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第233話 魔王

 それは、巨大な蓮の花だった。

 迷宮の最奥、この『死の樹海』の中央部。そこに、鏡のように青空を映す湖と、その水面に揺れる蓮花があった。


 その蓮花は一軒家ほどの大きさはあり、花びらの中には一人の女性が鎮座していた。


 ――天女を想起させるような、裸体に羽衣を纏う若葉色の髪の女。うなじには花の付け根のように、1本の茎が蓮の花に繋がっている。


「あふふ……」


 彼女こそがイセナ大結界の頂点の一角、七王の『樹霊女王(イツキノミタマ)』にして、この迷宮(ダンジョン)の支配者である。


 彼女には野望がある。大結界を脱し外界の大地に根を降ろしたならば、自らを封じたイルマセクへの復讐はもちろん、この大陸の支配者となろうと長年決意を燻らせていた。




 だが……



「はじめまして、イツキノミタマちゃん?」


 イツキノミタマの喉笛に、冷たい食指がぴたりと触れる。


 知らなかった。外界にこのような化物が存在することに。


「貴様、何者じゃ? 何故ワレの名を知っておる?」


「私はカナン。ドレナスちゃんとドルーアンちゃんからあんたの事は聞いているわ」


「ドレナスか! あやつもこのような小娘に遅れをとるとは、落ちぶれたものよのう!」


 声を張り上げ、イツキノミタマはカナンに虚勢を張る。

 ドレナスはイツキノミタマにとって相性の悪い相手であった。そんな天敵が、カナンという子供に倒された。目の前の怪物という危険はあるが、天敵がひとつ消えた事には喜びを覚えていた。


 が……


「ドレナちゃんを馬鹿にしないでくれるかしら? 私の大事な友達なのよね。殺すわよ?」


 至近距離から発せられる化物の怒気に、イツキノミタマは久しく感じていなかった感情を抱く。


 だが、それでも今はここを脱しなければならない。


「小娘よ、貴様は七王に迫るほど強いようじゃが、あまり嘗めるでないぞ?」


「まだ仕込み芸でもあるのかしら?」


 ニタニタと背後で笑みを見せるカナンに、イツキノミタマは「それ」を発動する。




 ズバッッッ!!!!




 突如イツキノミタマの身体から、カナンの胴体に『斬撃』が走った。



「っとと、今の何かしら?」


『斬撃』はカナンの纏う服を切り裂き、白い素肌を覗かせた。

 だが服は切れても未だノーダメージ。効きはしないが、一応カナンは空気を読んで距離を取る。


「ワレを怒らせるでないぞ、小娘よ」


 彼女の纏う若草色の羽衣の一部が伸び、鞭のようにしなり空気を裂いて唸る。彼女の纏う『羽衣』もまた、彼女の肉体の一部でありあらゆる『植物』の能力を行使可能である。




 ――イネ科の植物の多くは、葉のふちにガラス質を纏わせている。それらは顕微鏡で見るとトゲ状――ノコギリのように並んでおり、触れたものを切り裂いてしまう。

 軍手もなしに雑草を毟る人間の手がこれにより血まみれとなるのはよくある話である。



 イツキノミタマの『羽衣』はそうしたイネ科植物のガラス質の性質を持ち、近接攻撃としても使用する。



「あふふふふふふ!!!! どうじゃ近づけまい!!」


 イツキノミタマは『羽衣』を数本に分裂させ、更にそこからテッポウウリやスナバコノキの種子を飛ばす。





「……ずいぶんと必死ね?」




 しかしカナンは、既に気づいていた。

 何かから必死に気を逸らそうと(・・・・・・・)していることに。



「おい、何処を見ておる?!」


「あそこの下かしら」


 カナンは弾幕をあしらいつつ、蓮の花びらから眼下の水面に視線を向ける。そして、軽く跳躍すると、背後から迫る羽衣や蓮花を一瞥することもなく粉微塵に粉砕。


「なっ……おい待てっ?!」


 そして空を駆け加速に加速を重ね、ついに音速を越える速度で水面へと突入し――


 水もその下の泥も吹き飛ばし、生じたクレーターの中央でカナンは何かを掴んでいた。


「捕まえた――」


 晴天の下、舞っていた水が雨のように降り注ぎ、虹の環が輝いている。


「――これでしょう? 貴女の今の本体(・・)


