第146話 怪物の素顔
嗅覚消えててウケる。
「逃げてばかりでにゃいで、反撃しろにゃぁ!!」
仙術学科、黒猫族のシュミットは追いかける。普人の少女を。
「ひ、ひいぃっ!? ごめんなさいごめんなさいっ!?!?」
「せめてにゃんか反撃しろにゃ! こっちが申し訳なくなってくるにゃ!!」
魔導戦闘学科、栗色の髪をした少女のセミヨンは、魔法で反撃する事もなくただ森の中を逃げまどっていた。
「は、反撃って……わたし人に向けて魔法撃ったこと無くて……」
「にゃんにゃんだお前!?」
シュミットは、枝の上から飛びかかって襲ったり先回りして攻撃したり……してはいるものの、セミヨンがあまりにも戦おうとしないために調子が狂っていた。
〝仙術〟とは、その肉体の特性を最大限引き出して行われる技術のことだ。
龍人は硬い鱗や翼など、熊人ならばその剛力を。種族としての長所を際限なく発揮させるのだ。
元はこれといった身体的特性を持たない普人が、生身で亜人に並ぶ戦闘力を得ようとして編み出した技能の数々だった。
しかし今では、数多の亜人たちが各々に合った技能と身体的特性を組み合わせて戦うものへと変貌している。
シュミットは猫。自分の力を存分に振るう機会を心待ちにしていた。
しかし相手は戦いもしない。あとついでにバイト先の同僚でもある。
気まずい。気まずすぎる。
「ごめんなさいごめんなさいっ……! でもほんとに人に向けて撃つのが怖くて……!」
「だから何にゃ! 本気で殺しにかかってくる相手にそんな言い訳通じないにゃ! お前には覚悟が足りてないにゃ!!」
「で、でも……」
「いいか、あたしは結果を出さなきゃいけないにゃ!!!
あたしの故郷では、黒猫族が二本足で歩いてると矢で射られるにゃ! お店では物を売ってもらえないにゃ!! だからあたしがビッグになって、黒猫族の地位を引きずり上げる! そのために、結果が必要にゃ!!!」
声を張り上げて、うじうじしているセミヨンに自分の〝覚悟〟をぶつける。
これでセミヨンが本気になるか、それとも変わらず逃げるだけか。
後者ならもう躊躇しない。
「それでお前は? お前はにゃんの為にここに来たにゃ?!」
シュミットの問いに対し、セミヨンは俯く。
自分が背負っているものは何か。
なぜここに来たのか。
何をしなきゃいけないのか。
覚悟を決める事は簡単ではない。
でも――
「わたしには、歳の離れた妹が4人……います。父さんは7年、母さんは3年帰ってきてません……」
セミヨンは救いようの無いドジだ。
ネジが5本は足りてないと揶揄される程度には、普通に働くのには向いていない。
しかし、長女であるからには妹たちのために稼がなくてはいけない。稼いで各所へ父の借金を返さなければ、妹たちは闇奴隷商に売られてしまう。
セミヨンは一時は体を売る寸前までに追い詰められていた。
しかし、ジョニー・ナイト・ウォーカーや著名な冒険者に才能を見出だされ、この学校へと推薦入学したのである。
「おいで〝上位水精霊〟。 力を貸して……!」
「ふん、それでいいにゃ!!」
セミヨンの体を水の膜が包み込む。それは幾重にも重なり合い、まるで透明なドレスのようであった。
〝精霊の愛し子〟セミヨンは、その力を初めて人に向けて使おうとしていた。
そして黒猫と栗毛の少女の戦いが始まったのであった。
*
一方〝怪物〟の相手をするカナンはというと。
『帰ったら今夜はおーちゃんで遊ぼうっと♡』
『んにゃ、真面目に戦ってくんにゃい?』
戦闘中にも関わらず、暢気にそんな会話を脳内で交わす二人。
とはいえ、相手は恐ろしく強い。
炎の弾幕でカナンを牽制しつつ、動向を探っているようだ。
『弾幕で近接を拒否してる、というよりはむしろ近寄らせようとしてるわね。いいわ、乗ってやるわ!』
