第149話 炎竜ドルーアン
実はドレナスさん本人を交流戦に出す構想もありました
――カナンは天才である。その上で、今は11歳という多感な時期だ。その成長速度は他の追随を許さず、たとえ戦闘中であろうとその育ちは止まらない。
「なんなんだよお前っ!? さっきまでは互角だったのに……!」
ドルーアンは、カナンの突然の変容に驚いていた。
見た目はほぼ変わらない。
しかしその眼球が白目まで真っ黒に染まり、深淵に通じているような眼窩でドルーアンを見つめる。
しかも、先程とは比べ物にならないパワーと速度で攻撃してくるようになった。
それだけではない。
傷の治りが遅い。【超速再生】を持つドルーアンにとって、多少の傷は即座に治癒するものである。
腕を深く斬られたとはいえ、この程度なら問題なく癒えるはずだった。
「どうして……あり得ない、ぼくがこんな奴に……!」
ここ100年は感じた事も無かった感情が、ドルーアンの中で呼び覚まされる。
その感情の名は、恐怖。
「あら、もう終わりなのかしら?」
「く、ぼくは負ける訳にはいかないんだ!!!」
口からカナンに向けて炎弾を数発放つ。
対するカナンは、両手の甲を前に向けてふっと微笑んだ。
すると、その指の間に黒いナイフが10本現れる。
そしてカナンは、そのナイフたちを思い切り投擲した!
「くっ!?」
飛ばされた黒いナイフは、炎弾を打ち消しながら飛んでゆく。
飛んでいく目標は、ドルーアンである。
ドルーアンが避けようと動いても、ナイフはまるで意思を持っているかのように追尾し、何本かは防ぎきれずその身体に深く突き刺さった。
「そんな……なんでぼくにこんな攻撃が……」
「そのナイフが特別製だからよ」
ナイフの追尾は、おーちゃんが遠隔で行ったもの。
このナイフの正体は、闇魔法と氷魔法を組み合わせて影の中で作り出した〝影剣〟だ。
「おーちゃん、あと何秒くらいかしら」
『ざっと30秒強だ』
「そう。それまでに決着をつけるわ」
カナンはドルーアンに刀を向ける。
「おのれこんなものぉ!!」
ドルーアンは全身から高温の炎を出し、突き刺さったナイフを解かした。
氷魔法による産物なので、熱には比較的弱いのである。
「おまえより……お姉ちゃんの方が何倍も強いもん!! こんなの嘘だ!!」
「知らないわよそんなこと!!」
ドルーアンの拳とカナンの剣がぶつかり合う。
一瞬だけ拮抗するも、即刃が拳にめり込んでドルーアンは腕を切り裂かれた。
更に胴体にもカナンの蹴りが炸裂し、さっきよりも遠くへと吹き飛ばされる。
(なんで……急にこんなに強く!?)
――それは、カナンの些細な疑問だった。
影は足の下にあるものだけではない。
光に接していない部分を影と呼ぶのなら、服の下や足裏やら全身に影はある。更に言えば、体内だって光の当たらない〝影〟である。
おーちゃんは魔霊で、影の中に潜る事のできる能力を有している。
そんなおーちゃんを、自分の身体中の影で取り込んだらどうなるのだろうか。
『あぁ、体中におーちゃんを感じる……♡』
カナンは、絶頂の最中にいた。
絶え間ない快感と安心感に全身を包まれ、思考と感覚は極限まで研ぎ澄まされていた。
本来おーちゃんの【潜影】では、地面に映る影にしか潜れなかった。
影に潜ったとしても、カナンが強化されたりはしなかった。
しかし、能力の解釈の拡張とカナンとの信頼……そして意識を深く同調させる事で、カナンに対してのみそれが可能になった。
体内含め肉体に接する全ての影そのものがおーちゃんの一部となり、それと繋がる事でおーちゃんの力の一部をカナンの意思で行使できるようになる……。
言い方を変えれば、憑依の一種である。
名付けるならば――【影装】。
カナンは、この力をそう呼んだ。
これは〝黒死姫〟の力を極一端とはいえ制御できるようなもの。
もはやドルーアンでは、相手をするには力不足となっていた。
それでも――
「はあぁぁ! 〝無拍子〟っ!!」
ドルーアンは諦めない。
カナンの腹部に脱力した拳をめり込ませ、練り上げた力をカナンの体内へ浸透させる。仙術の技である。
しかしカナンは一瞬だけ歯を食い縛ると、にいっと笑みを浮かべてドルーアンに同じ事をした。
「お返しよ。〝無拍子〟!!」
ドルーアンの腹にカナンの脱力した拳が突き刺さる。
カナンは一度見ただけで、ドルーアンの技を完璧に真似たのだ。
カナン常に成長している。
それがたとえ、戦闘中であろうとも。
*
長女のドレア
次女のドレナス
そして、三女のドルーアン
炎竜三姉妹と呼ばれた彼女たちは、嘗ての魔境で敵無しだった。
中でも次女のドレナスは別格の強さを誇り、魔境を支配する七つの頂点の一角にまで登り詰めた。
長女のドレアもかなりの強さを持っていたが、争いを好まなかった。そしてやがて妹たちと決別した。
一方三女のドルーアンはというと、彼女もまた他の七王と遜色無い実力を持っていた。
しかしドレナスには及ばず、王の称号を冠する事は無かった。
炎竜女王は一匹で足りているのだ。
ドレナスは他の七王をも力で黙らせ、争いを好まない長女の居場所を作り上げていた。
ドルーアンも強い。そこらの魔物など力で簡単にねじ伏せられる。
