閑話 性癖発表インキュバス
時系列とかあんま考えていない番外編です。やや下ネタ注意
色々なことがあった。
吸血鬼の魔王フルムにオレたちの繋がりを引き裂かれそうになったり、主様が魔王になる事を本格的に考えたり、そしてコルダータちゃんが剣の姿となって復活したりと。
そんな大きな波乱を乗り越え訪れた、束の間の平穏。
オレたちは今日も寮の一室でゆっくり目を覚ます。全身がちくちく痛い。鏡を見れば身体中に、主様の唇と同じ形のアザがあることは想像に難くない。
いつも通りの平穏な朝だ。オレは今日も主様の好みの可愛いポーズで
――おはよう、主様
と、言おうとした。
しかし……
「主様の妖しく綺麗な顔……。オレを吸血する前の主様の瞳……」
……ん?
「ど、どうしたのおーちゃん?」
オレの口から、オレの意思と関係のない言葉しか出なくなってしまっていたのであった。
†
「うぅ……主様と一緒のお風呂……」
「……なるほどね、なんとなくおーちゃんの事情はわかったわ」
「ううぅ……主様の鼓動……」
「おーちゃんの意思と無関係に、私の好きな所を発してしまうのね?」
「主様の優しいところ……」
全力で頷く。さすが主様、すぐに分かってくれる。もう大好き。
しかし何が原因だ? 変なものなんて食べてないハズだけど……
「あら? 外が騒がしいわね」
ふと、寮の外がなにやら喧騒に満ちていることに気がついた。事件だろうか。
着替えると、主様はオレを連れて外の様子を見に寮を出た。
「ROLIYYYYYYYYYYY!!!! SYOTAAAAAAAAA!!!!! YURIYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!」
「カナおーてえてえ!!!!!!」
「可愛いショタとショタの××××……ゲッヘッヘ……」
「超ひどいひよこ動物なかよしさわさわ」
「ギャルのパンティおーくーれー!!!!!」
「×××××××××××××と△△△△△△△△△△△△△とをチューチュー吸ってお口の中でかわいい赤ちゃん作りたい」
……悪夢か?
「ヒっ……」
主様が怯えるなんて相当だぞこの光景……。オレと同じように、何か特定の事についてしか言えなくなってしまったらしい人々が路上でパニックとなっていた。
しかも信じられないくらい卑猥なこと叫んでるひともいるし……
「おーちゃん……戻りましょう。しばらく外に出ちゃダメよこれ」
「主様の(ry」
オレたちは部屋に戻ると、鍵を二重に閉めて外から誰も入ってこれないよう徹底する。
「……コルちゃん聞こえてる?」
『はいはーいカナちゃん! お呼びですかー!』
オレと主様の脳内にだけ明るいコルダータちゃんの声が響く。
「朝起きたらおーちゃんが私の好きな所しか喋れなくなっちゃってたんだけど、解析して原因特定とかできる?」
『お安いご用です! ……カナちゃんの好きな所?』
「主様の寝息……うぅ」
「こういう感じよ」
『そういう感じですか』
うぅ、恥ずかしい……。
『なるほどですねぇ。カナちゃん、直接触れて詳しく鑑定したいのでおーちゃんのことをぎゅっと抱き締めてみてください』
「おーちゃん、はいぎゅ~♡」
「ま、主様の温もりぃ……」
ぎゅっと抱き締められて、慣れているはずの主様の甘い香りがオレの脳を焼く……。
主様の肉体に宿っているコルダータちゃんが解析鑑定を行うためには、主様の感覚で情報を認識する必要があるのだ。
「主様のぉ、主様のぉ……あうぅ」
『なるほどなるほど……』
「何かわかった?」
『発情化の魅了……ですねこれ。ただこれ、ムラムラさせるんじゃなくて、自身の持つ劣情を声に出さずにはいられないよう強制するものです』
は、発情化……?
「治るのよねこれ……?」
『数日くらいの時間経過で効力は減退していく仕組みのようです。……ただ、これをかけた犯人をどうにかしないとまたおーちゃんがこんなになっちゃいそうですよ?』
「仕方ないわね、犯人探しにしようかしら。
……私がその魅了にかかったらどうなっちゃうのかしら?」
「あうぅ……」
もしも主様がこの魅了にかかったら……。
……毎晩ベッドの上で凄まじい主様の事を思い出したら、それだけは何としてでも阻止しなきゃいけない気がしてきた。
とんでもないワードが出そうだ……。犯人をはやくなんとかしなくては……
――――
オレたちが騒動の犯人を探そうと再び寮を出ると、上空に魔法で映像が投影される。映像の頭を抱える若いこの男は、どこかの学科の教授らしい。
『この騒動の原因は……召喚術の研究のために持ち込まれた〝性癖発表インキュバス〟がぬいぐるみに憑依し脱走したことによるものだ……』
「性癖発表インキュバス」
「今なんて?」
「???????」
?????
