第215話 目覚めるもの
カナンの手の内に握られた剣。
その名は『コルダータ』
それはかつて狂信国に奪われ命を落とした親友の成れの果てであった。
「念のため聞くけど、ホントにコルちゃんなのよね?」
『はい! 100%わたしですよ!』
「なんで剣になっちゃったのよ?」
『わかりません! ですがカナンちゃんの中で眠っていた事には説明できますよ!!!』
狂信国でティマイオスに肉体を奪われた時、一瞬だけ身体の制御を取り戻したタイミングがあった。
コルダータはそのタイミングで、自らの魔石を引きちぎり、己の魂と共にカナンに飲み込ませた……のだ。
『そのままカナンちゃんの体内に吸収されたわたしは、魔石と共に心臓の中でずっとずっと眠りについていた訳です。目覚めた理由はよくわかりません!』
「なるほどね。とりあえずコルちゃんがどんな形であれ戻ってきてくれたのは嬉しいわ」
『そういえば……おーちゃんはどうしました?』
「おー、ちゃん?」
知らない言葉に首をかしげるカナン。
記憶に無い、知らない誰か。
「誰かしら?」
けれど……
どうしてこんなに胸が苦しくなるのか。
『ふむふむ……なるほど、脳に直接封印の術式がかかってますね……。カナちゃん、ちょっと一瞬頭が痛くなるかもですけど我慢してくださいね?』
「えっ――」
ブツンッ
カナンの脳内で、何かが千切れるような感触がした。
それと同時に――
「うぐっ!? い、頭が……」
溢れだす記憶の奔流。
世界一愛らしい笑顔が、世界一かわいい寝顔が、世界一で1番大好きな少女の記憶が、枷から解き放たれる。
「私は……そうよ、なんで忘れちゃってたのよ……。おーちゃん、おーちゃんっ!!!」
『……』
カナンの中にあった、おーちゃんとの記憶。
それの封印を解くべく触れたコルダータは、悟ってしまった。
もうカナンの心はおーちゃんのものなのだと。
自分がカナンの愛の先に立つことは、もうできないのだと。
失恋――とも違う、けれども決して小さくはない喪失感が冷たい剣の身体の胸をちくりと刺した。
けれど……それでもいい。
コルダータが好きになった2人は、一心同体の2人なのだから。
――というか2人の百合をこんな特等席で観られるなんてサイコーじゃないですか!!!!!
コルダータは、相も変わらず都合のいい変態であった。
*
「おーちゃんっ! おーちゃんだぁっ!!!」
オレは今、なんでか涙を流し歓喜する主様にめちゃくちゃ抱き締められていた。
……何があったっけ。
というかここはどこだ?
何かとんでもないことに巻き込まれていたような気がする。
オレはゆっくりと記憶をサルベージして、この状況をなんとか思い出すのであった。
……全部思い出した。
〝騎士〟の野郎にしてやられて、負けてしまったんだった。
あの時オレはカナンが殺されてしまったものと思っていたが、どうやら記憶と能力を封印されただけだったようだ。
生きてて良かった、と喜ぶべきなんだろうか。
というか……
「ホントにコルダータちゃんなのか?」
『マジですよー? 剣になっちゃったのにはわたしが1番びっくりしてますけどね』
「そう、か。そうか……良かった、主様もコルダータちゃんも生きてる……」
なんだか目頭が熱くなってきちゃった。
けどなんだか泣くのは悔しいな。聞いた所によるとオレを呼び戻すまでに主様はめちゃくちゃ苦労してたみたいだし。
「ところでさ……」
と、オレはさっきから気になってる事を切り出した。
「さっきからずっと主様裸だけど……」
「あら、そういえばそうね。もしかして私の裸に照れてるのかしら?」
「あうぅ、それもあるけど……オレ以外の人に主様の裸見られたくないから……」
「あらあら、また嬉しいこと言ってくれるわねおーちゃん。帰ったらいっぱいシてあげるからねーっ♡」
なぜかいいこいいこと撫でられて、オレは主様に久々に甘えたくなる……が、我慢する。
「コルちゃん、私の服って再現できるかしら?」
『できますよ!』
カナンはひとしきりオレを撫でるのに満足すると、その後はコルダータちゃんに頼んで衣服を作ってもらっていた。
『……そうだおーちゃん?』
「ん? どうした?」
『一部の能力の権限をわたしに分けてくれませんか?』
権限……?
