第188話 炎竜姫の本気
イセナ大結界の封じられていた七体の強大な魔物たち――〝七王〟。
その中の一部や炎竜姉妹は、肉体を持ちながらにして精神生命体の特性を併せ持っていた。
そして姉妹の中でもドルーアンは特に、その特性が濃い。
人化を解いたドルーアンの真の姿――。
それが、カナンと相見える。
『ぼくも本気でいくよ!!!』
その竜の身体は、実体が希薄になっていた。
ドレナスの竜形態よりもはるかに小柄で、大きさは3mにも満たないだろう。
しかし特筆すべきは、その見た目と特性。
それはもはや、竜の形をした焔の化身と言う方が正しいだろう。今のドルーアンは超高温かつ高密度のエネルギーの塊である。
竜としてはかなり小さな姿だが、保有するエネルギー量はとてつもなく膨大であった。
「あっついわ、とんでもない熱量ね。結界内がどんどん熱くなってきてるわ」
かなり強力なようだが、出し惜しみしていた所を見るに何か大きなデメリットがあるのだろう。どうやら短期決戦に持ち込むつもりらしい。
『いくよカナン!!』
空中に留まっていた焔の竜は、カナンではなくなぜか床にいきなり全身を叩きつけた。
嫌な予感がして、カナンはそのまま空中に飛び上がった。
すると、床全体が激しく燃え上がった。あまりの高温に、石材が熔けて溶岩のように足場を埋め尽くす。
「足場を奪って空中戦を強制……。なるほど、やられたわね」
更に、結界の中の温度が急上昇してゆく。既に並みの人間なら即燃え上がる程の高温の空間と化している。
熱変動耐性を持つカナンならば耐えられるが、全く効かない訳でもない。
少しずつ、スリップダメージのように熱のダメージはカナンの身体に蓄積している。
ドルーアンが行ったのは、心象とはまた別の形で自身に有利なフィールドを展開する事であった。
カナンに、何がなんでも勝利する。
燃え続けるという特性上、ドルーアンが竜形態を維持できるのはおよそ1分。それまでに決着をつけるつもりだ。
カナンもそれを察知していた。1分経てば、ドルーアンは魔力を使い果たして動けなくなる。
それまで逃げ回れば、カナンの勝利である。
しかし
(そんなのは雑魚の発想! この状態のドルーちゃんを、真正面から打ち破ってやるわ!!!)
闘志に更に火がつくカナン。
何より、真正面から戦う事こそがドルーアンへの最大の敬意でもある。
『さあやろうか!!!』
「望むところよ!!」
焔の形を変え人化形態に近い形と大きさに成るドルーアン。身体が朱き焔で構成された裸の少女の姿である
実体が希薄なため、こうした多少の変形も可能なのだ。
そうして二人の戦いは佳境を迎えた。
それは一見、お互いに捨て身の殴り合いにも見えるだろう。しかし、カナンは至近距離からのドルーアンの攻撃をギリギリで回避し、避けられないものは【竜鎧】で防いでいた。
今のドルーアンは全身が熱の塊。ありとあらゆる動きに巻き込まれただけで、カナンにとっては致命的な一撃となる。
【超再生】を持ってしても、攻撃を受けるのは必要最小限――可能ならばゼロに留めなければならない。
『やるねぇカナンっ!! さすがは1度はぼくに勝ってるだけはある!!』
「あはっ、今回も私が勝つわよ!!」
直接攻撃を食らってもいないのに、既にカナンの身体はボロボロだ。
それもそうである。普通の人間ならば、今のドルーアンに近づくだけで焼け死ぬレベルである。
ドルーアンのもうひとつの切り札たる一撃特化の〝秘奥・炎竜殲滅葬〟には及ばないものの、今のドルーアンは熱の化身なのだ。
おまけに、動きが更に洗練されている。
圧倒的にカナンが不利なのは火を見るより明らかだ。
何とか技量はカナンが勝り、スピードも今のところは上回っている。おかげで致命傷はまだ負ってはいない。
針に糸を通すような立ち回りを、カナンは続けていた。
それはか細い勝機を見つけるまで。
(――見えた)
――如何に戦闘に秀でた鼠でも、象を殺める事は不可能である。
圧倒的な力の差の前には、技術や技の有無は存在しないに等しい。
しかしカナンとドルーアンは、そう例えられるほど力が隔絶されている訳ではない。
ならばカナンがすることは一つ。
あらゆる動きを観察し、癖や隙を見つけることだ。カナンはその眼に恵まれている。
カナンは一旦退くと、体勢を整えて改めてドルーアンに刀を構える。
『……カウンター狙い? いいよ、乗ってあげる!』
目論見がバレたとて問題はない。
カナンから仕掛けたとて、まともにダメージを与えられはしないのだから。平常時でさえドルーアンは【絶対切断】を1発は防ぐような相手である。今の竜形態相手に、先制攻撃など無意味に近いであろう。
ならば、相手のタイミングに合わせる事に集中するべき。
『……』
「……」
ほんの数秒、二人は向かい合う。
タイミングはドルーアンが握っている。彼女にとって相変わらず有利な事は変わらない。
カナンは恐らくカウンターで全てを決めるつもりだ。逆を言えば、このカウンターさえ乗り切ればドルーアンの勝利が確定する。
『にししっ!』
笑いながらドルーアンが飛び出した。
残り時間の余裕も無い。右腕にエネルギーの多くを籠める。ドルーアンもまた、この一撃でカナンを仕留めるつもりでいた。
肘から先が肥大化し、巨大な爪がカナンを襲う。
カナンは冷静にそれを見つめ――
――ニヤリと笑った。
(っ……何だ? カウンター狙い……じゃないのか?)