困惑が辺りを包み込む。
性癖発表、インキュバス? 聞き間違いだろうか?
「主様の瞳……?」
「ううん、確かに言ったわよ。性癖発表インキュバスって」
「主様と一緒に食べるごはん……」
「そうよ。インキュバスおよびサキュバスは夢魔……つまり吸血鬼に近しい魔霊、あるいは魔人ね。人の色欲を活性化させ、滲み出た生気と魔力を取り込み糧にするらしいわ」
オレの知識にあるものと同じようだ。サキュバスが夢魔の女性ver、インキュバスは男性verらしい。
そんなインキュバスが、脱走した。
しかも脱走したのは未熟かつ突然変異個体。
それは色欲を活性化させる能力が代わりに『自身の性癖を発表せずにはいられない』ようにする、それは恐ろしい性質を持っているのだという。
……性癖?
オレの状態は性癖というか主様の好きなところをつい喋ってしまう感じだが……。何か他とは違うのだろうか?
――捕獲されるまで外出は控えるように。
そのメッセージは中継映像で学園中に届けられていた。
以前に大量の悪魔が召喚された時ほどではないが、それなりの騒動に陥っている。
「……できればで構いません。なるべく傷つけず生け捕りでお願いしたい」
「わかったわ」
そしてオレと主様は、高い能力を見込まれて例の教授に捕獲を依頼されていた。
性癖発表インキュバス……は、そこまで大きな力は持っていない。なので居場所さえ分かればすぐにでも捕獲できるだろう。
問題は居場所が分からないことだが。
『……コルちゃん。【広域探知】で魔霊のみに絞って観測できるかしら?』
『お任せください!』
そうして、主様とコルダータちゃんは性癖発表インキュバスの居場所を一瞬で特定したのであった。
……呼び方どうにかならないのか?
*
「おちんちん! おちんちん!」
「貴女の感圧板を押したい……!」
「おねロリキメ○ク皇帝……」
眼下の混沌を見下ろし、その小さな虎のぬいぐるみはクスクスと笑っていた。背を黒い翼が突き破って伸びており、どうやら中身は綿ではない何かが詰まっているようだ。
――なるほど?
主様の探知で割り出したインキュバスの居場所まで来てみると、やはりここもカオスな光景が広がっていた。
「何度も言って悪いが、生け捕りで頼む」
例の教授もオレたちに同行している。どうやらインキュバスは自分の所で育てていたそうで、生徒たちからもそれなりに可愛がられていたようだ。
「大丈夫、五体満足で差し出してやるわよ」
「何やら不穏な含みのある言い方だが、任せる」
「主様の睫毛……」
そして、主様は建物の上でけらけら笑う虎のぬいぐるみの前へと一跳びで現れた。
『!?』
「大人しく捕まりなさい」
『ヤダー!!』
ぬいぐるみはとてとてと駆け出し、そして4歩もしないうちにずっこけた。
「あぁっ! 危ないっ!!」
教授が甲高い悲鳴をあげる。
ぬいぐるみはそのまままっ逆さまに宙へ放り出された。
主様は落下するぬいぐるみを先回りしてキャッチしようとする。
が、しかし……
『キャ~ハハハっ!』
ぬいぐるみは背の翼を羽ばたかせてホバリングし、主様に向けて口からピンクの光線を放った。
「主様……」
やられた。主様が何か攻撃らしきものを受けてしまった。そしてあれこそが恐らく……
「発情ビームです……浴びた対象の認識を変化させ、性欲を増幅させてしまう夢魔固有の能力……」
「主様の横顔……」
ぬいぐるみはそのまま何処かへと飛び去ってゆき、口を抑える主様だけがオレたちの前に舞い降りた。
「だ、大丈夫ですか……」
「主様の舌……」
「……」
口を抑え、主様はオレの前まで歩み寄る。
「おーちゃん……」
おや? もしや効いていない……?
「おーちゃん。おーちゃんおーちゃんおーちゃん」
……ん?
「おーちゃん……! おーちゃん。おーちゃん……!?」
これはまさか……オレの名前(愛称)しか口に出せなくなってしまっている?
