第217話 三位一体
『さすがにこの程度じゃ死なないようね』
胴体を真っ二つにしてやった大怪蟲は、その長いからだでじたばたともがいている。
切り離された尾部の方は、何やら塵のようになって消滅しかかっているわね。ヤツは物質の肉体を持たない精神生命体らしい。
『カナちゃ……いえ、二人とも! あの大怪蟲の能力についてなんですけど……』
『何かわかったの?』
『それが……〝高位よりも上の能力〟を大怪蟲が持ってるって事が分かりました。能力の名前も詳細もよくわかりませんが……』
『高位より更に上があるのか……。不意打ちで一撃入れられたけど、ここからは油断せずに戦った方がよさそうね』
大怪蟲は私よりも格上。そう思って行動した方がいいだろう。
私たちはそのまま大怪蟲に追撃をしかけようと接近する。
……が
『ディオォォォォォォン!!!!!』
大怪蟲の咆哮は、私もろとも広範囲の空間にヒビを入れてきた。
なるほど、〝そういう能力〟ね。
〝私〟の絶対切断のように、空間を破壊する力。
私はヒビに巻き込まれて砕けかけた自分の肉体を即座に治癒して、大怪蟲の頭部へと移動する。
頭を潰せば殺せるはず。
だが大怪蟲も黙って私の接近を許す訳がない。
――大怪蟲の口部に、膨大なエネルギーが集まってゆく。
私を一撃で仕留めるための攻撃っぽいな。
しかし、放たれる前に中断させれば何の問題もあるまい。
私はスピードを上げて大怪蟲の補足を逃れると、そのままその顎の下まで移動し、無駄に大きい図体を蹴り上げてやった。
『ギッ――』
――大怪蟲の放とうとしていた攻撃の射角が、上空へとずれる。
その直後――
大怪蟲の口から、指向性を持った真っ白な光が宇宙へと放たれた。
――〝消滅光〟
それは、空間そのものを焼き消し去る〝神〟に等しい力。
破壊規模で言えば、それこそ小さな星ならば消し去れるほどのものだった。
これがもしも仮に地表に放たれていたならば、この惑星にとって数度目の大量絶滅が発生していたであろう。
黒死姫はこの瞬間、意図せず世界を救っていたのである。
『愉快愉快、まだまだやれるわよね?!!』
『ギギ……』
体勢を立て直し、鎌首を黒死姫に向ける大怪蟲。
サイズの差は圧倒的。
ゾウと蚤以上にある。
それでも両者の力は互角――
否。
黒死姫は神性を得ていない。
しかし既に、中級神クラスの神性を持つ大怪蟲を追い詰め始めていた――
『あっははっはははははっっっ!!!! いっくよー!!!!』
大怪蟲の頭部をずらりと取り囲むように、無数の魔法陣が展開される。
これは純粋な火力特化の術式。
記憶には無いが、以前私はこの魔法の余波でとある海域に巨大な大穴を開けたらしい。
今回は余波で他に被害を出さないよう、範囲外に影響を与えないようにするけどね。
『来たれ――〝黒死雷霆〟!!』
展開された無数の魔法陣が、真っ黒な雷霆となり大怪蟲を包み込む。
それはまるで、天空に浮かぶどす黒い繭かのよう。
国ひとつ消し飛ばせるエネルギー量の大魔法、さてどうかしら?
『ギッ……』
煙が晴れ、大怪蟲の姿が現れる。
これを耐えるとはさすがね。まあ、大陸を灰塵に帰せるほどの魔物なんだし、耐えられても不思議はない。
けれど甲殻にヒビが入り、ずいぶんとボロボロな様子ね。
『ギギィ……われ、我は……八巻き、ギギッ……ギィィィィィオォォォォォ!!!!!』
喋った?
けれど、意味がある訳じゃなさそうね。ただの戯れ言か。
ずいぶんと苦しそうに叫びながら、大怪蟲は再び私に消滅光を放とうとしてくる。
でもね、それは大きな〝タメ〟が必要な攻撃でしょ?
『コルちゃん、いくわよ』
『はい! 制御は任せてください!』
コルちゃんこと〝魔剣死生剣〟から刀身が分離し、私を中心に五本の刃が5角形に陣形を作り出す。
これはこれから行う魔術を発動させるための〝装置〟だ。
――シオちゃんが最後に見せた術式……あれはたぶん、かなり高位の魔法だった。
それを参考に私なりに解釈・拡張し、そして発生する莫大な術式の情報量はコルちゃんに処理してもらう。
『《〝破界〟〝雷霆〟〝凶つ星〟〝我は災い〟〝殃禍の化身〟……》』
向こうがじっくりタメてくるのだから、こっちだってじっくりやってやるわ。
詠唱の内容は誰に聞いた訳でもない。ただ脳裏に浮かんできた言葉を並べているに過ぎない。
そして、大怪蟲を滅ぼす術式が完成した。
『ギィっ!?』
大怪蟲は何かを察したのか、攻撃をやめて逃げ出そうとこちらに背を向けた。
空間に白いもやのようなものが生まれ、その中へ潜り込もうとしている。
……逃がす訳ないじゃない?