かと言って真正面から受けるとも思い難い。
有利なのは自分。しかし、ドルーアンは寒気を覚えた。
とは言え、今さら止める事などできない。
せいぜいがカウンターで倒されないよう急所を魔力で固める事くらいであろう。
そして、二人は交差した。
「ふふっ……」
『な……』
動揺するドルーアン。
『まさか……最初からこれを狙って……』
ドルーアンの右腕が落ちた。
カナンは初めからカウンターでドルーアンを落とそう等と考えていなかったのだ。
片腕を切り落とし、攻撃手段を減らす。
攻撃するための武器たる拳こそ最も防御の意識が薄い。そこを狙ったのである。
おまけにドルーアンの竜化の維持に使うエネルギーも大幅に削れた。
「今度はこっちから行くわね?」
(ヤバい――)
本能が全力で警鐘を鳴らしている。
逃げるか、立ち向かうか。
カナンはドルーアンに一瞬の逡巡さえ許さない。
「終わらせるわよっ!!」
――速度はカナンが上回っている。
ドルーアンの懐に一瞬で入り込み、紅影を振るう。
左腕だけで防御を試みるドルーアンだが、片腕を失った状態ではもはやカナンと対等に渡り合う事は不可能であった。
『ぐあっ……!!』
やがて左腕の防御も貫かれる。しかしドルーアンはそれでも諦めない。
カナンの【竜爪】を纏った拳がドルーアンへ殺到する。
対するドルーアンは脚でカナンに応戦する――が。
もはや、ドルーアンにカナンの連撃を止める力など残っていない。
しかし、その身体の熱が未だカナンを焼き尽くさんと暴れ狂う。それでも拳による攻撃を止めないカナン。
『まだっ! 諦め――』
何発も急所へ攻撃を食らい、もはや竜形態の維持さえままならないドルーアン。
それでも、今度は尻尾でカナンを薙ぎ払おうとする。
しかし彼女は気づいていなかった。
紅影が何処にあるのか。
『っ!? また――』
尾で薙ぎ払おうとしたカナンの姿が、忽然と消えた。
紅影を用いた【空間転移】。
カナンが何処へ消えたのか。それを理解した時には、既に決着が迫っていた。
「とっても楽しかったわ! ありがとう、また戦おうね!!」
天上からの一閃――
緋色の雷を纏いし刃が、真上からドルーアンに直撃――
そして熱で溶岩のように溶けた床へ、ドルーアンの身体を叩きつけた。
その衝撃は大地をすり鉢状に凹ませ
一帯の空気を打ち砕き
床の溶岩を吹き飛ばし
そして結界全体にヒビを入れるに至った。
観客席にどよめきが生じる。
桁違いの戦い、これほどまでの破壊力。
食らった方は無事なのか、土煙が結界に立ちこめて中の様子がよく見えない。
それから少しして、突然結界が解除された。
決着がついたのだ。
そこには片腕を上げておーちゃんへ手を振るカナンと、クレーターの中央で大の字で寝てるドルーアンの姿があった。
「くっそ~、また負けた~! 悔しい!!」
「あら、負けたいんじゃなかったのかしら?」
「最初のうちはね。途中からはもう絶対勝つつもりだったのに~!! ……ま、おかげで楽しかったよ。ありがとうカナン」
悔しげに手足を振りまくりながらも満足げに笑う。そんなドルーアンに、カナンは手を差し出した。
「手を借りなくても立てるって」
「これは握手よ。お互いの健闘を称え合うやつ」
「ふーん、へんなの。確かにカナンは凄かったけどね」
そして二人は手を取り、健闘を称え合った。
そんな二人へ観客からの拍手は長いこと鳴り響く。
それはより一層この戦いが学園の歴史においても特別なものとなるのを、証明しているようだった。
ちなみにこの時、二人が握手しているのを遠目に見ておーちゃんは嫉妬で軽くむくれていたのである。
ランアップ→クリア
実はファンアートをいただいていたりするんですが、掲載方法がよくわかりません。




