はぁ……」


「……あ?」


 効いていなくても、ラクちゃんのその顔に1発叩き込んでやった。私はやったんだ。


「なに、してくれてんの? 17番(ゴミ)の分際で……」


 頬を押さえ、ラクちゃんの表情が醜く歪んでいく。


「ぎゃんっ!?」


 その次の瞬間、視界に衝撃と火花が散って、少し遅れて鈍く重い痛みが横から顔を殴りとばした。

 そして私は体勢を崩して転んでしまう。


17番(できそこない)が……よくもやってくれたな!! ゴミがッ! この俺をッ! よくもッ!」


 転んだ私を、ラクちゃんは上から何度も殴ったり蹴りつけたりしてくる。


 ゴッ


 ガンッ


 ゴスッ


 視界が紅く染まっていった。


「いっ……うぅっ」


 私はうずくまって、ただ耐えるだけしかできなかった。

 ラクちゃんの気がすむまで、誰かが助けてくれるまで。


「や、やりすぎですわラクリス! そこまでにしなさい!!」


「黙れシオノネ! こんなゴミが調子に乗らないように躾をしてやってんだよ!!」


 シオちゃんが止めようとしてくれているけれど、ラクちゃんは全く聞き入れない。


「先生!」


「ラクリスくんを止めようというのなら、あなたも相応の罰を受ける事になりますよ?」


 みんなも先生でさえも、止めようとすらしない。

 私を助けたりなんてしたら、シオちゃんまで……。

 シオちゃんは顔を一瞬しかめると、私とラクちゃんの間に割り込んだ。


「……そこまでですわ!」


「……どけよ」


「どきませんわ! 17番ちゃんはもう戦えませんわ! これ以上は卑怯ですわ!!」


「どけっつってんだろ!」


「どきません!」


 血まみれの私を庇い、シオちゃんはラクちゃんと向き合き睨みつけた。


「……チッ」


 ラクちゃんは露骨に大きな舌打ちをすると、血まみれの木剣を放り投げて立ち去った。


「よくやりました、ラクリスくん。あなたなら人間を容赦なく殺せるでしょう。素晴らしい殺意でした」


 なんでラクちゃんが褒められてるの……?

 先生も、私の事が嫌いなのね。


「大丈夫? 17番ちゃん……」


「うぅ……」


 意識が朦朧としている中、シオちゃんが優しく介抱してくれる。

 安心したからか、だんだんと眠くなってきて――




 *







 ここは……?


「あ、目が覚めた! 大丈夫? 痛い所は無い?!」


 目を開けると、心配そうなシオちゃんの顔が写りこんだ。

 体はあまり痛くない。回復薬(ポーション)で最低限は治療してもらえたのかもしれない。


「ここ、どこ?」


「屋根裏のおしおき部屋ですわ。ワタシたち、明後日までここに閉じ込められたんですわ」


 埃っぽくて、真っ暗なお部屋。隅には蜘蛛の巣が張られ、灯りはシオちゃんが持つろうそく一本だけ。


 私を庇ったばかりに、シオちゃんまでおしおき部屋に……


「……ごめん。私なんかが、できそこないで落ちこぼれの私なんかを守って……」


「だからこそですわ! どんなに辛い事も耐えて、それでも優しく在れる。弱いなりにも頑張れる。ワタシはきみのそういう所が好きなんですわ! それに、ラクリスの顔面に一撃入れたのは凄かったですわよ」


「……ありがとう」


 私は粗末なベッドから起き上がって、シオちゃんに抱きついた。この気持ちを言葉にするには、まだ私は幼かった。


「17番ちゃん?」


「ありがと……ありがとう……」


 できそこないの、役立たずの17番。そんな私をシオちゃんは認めてくれた。ただ、それだけで心が救われるような気がしていた。


「よしよし。ねえ、一緒にお空を見ましょう? 凄いですわ」


「お空?」


 シオちゃんに言われて、屋根裏に唯一の小窓……というより鉄格子を覗いた。


 ――それは、溢れてこぼれそうなくらいの満天の星たちだった。

 静かに、空高く力強く輝く星たちが、私を慰めているような気がした。


「きれい……」


 いつもいつも辛くても、星を見ている時だけはこの気持ちが和らぐような気がしていたんだ。


「ねえ17番ちゃん……ううん、こっそりわたしが名前をつけてあげますわよ!」


「名前!? そんなの怒られちゃうわ!」


「平気ですわ、ワタシたちの間だけの秘密にすれば」


 ああ、そうだ。私のこの名前も、シオちゃんからもらった名前だったんだ。


 私の名前は――



「――〝約束(カナン)

 キミは、カナンと名乗るといいですわ」


「カナン、カナン……。〝カナン〟!」


 愛しくて、誰にも穢されたくない私の大切な名前。約束を忘れない為の――


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― 新着の感想 ―
[気になる点] グノーシス主義の観点から考えると、内側にオウカという魔霊を宿したカナンが完璧な完成系ってことになるんじゃなかろうか ヤルダバオトが下級神のほうなのか大悪魔の方なのかでもかわってくるけど…
2023/09/14 04:42 退会済み
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