そもそも逃げられるはずもない。
そして私は、完成した術式を解放する。
『やれ――…【雷霆神龍葬】』
黒く黒く、それでいて目映い闇。
〝それ〟は大怪蟲よりもはるかに巨大な顎を開く。
国ほどに巨大な闇が、私を核として顕現する。
喰らい尽くせ、世界ごと。
――後の人類は安堵した。
〝あれ〟の怒りの矛先が、人類を巻き込まなかったことに。
そして憐れんだ。
彼女の逆鱗に触れた者の末路に。
自分たちが『ああ』はならなかったことに、心底感謝するのであった。
*
大怪蟲はフルムの〝切り札〟だった。
1度だけしか使えないものの、神にさえ対抗可能なカードだったのだ。
〝復活させてやる。代わりに1度だけフルムの命令を聞け〟
という契約を交わしていた。
契約の履行後、大怪蟲は不必要に世界を荒らさず元の棲家である亜空間に帰る手筈である。
……嫌な予感がしたのだ。
本来ならば、ジョニーの相手などせず魔石ごと転移で逃れれば良かった。
しかし、フルムの長年の直感が言ったのだ。
――ここで切り札を出さなければならない、と。
時は少し遡る。
上空では炎竜姉妹と蟒蛇が大怪蟲と戦っていた。
「甥とはいえもう許しませんよ、ジョニーっ!!!」
「そいつは奇遇やな! 僕もや!!」
明星の勇者の魔石を奪われ、フルムはここ数百年で一番の苛立ちを覚えていた。
――殺す。
計画や盤面など関係なく、ただこの生意気な子供を甚振り殺さなければ気が収まらない。
「〝夢幻再現〟【名声下名】!
〝這いつくばりなさい!!〟」
――夢幻再現
それは、フルムが過去に潜在能力を引き出してやった者の力を、ある程度まで再現できる力である。
〝夢〟とは不定形であり、どんな姿形にもなる変幻自在なもの。
能力の形にさせることも、フルムは可能なのであった。
「お、おぉっ? 体が勝手に……?」
名声下名……かつてオイカワという異世界人が持っていた異質能力である。
対象に己の命令を強制させる、という効果があったのだ。
これによりジョニーはフルムの命令通り、地面に這いつくばろうとしてしまう。
……が。
「〝目覚めろ〟!」
夢とはつまり、眠りのこと。
夢幻再現で産み出されたものは、ジョニーの〝絶対覚醒〟の前には無力であった。
「チッ……本当に苛立たしいクソガキですね。ならば、〝絶対切断〟っ!!」
血で作り上げた剣を握り、フルムはジョニーへと斬りかかる。
そしてあっさりとジョニーの身体は分断されたのであった。
(――この手応えの無さ、分身か!?)
【黒血分身】
本体と同等の戦闘力を有した分身である。
「ほらほら、どーした叔父さん! 得意の分身で対抗してみろや!」
ジョニーの分身が数十体、フルムへと殺到する。
分身たちは次々と斬られてゆくが、中にはフルムへと拳を到達させることもあった。
「ぐっ、調子に乗るなよクソガキがぁ!!!
――〝心象顕現〟!!!! 『竜蟠虎踞』!!!」
「ほほお、ついにやるか! なら僕も対抗させてもらうで!
〝心象顕現〟!! 『泣血漣如』!!」
両者の心象がぶつかり合う。
世界が血の色に塗り潰される。
ジョニーの心象『泣血漣如』には、以前には見られない変化があった。
それは影魔カリスの姿だ。
以前までのカリスの眼窩には眼球はなく、そこから血の涙を流し続けていた。
しかし今回、カリスにはきらめく瞳があった。肌色も血が通っているように良く、表情にも穏やかさが見てとれた。
――亡き姉の幻影が、呪いではなく背中を押す祝福へと変わったのだ。
対するフルムの心象はというと、言うなれば棺の要塞であろうか。
いくつもの棺がフルムを囲むように並び、あるいはひれ伏せているように傾いている。
どちらの心象にも共通しているのは、背景は黒く足元が血の海であるということだろうか。
――互角。
拮抗する両者の心象。
結界の強度、術式の練度。力で拮抗するならば、あとは経験の差が勝負を決める。
(認めましょう、ジョニーはこの私以上の天才だったと。しかし、それでも勝つのは――)
フルムがジョニーの心象を抑え込むべく仕掛けようとした、その時――
塗りつぶされた世界を破り、〝それ〟は現れる。
……フルムは気づかなかった。
心象で外界と己を隔離してしまったことで、大怪蟲がどうなったのか、その戦況が見えていなかったのだ。
『こーんにーちわーっ!』
少女にもよく似た、どす黒い怪物。
「き、貴様はこく――」
言い切る前に、フルムの腹部を黒き拳が貫く。
大怪蟲を屠り貪り喰らった怪物……。
〝黒死姫〟が、この血で呪われた世界に乱入してきたのであった。
次回! フルム死す! おーちゃんスタンバイ!!!