そしてカナンは、弾幕をくぐり抜け〝怪物〟の元へと近づいてゆく。
怪物は、幼い少女だった。13歳くらいだろうか。
真っ赤な髪をトライテールに流し、側頭部からは枝分かれした黒い角が生えている。
顔は白い仮面で隠し、服装はカナンと同様制服のままだった。短いスカートの下はスパッツのようだ。
「お誘いに乗ってやったわよ!!」
カナンは【竜爪】を纏わせた拳で怪物へと殴りかかる。
しかし怪物はカナンの拳を受け流すと、その腹部に掌を当て
「〝竜掌発剄〟!」
「うぐっ!?」
カナン、空中から斜め下へと強く吹っ飛ばされ墜落する。
森の中へ落下し、土煙が立ち込める。
しかしカナンにとっては然程もダメージは受けていない。
「やってくれるわね」
起き上がって体勢を立て直そうとするカナンに、怪物は上からかかと落としで追撃する。
カナンは肩に受けてしまうも、逆に足を捕まえて上に投げ飛ばした。
「お返し、よっ!」
吹っ飛ぶ怪物を、カナンは超スピードで追いかけ先回りする。
そして背面に回り込むと、口を開き
「【上位雷撃魔弾】!!」
紅い雷がその背に直撃する――
しかし怪物は少し痛そうに怯むと、すぐに振り返ってカナンへ回し蹴りを叩き込んできた。
怪物もまた、カナンの攻撃を耐えているようだ。
そして二人の爪と蹴りが交差する。
「ふんっ! いいわねぇ、それでなくちゃ!」
カナンの【絶対切断】を込めた【竜爪】を、怪物は同等の干渉力を纏わせた蹴りで弾く。
爪と脚がギリギリとつばぜり合いのように拮抗する。二人の力は互角のように見える。
しかし、純粋なパワーではカナンの方に軍配が上がった。
「てりゃあっ!!」
怪物の脚を打ち抜き、カナンの爪がその仮面へと突き刺さる。
「ぐ、ぎ……おのれ……お姉ちゃんから賜った仮面が……」
「……え?」
怪物の仮面がひび割れ、その下から素顔が露になる。
怪物の素顔。それを見たカナンは、驚愕した。
「ドレナちゃん……?」
気の強そうなつり目は金色の瞳を煌めかせる。
怪物のその顔は、カナンの配下となった〝元〟炎竜女王のものととてもよく似ていた。
二十歳前後のような姿をしていたドレナスと違い、彼女は非常に幼い顔立ちをしている。
「違う! ぼくはドルーアン。ドレナスお姉ちゃんの妹だ!」
「あらびっくり、妹がいたとは。どうりで強いはずだわ」
「で、お前がカナンだね? お前がお姉ちゃんを誑かした……その体で」
「体でって、私おーちゃん以外には――」
「言い訳無用! ぼくがお前を倒してお姉ちゃんを呪縛から解放してやる!!! 覚悟しろ、この、この……えーっと、この淫乱サイドテールっ!」
ビシッとカナンを指さすドルーアンの体を紅い光が包み込む。
すると、その服装が変わった。
それは己の魔力を具現化させ、イメージ通りの衣服を作り出す魔法。
今回は、彼女にとって〝戦闘ふぉーむ!!〟と呼ぶものを具現化させようとしていた。
「あら……」
光の中から出てきたドルーアンのその格好は、ローライズの紅いビキニパンツと黒いマントだけという肌面積の広い中々なものだった。
その〝戦闘ふぉーむ〟に対応して、肉体の一部が赤鱗大竜のものへと変貌する。
長い尻尾が生え、四肢や尻尾は竜のものとなり、控えめな胸部は紅い鱗に覆われていた。
「どーだ、これがぼくの戦闘ふぉーむだ! ここからはぼく、本気でいくからね!!」
そしてドルーアンは、本気でカナンへと攻撃を仕掛ける。
その傍らで、カナンの脳内のおーちゃんは『……お前の格好の方が淫乱じゃね?』等とツッコむも、決して表に出す事は無かったのであった。
メンヘラドラゴンちゃんの登場です。略してメンドラゴン
ちなみになんですけど、学生らの名前はワインとウイスキーにちなんだものになってるんですよ。レントくんだけは焼酎ですが、理由はちゃんとあります。