しかし、その強さは姉の劣化でしかない。ドルーアンは、自分は常に姉の下位互換だと痛感していた。
何をしても、たとえ他の七王に勝利しようとも。
『ドレナスの方が強い』という事実がついて回る。
だから必死にもがいた。努力して、ドレナスを超えたかった。しかし努力すればするほどに理解してしまう。
ドレナスとの間にある越えられない力と才能の壁を。
それでもドルーアンは、ドレナスを超える為に修行を重ねてきた。
ドレナスを超えた時、初めて己を肯定できると信じていた。
イルマセクにより結界で封印されようとも、姉を超える事以外全てがどうでもよかった。
しかしドレナスにとって、妹は自分の影響下で護る存在でしかない。妹の強さは眼中にすらなかったのだ。
ニズヘルム大陸の魔境という狭い世界で、100年以上ただ姉を追いかけ続けていた。
だが、ある時全てが変わってしまった。
〝騎士〟が現れたのだ。
騎士は七王に大結界を抜ける方法を与えた。
100年以上もの間結界内で封印され続けてきた七王たちは、外の世界に焦がれていた。
己たちを封印したイルマセクを殺してやると、憎悪を滾らせていた。
それはドレナスも例外ではなかった。
憎しみに取り憑かれ、ドレナスは結界を抜けて何処かへ行ってしまう。
ドルーアンは七王ではない。
大結界を抜ける迷宮の能力は与えられず、やがて騎士が結界を破壊するのを待つしかない。
それまで我慢できるはずがない。
ドルーアンは、姉を追って他の七王の造った迷宮に侵入して強引に外へ脱出した。
これでまたドレナスを追いかけられる。そう思っていた。
しかし、当のドレナスは見る影もなく丸くなっていた。
争いを好んでいた嘗ての姿も、イルマセクへの憎しみさえも嘘のように無くなっていたのだ。
――ぼくがなりたかったお姉ちゃんは、こんなんじゃない!
ドルーアンは、ドレナスをこうも腑抜けに変えた元凶を、力でねじ伏せてしまおうと考えたのだ。
ドレナスがなぜカナンに出会って変わったのか。
それを知らぬままに。
*
騎士は言った。
結界を壊してやるから、世界を焼き尽くせと。
そんな事はどうだっていい。ただ、姉を超えたかった。
超えた先に、何がある? ドレナスを超えたとして、その果てに何を望む?
ドルーアンは、カナンと対峙して初めて気づいた。
自分が、本当に求めていた事に。
ドレナスを倒し従えたという理不尽と戦い、ようやく気づいた。
「ぼくは……いやだ、そんなの認められない!!!」
本当は気づいている。
しかし、自分の求めている事を認める訳にはいかなかった。
「お姉ちゃんを倒したお前を倒して、ぼくの方が強いって証明してやる!!!」
ドルーアンは、次の一撃に全てを賭けた。
全身全霊の秘奥義。ドレナスを超える為に努力を注ぎ込んで編み出した、究極の一撃。
「秘奥・炎竜殲滅葬!!」
ドルーアンの体が真っ白に輝いた。
それは、近づくだけで何もかも蒸発させてしまう程の超高温のエネルギー。
ドルーアンは、自らの体すら焼いてしまいかねない最後の切り札を切ったのだ。
「これを食らって生きていられると思うなよ!!」
奇しくも、ドルーアンのそれはドレナスの秘奥と同系の技であった。
ただしドレナスの〝秘奥〟よりも、その最大温度は高い。
この一点のみ、ドルーアンは姉に勝っている。だがそれを知る事はない。
「そっちがそう来るなら、私たちも全身全霊で向かわないとね」
カナンは口を開くと空中で全身を脱力させた。口内で魔力を洗練させる事に意識を注ぐためだ。
更に、カナンの背後に魔霊のおーちゃんの上半身が出現する。
おーちゃんはカナンの頭部を両手で優しく包み込み、その口内の魔力に自分の魔力を混ぜて練ってゆく。
「喰らえええぇぇ!!!!」
真正面から神々しく輝き空気すら焼き尽くすドルーアンが迫ってくる。
対するカナンも、全霊の一撃を放つ。
「〝黒死雷〟!!!」
カナンの口から放たれる黒い極太の稲妻が、ドルーアンを直撃する。
「ぐおおおお……!!」
「はああぁぁ!!」
双方の力は拮抗している。
カナンの【影装】は1分しか持続しない。残された時間はあと十秒ほど。
ドルーアンに十秒耐えられたらもう敗北は確定的である。
『オオオオォ!!』
おーちゃんが魔力出力を上げた。
すると黒い稲妻は更に太くなり、拮抗状態に傾きが生じ始める。
カナン側が押し始めたのだ。
「くっ、ぼくは……」
――ぼくは、まだ負ける訳には。
そう叫ぶ前に、黒死雷がドルーアンの肉体に到達した。
おーちゃんの闇魔法の干渉力が勝り、ドルーアンの纏う高熱を〝停滞〟させ始める。
そしてドルーアンは黒い雷の中で、自らの敗北を悟った。
(あぁ、ぼくは……ぼくはただ――)
雷に焼かれ、退場となるまでの僅かな時の中。そこでドルーアンは、ようやく自分が本当に求めていた事を認める事ができた。
姉にこだわっていた自分の小ささに気がついた。
「ありがとう、とっても強かったわ。また手合わせしましょう?」
(そうか。ぼくは、誰かにただ認めて欲しかっただけだったんだね――)
退場するその瞬間。怪物は、黒き雷の中で満足げに笑っていた。
こうしてカナンに舎妹がまたひとり増えるのでした。
くそう、おーちゃん足りぬ……