どういうことかと聞くと、オレの次元収納や空間支配やら明哲者やらの能力をコルダータちゃんも使えるよう許可が欲しいとのことだった。
オレの次元収納に入っている物を使ったり、明哲者を使って更に解析演算の精度を上げたりするそうだ。
そんなことできるのか……と疑問に思いつつも、カナンとオレで共有できている能力もあるので可能なのだろう。
そんなこんなでコルダータちゃんは、カナンの服を魔法で造り出してゆく。
そして出来上がったのはいつものあの服だった。
軍服っぽい、赤いロリータ。
下着も再現したらしい。
『我ながらカナちゃんにピッタリです……むふふ、おーちゃんも何かいりますか? はぁはぁ』
「お、オレは今のところはいいかな……」
剣の身体でなんか興奮してるんだけど、こわくないこの人?
それはそれとして。
オレたちはここが何なのか、〝騎士〟がどこにいるのかよく分かっていない。
さっさと騎士のヤツを倒してメルトさんを助けて……それから、帰ったら殺されたみんなの弔いをしなきゃなのだ。
「さぁて――」
と、カナンがぐっと伸びをしたその時だった。
遠くから、雷のような轟音が響いてきたのは。
「花火か雷か?」
『いえ、違うようです……』
空気が張り詰める。
距離はかなり離れている。
しかしそれでもなお圧される威圧感――
「間違いないわ、特級ね」
あたりをぼんやり包んでいた霧が晴れて行く。
陽の光が射し込んで、オレたちはここが〝空島〟であることを理解した。
しかしそんなことよりももっと驚くべきモノが、空の彼方にはあった。
《大怪蟲ゼオ・フィルドス:成体
強度階域:第9域》
『――らしいです!! ヤバいですよ!』
それは、途方もなく巨大な大百足だった。
雲海を泳ぐように身体をうねらせ、時折激しい閃光を放ち雲を割る。
よく見えないが、何かと戦っているようだった。
『我が主! 聞こえているか!?』
その時、突然ドレナスさんからの念話が届いた。
『聞こえてるわよ? どうしたの?』
『ワタシたちは我が主を救うべくこの天空諸島へ乗り込んだのだが、騎士に邪魔をされていてな。
見えているだろう? あの大怪蟲の姿が。我々は今、アレと戦っている』
なるほど、騎士がドレナスさんたちに大怪蟲をけしかけたと……。
しかしヤツは第九域もの怪物。七域のドレナスさんらでは歯も立たないように思える。
……いけるだろうか。
今のオレとカナンの強度階域は揃って第八域。
とうとうデフォルトで特級相当の力を得ている。
しかしあの大怪蟲はその上をいく大九域だ。
それに加え、よく見れば他にも八域相当の幼体も複数見受けられる。
正直、戦えはするだろう。ドレナスさんたちがなんとか足止めには成功しているようだし。
だが勝てるかどうかは別だ。
「それでも……やるしかないわよね」
勝つ。何がなんでも勝って、騎士を地獄に落としてやる。
そう、決意したその時だった。
『二人とも、提案があるんですけどいいですか?』
コルダータちゃんがそう切り出した。
「提案って?」
『【影葬】を使ってください』
「それは……いや、ダメだ。それを使ったら自我も理性も失くして暴走しちまう」
――黒死姫
かつて狂信国を滅ぼした、オレとカナンの合体したような形態だ。
黒死姫は極めて強力で、恐らくは国ひとつやふたつは簡単に滅ぼせる程度の力はあったと思う。
だがしかし、黒死姫には自我も理性も存在しない。
オレたちの意思で制御できないのだ。
故に、禁忌。
使うことはもうないと思っていた。
しかし
『大丈夫です! わたしを信じてください!』
自信満々にコルダータちゃんが言う。
「なんとかなる勝算があるのね? 分かった、コルちゃんを信じるわ」
「わかった。主様が信じるなら、オレもコルダータちゃんを信じる」
そうしてオレたちは〝禁忌〟を呼び出すべく、その『言葉』を口にした。
「〝Зеркало,о зеркало〟」
黒い風が泣いている――
久々のおーちゃん!!!!!!!