オレの状態も含めてなんか変だな、あの魅了にかかったら自身の性癖しか言葉にできなくなるはずなのに。
……性癖?
「おーちゃん、おーちゃん……」
あれ? まさか主様の性癖って……〝オレ〟そのもの……?
その〝答え〟にたどり着いたオレは、ボフッと頭が沸騰して茹で蛸色に染まってしまう。
……そりゃあ、そりゃあそうだろうよ! 主様の性的な関心はオレ以外には微塵も向いていないし……オレが何してても『かわいい♡』って言うし……
「主様の、スケベなとこ……」
「おーちゃん、おーちゃん♡」
「あうぅ……」
となると、オレの状態も辻褄が合ってしまう……。
オレの『性癖』も、主様なのだ。主様の一挙手一投足全てが大好きなのだ。
なるほど、と腑に落ちる。
「おーちゃん。おーちゃんおーちゃんおーちゃんおーちゃん」
「主様と一緒に入るお風呂、主様の背中」
「おーちゃんおーちゃんおーちゃんおーちゃんおーちゃん」
確かにな。
主様の言う通りお互いの気持ちを更に理解し合えて、かつなんだかちょっと愉快にもなってきた。
しかし、あの性癖発表インキュバスを野放しにする訳にはいかないのだ。
「おーちゃん、おーちゃん」
主様の言葉にオレは頷く。
さっきは油断したが、次は必ず捕まえる。幸いまだ遠くには行っていないし、最悪【タナトスの誘惑】で自害させることもできる。
まあインキュバスに悪意は無さそうだし使うことはないだろうけど。
「もしかしてお二人会話が成り立ってません?」
「おーちゃん」
当然よ、と主様は胸を張って答える。
オレたちは魂で繋がっているのだ。多少の会話は言葉など介さずとも意志疎通できるのである。
そして主様はそのままオレを小脇に抱え、性癖発表インキュバスに追い付く。さっきもそのまま捕まえようと思えば捕まえられたのだ。
『ヤダ! コナイデ!!』
飛んで逃げようとするぬいぐるみを、主様はそのまま鷲掴みにする。
そして……
「お ー ち ゃ ん」
『ピッ……』
至近距離で【魔王覇気】を浴びせる。ごく僅かとはいえ、人間ならば狂死するほどのそれを浴びたぬいぐるみ……こと性癖発表インキュバスは、そのまま大人しく従順となり主様と共に地上へと降りた。
「おーちゃん……おー、あー。ふう、話せるようになったわね。大人しく魅了を解除してくれてありがとうね?」
『ゴメンナヒャイ……モウシマセン……』
「……何をしたのか知りませんが、ありがとうございました」
インキュバス入りのぬいぐるみを抱え、教授は深々と頭を下げる。
周囲の人たちも普通に話せるようになり、騒動は終わりを迎えたのであった。
*
ちょっとした騒動はそのまま数日ほどで皆の記憶からも薄れ始めた。
「ね、主様」
「なあにおーちゃん?」
仰向けのオレに馬乗りになり舌舐りをしながら見下ろす主様に、ふとオレはあの時まだ『発表』できていなかった〝主様の好きな所〟を言おうと思い立つ。
「――主様の、『笑顔』」
「ふふっ……〝おーちゃん〟」
オレたちにお互いのどこが好きかだなんて質問は不毛だ。
全部だ。全部が好きで大好きで、そして愛してる。
けれどもどんな大好きな時でも、主様には笑っていて欲しいと願うのは欲張りだろうか?
あぁ……
融けるように混ざり合うように、交じり感じ合う。
首筋に突き刺さる白い牙の痛み。肌を撫でる舌の感触。それをゆっくりと味わい、オレは主様のすべすべの背中に回した腕にぎゅっと力を入れる。
今のオレは世界一幸せだと断言できる。
そしてそれはきっと主様も一緒で。
……この時間がずうっと続けばいいのに。
そう願わずにはいられない。
カナン「好きな惣菜を発表するわよ。性的絶頂を迎える瞬間のおーちゃんの血液。好き好き大好き」
お久しぶりです。先日、別作品の『NPCなんかじゃない!』が完結いたしました。影魔ちゃんの更新もこのまま再開していけたらと思ってたおります。
ちなみに、NPCは影魔ちゃんとの繋がりがけっこうあります。気になる方はぜひともお読みいただけたら幸いです。
ちなみに誰も男であると疑ってませんが、教授は女性です。




