第177話 消化不良には何が効く?
くそねむ
灰色の校舎の世界に亀裂が走り、全ての景色が万華鏡の景色のように乱れ舞い散り崩れてゆく。
魂は、気高いものほど、あるいは腐っているほど美味しい。
腐りきった人間どもの魂から絞り出された穢れが依り集まり、そして産まれた魂。
その味は、数多の魂を食してきたカナンにとっても格別のものであった。
「――ごちそうさま」
カナンが〝秩序の神〟を食い尽くすと、世界に色が戻った。
そこは自由学科の校舎の中ではなく、その門の外だった。
そこに、カナンを始めとした面々が放り出された。
「カナンちゃん! 倒せたようやな!」
「えぇ、とんでもない強敵だったわ」
地面に座り込んだカナンはそのままオレを再召喚した。
残り魔力も少ないし、このまま帰ってぐっすり寝たい気分だぜ。
「それより主様。手足大丈夫?」
今、カナンの手足は欠けている。
秩序の神による拘束を解くために、手足を自ら切断したのだ。
「シーバルちゃんとその他みんな。ちょっとその辺に散らばってるの取ってくれる?」
「へ? うえぇぇ!? て、手がっ!? あっ、足も落ちてる!?」
「うるさいわね、いいからちょうだい」
騒がしい一行を通行人が生暖かい視線を向けてくる。
みんなそんな人の欠けた手足とか見たことないんだろうな。
それでもなんとかカナン……というよりオレに4つのそれを、手渡してくれた。
「大丈夫かな? ちゃんとくっつく?」
「へーきよ、最悪くっつかなくても治るし」
うーん、まあ切り落とされた首もくっついたんだし問題ないか。
左右間違えないよう気をつけながら、オレはカナンの手足に欠けたパーツをくっつけてゆく。
おおう、ジョニーちゃん含めてみんなドン引きしてるな。
オレや主様からすれば、手足の切断とかよくあることなんだけどな。
「……ところでそこの吸血鬼。聞きたいことがある」
「ん? 何や?」
ふと、ドレナスさんがジョニーちゃんの顔を覗きこんで不思議そうな表情を浮かべていた。
「勘違いだったらすまぬが、貴様もしや我が主の血族ではないか?」
血族……つまり、親戚。
カナンとジョニーちゃんの血が繋がっているのではないか、という旨だった。
確かにそれはオレも気になってた。何せ、顔がめちゃくちゃ似てるんだもん。
「うーん、そこはよくわからんな。カナンちゃんには吸血鬼の血が混じっとるそうやし、遠い親戚でもおかしくはないとは思うで」
うーん、遠い親戚……にしては、似てるんだよな。
もしかしてカナンの元になった吸血鬼の因子って、ジョニーちゃんだったりして?
ただそれは、確証の無い想像でしかない。
「それにしても……うぅ、なんだかお腹痛くなってきたわ。先に帰ってるわね。学校へはうまく説明しといてね、ジョニーちゃんっ!」
「な、えっ!? ちょっと待っ――」
そう言って、カナンとオレは逃げるようにそこから駆けて行った。
ふと、授業を飛び出して来たのを思い出した。
こりゃあ先生はカンカンだろうな。カナンはそれを恐れた……訳ではなく、本当にお腹が痛くて苦しいのだ。
それも、尋常じゃないくらい。
「大丈夫主様……?」
「ちょっとヤバいかも……」
お腹が痛いとは言っても、便意由来ではないらしい。どちらかと言うと、胃痛の方が近いっぽい。
そもそも今のカナンは、大のほうをしない身体の構造になってるしな。食べたものは全て魔力に変換して吸収されてるらしい。その魔力は全部オレに行ってるけど。
そんなカナンが、お腹が痛いと言うのだ。
さっき食べたものが悪かったのだろうか?
「うぇっ、ごほっ」
途中、カナンが噎せ返った。
すると口の中から、真っ黒な煙のようなものが出てきた。
するとその煙のようなものに触れた街路樹が、瞬く間に茶色く萎れて枯れ果ててしまったではないか。
これは……呪詛の魔力?
そうして我が家である要塞樹にたどり着き、部屋に入る。
「うぅ~、おなか痛くて気持ち悪いわ……」
「ちょっとお腹めくるよ主様」
ベッドの上にあお向けに寝転んだカナンの服をめくって、真っ白な肌をしたお腹を見た。
するとそこには……
「やっぱりな……」
植物の根っこのような赤黒い模様が、カナンのみぞおちの辺りから放射状に広がっていた。
呪詛、で間違えないな。
この位置は胃袋か。
となるとやはり……
「あぁ……とんだ消化不良だわ。胸やけしてきたわ」
この呪詛は、〝秩序の神〟が残した置き土産だろう。
お腹の上からカナンの胃袋を【明哲者】で解析してみると、ヤツの魂そのものはほとんど分解されているらしい。
ただ、消化時に抵抗として出した呪いの魔力が消化不良を起こしてカナンを苦しめているというのだ。
どうすりゃいいんだこれ?
どうやらこの呪詛、耐性の無い普通の人の致死量の数万倍に登るらしい。触れたらたちまち生気を損なわれて死ぬだろう。
そんなものを体内に取り込んで、消化不良で済んでる主様さすが。
とは言っても、このままではとてもよろしくない。
最悪、胃の中へ小人形態の俺が除染しに行くか?
でもなぁ、呪詛の魔力って扱いが難しいと聞くしな。
「うっ……吐きそう」
「絶対吐くなよ? 吐いたらこの部屋終わるから」
ここでこの強力な呪詛をゲロったら、この部屋が住めなくなることは間違いないだろう。カナンには我慢してもらう他ない。
オレにできるのは、苦しそうにしているカナンに抱き締められながら、一緒にいる事だけだ。
そんな時の事だった。
コンコン
部屋の扉がノックされた。
来客のようだった。カナンに代わり、オレが扉を開けると、そこには……
「ネメシス先生?」
真っ黒なローブで顔も地肌すらみえない姿の先生が、扉の前に立っていた。
「こんにちは、オーエンさん。お部屋に上がらせてもらっても?」
「あ、あぁ……どうぞ」
授業をサボられたから怒ってる?
いや、怒りは感じない。
「ネメシス先生っ?! どうしてここに……」
「ふむ、呪詛か。それならば我の独壇場」
ネメシス先生はベッドに寝ているカナンの前にやって来ると、そのまま黒い手袋を外した。
そこにあったのは、地肌の手ではなく、真っ黒な手の骨だった。
「先生は一体……」
「私は……いや、我と二人は教師と生徒になる以前に会ったことがある」
ネメシス先生は、フードを脱ぎ去り素顔を初めて見せた。
その顔は――
「まさか……〝不死王〟!?」
どす黒く禍々しい動く骸骨が、敵意もなくそこで正座してこちらを見つめていた。
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