 カナンの手の中には、リンゴほどの大きさの『実』が握られていた。その『実』は網の目のような模様の堅い殻で包まれており、見る者が見れば莫大な魔力が圧縮されているのが分かる。


「は、離せっ!!!」


「やだよ。で、これって種よね。私って『魂』を見れるからね、途中からこの種の中に魂移したのバレバレよ」


 イツキノミタマは肉体に囚われない精神生命体である。依り代としての肉体を新たに造り、切り替える。自身の命に危機が迫った時の奥の手である。


 自家受粉を行い、種子を作成。落花生の能力で地中に隠し、操っている元本体の体で戦闘を行う。そのまま勝てれば良し、倒されても自身が死んだと思わせられれば逃げ延びることができる。



 ……そのはずだった。


 死神(カナン)の目は誤魔化せない。



「選びなさい――」


 種子を包む殻を握り砕き、内部の脈動するように明滅する球状の種が露出する。それをカナンは頬張って――。




「――私に従うか、このまま私の糧となるか」




 ゴクンッ――


『種』は、カナンの腹の中へと消えていった。





「ふ、ふざけるなよ小娘! 吐け、吐き出すのじゃ!!!」


「〝降伏するから吐き出してください〟でしょ?」


「な、嘗めおって……ぐうっ?!」


 イツキノミタマは、耐え難い痛みを感じ始めた。

 カナンの胃袋では既に消化が始まっている。イツキノミタマの『種』はただの人間よりかは腹持ちはいいだろうが、それでも一時間もせず跡形もなく消滅するだろう。


「この体になってから私って何でも食べれるのよね~。人間や魔物はもちろん、木も石も大地もやろうと思えば食べて糧にできるの。それから、精神生命体の疑似肉体や〝魂〟すらもね」


「な、なんなんじゃ貴様は……!?」


「で、どうするの? 服従か、糧か。私の胃袋の気はあまり長くないわよ?」


 イツキノミタマの力の大半は、ダミーとしての活動体に残したままだ。

『種』の状態で一応はカナンの胃壁に対して抵抗は試みるが……一切効果はない。


「~……!!! わ、わかった……小娘、いや、貴女様に従うとする。だからどうか、吐き出してはくれないだろうか……」


「うふふ、いいわよ。それじゃ早速逆らえないよう主従契約しようね~?」


 葛藤の果てにイツキノミタマが選んだ答えは、復讐も野望も諦めた『服従』なのであった。









 *






「う……? あれ、僕は……」


 樹海の奥地にて、金髪の冒険者の男は目を覚ました。


 記憶では彼は花畑の中で炎に包まれ焼け死んだ――はずであった。


 しかし身体はすこぶる元気で、なんならいつもよりも調子がいいくらいであった。


「え、エバ?! リアもカガリも、ライアンも……」


 あの迷宮(ダンジョン)の中で凄惨な最期を迎えたはずの仲間たちが、彼の……ドムの周りで寝かされているではないか。仲間たちの胸が上下していることから、生きているのは確かだ。


「一体何が……」


「あら、目覚めたのね」


「!」


 木陰からドムを見つめる、金髪の少女。

 見た目こそ綺麗で愛らしい少女だが、何か得体の知れない異様な雰囲気をドムは感じ取った。


迷宮(ダンジョン)のことなら気にしなくていいわ。もう消滅したから」


「君が、治療してくれたのか?」


 治療、というには違和感が残る。ライアンもエバも、明らかにあの時死んでいたはずなのだから。だが深く考えることはあえてせず、『治療』という言葉で済ませておく。


「まあね。迷惑料ってやつかしらね」


「そうか……ありがとう、この恩は一生かけても返しきれない……何か君の望む事があればできるかぎり叶えさせてくれ!」


 ドムは善良な冒険者であった。恩には礼と恩返しを。それがモットーなのだ。しかし、カナンにとっては今は恩返しは必要ない。


「? あぁ、お礼は言葉だけでいいわ。というかそういうのめんどくさいからいらないのよね」


「しかし……。いや、わかった。その代わり、君が何者なのかを聞いてもいいかい?」



 〝何者〟なのか。


 カナンは、幾度となく己が何者なのかを己に問いかけてきた。


 そして今日、イツキノミタマを軍門に加え……自身をこう定義付けた――





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― 新着の感想 ―
[良い点] アルコア 厨二病としてそそられます
[一言] えっ!?そうくる!? じゃあひょっとしてステンドグラスのなかの女の子って…:(;゛゜'ω゜'):
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