第139話 日常の一部
漆黒のコートに身を包み、暗躍する〝騎士〟。
その素性は直接接触したドレナスさんもこのジャックも知らないという。
しかしジャックに聞いて分かった事がある。
この〝騎士〟と名乗る男、他人に能力を与えられるらしい。
いや、正確には他人の中に眠る能力の才を引き出す力、というべきか。
「あの人は俺が特別だからって言ってくれた! 俺の中にはこの特別な絶対切断があったんだ! あの人はそれを目覚めさせてくれた……!」
「それで、その騎士について他にわかる事は無いの?」
「無い……あ、いや、そういえば初めて現れた時、黒い蝙蝠の大群と一緒に降ってきたような」
「コウモリ?」
ふと、吸血鬼の能力が脳裏に浮かぶ。
ジョニーちゃんが編入試験の時、体を無数のコウモリにバラけさせてカナンの攻撃を避けたりしていた。
……ジョニーちゃんが騎士の正体? いや、ジョニーちゃんは女の子だ。何よりあの時悪魔をけしかけた〝騎士〟は、ずうっと歳上の大人のようだった。
変装しているという線も無くはないが、ひとまずジョニーちゃんを疑うのはやめよう。吸血鬼は種族であり、ジョニーちゃんの他にも大勢いるのだから。
「――それで、他にはもう無いの?」
「な、無い……。これ以上は何も……」
「ああそう。それじゃああなたは用済みね」
カナンはオレのいる影から刀を抜き出すと、その紅い刃をジャックへ向ける。
「な、なな何を……?!」
「分からないかしら? あなたを処刑するの♡」
「しょ、処刑っ!? まさか俺をころ……」
「黙りなさい、害虫風情が」
カナンが軽く刀を振るうと、ジャックの片手が宙を舞った。
それだけじゃない。バツンッと音をたて、切断された手首から先は空中で弾けた。一瞬で粉々になるまで切断して、肉片と血溜まりへ姿を変えたのだ。
「い、ひょああぁあぁぁああ!? えで、あぁああ?!?! な、何が……!?」
「あぁ、そうそう。私も【絶対切断】を持ってるのよね。だから何って話だけど」
カナンが冷静に解説するも、当のジャックはそれどころではないようだ。
血が噴き出す手首の切断面を抑え、地面に転げて悶絶している、
「ざ、絶対切断……?! い、い……な、なんで、こんなにひどいぃ、事するんだよぉ……!?」
「私の友達を傷つけた。それだけよ?」
そう言って、カナンは更に刀を振るった。
今度は斬られた方の腕のひじくらいからが同じように千切れた。
「お、うがっ……!? わ、わがった……もうしない、から……誰も傷つけない、から、命だけは……」
「ふーん? 殺しても殺さなくても、この事件に終止符が打たれるって訳ね」
カナンはジャックに向けていた刀を少し反らし、考えているように振る舞う。
苦痛と絶望に歪むジャックの顔に、微かに希望が射し込んだ。
「うふふ、どうしよっかなー?」
しかしカナンは本当は考えてなんかいない。殺す事に変わりはない。ジャックを弄んでいるに過ぎないのだ。
それは無垢な子供が虫を弄ぶように。
主様は悪戯好きなのだ。
「やっぱりさ、殺した方がおトクよね? その方が私がスッキリするはずよ。あんたの事もそのうちすぐに忘れるけれど」
「ひ、や、いやだ! ごめんなさいっ! ごめんなざいごめ――」
泣きじゃくり、股から温かいものを垂れ流しながら逃げ出すジャック。
逃げても無駄なのに、こいつはなんて哀れで愚かなんだろうか。
この哀れな生け贄を我が主様に捧げるために、オレは感情も無く無機質に動いた。
「う、あぁぁぁ!? た、助けて! 助けて母さん! 助けて、お兄ちゃん……!」
オレは逃げるジャックの影の中からその脚を掴み、そして暗い暗い路地裏の奥へと無理やり引きずり込む。
爪を地面に立てて抵抗しているが、無駄な足掻きだ。
そうして足元へ捧げられた生け贄を見下ろして、美しき我が主は言う。
「魂は腐っているほど、絶望に染まっているほど美味なのよ。
さて、あなたの魂はどんな味がするのかしら?」
「っ――」
そして、どちゃりという生々しい音と共に大量の鮮血が暗闇に飛び散った。
*
夜のとばりが世界を呑み込むと、この路地裏はほんとうに真っ暗だ。夜目が効かないと何も見えない。
表は華やかに見えるこの学園都市にも、こういう所が他にもたくさんあるのだろう。
「あら、ごめんなさい。綺麗に仕留めるつもりだったのに、ぐちゃぐちゃにしちゃったわ」
「大丈夫や。殺してしまってはどのみち……」
そこらじゅうに転がるジャックだったモノを見下ろして、制服姿のジョニーは冷たく呟いた。
「ジョニーちゃんは私を怖がらないのね。目の前に人を殺した人がいたら、普通の人は怖がるものだと思うのよね。吸血鬼ってそういうものなの?」
「うむむ、ワイは昔っから慣れてるっちゅーだけやな。吸血鬼でも温室育ちのお嬢さまなんかなら怖がると思うで?」
「ふーん、そういうものなのね」
逆にジョニーちゃんはどんな修羅場をくぐってきたのやら。
飄々とした態度の裏に、何かがあるような気がしてならない。
その後、事情聴取に来た憲兵から殺すのはやり過ぎだと怒られつつも、お咎めは実質無しで解放された。
切り裂き魔ほどの凶悪犯を捕まえるのは至難の技であり、ましてや生徒であるカナンには手加減できる余裕など無かっただろう……という理由からだ。ほんとは余裕あったけど。
つまり正当防衛が認められたのだ。
それ以外にも、この世界での人命の価値はかなり軽い。屈指の先進国であるこの国でさえ、正当防衛など場合によっては殺人も許される場合があるくらいなのだ。
冒険者の依頼にも指名手配犯やら盗賊の討伐なんてものがあったりするしな。
さて。
翌朝――。
パラヒメちゃんが意識を取り戻した、という話を聞き真っ先に病院へと向かった。
「パラちゃんっ!?」
「あ、おはようだメェ~!」
カナンは病室に飛び込むと、元気そうに笑うパラヒメちゃんと目が合った。
「良かった、元気そうで本当に良かったわ……」
「もうすぐ退院できるらしいメェ~。すぐに学校へ戻れるんだメェ~」
パラヒメちゃんの傷は痕も残らずに治るらしい。優れた治癒魔法による治療を受けられたのもあるが、パラヒメちゃんの生命力の強さの賜物でもあるとか。
「パラヒメ……巻き込んでごめん、なのさ」
「気にしてないんだメェ~。友達を守るのは当然なんだメェ~」
落ち込み気味なリースリングちゃんに明るく朗らかに接するパラヒメちゃん。
リースリングちゃんもまた、もうすぐ学校に復帰できそうだ。
斬られた羽も治りつつあり、二人とも後遺症も無く治癒しつつある。
「しかし切り裂き魔は一体何者だったのさ……あたしらは助かったけど、今後も犠牲になる子がいると思うと……」
「その切り裂き魔だけど、先日討伐されたらしいわよ」
「な、なんだって?!」
「やっつけてくれた人に感謝なんだメェ~。これで安心なんだメェ~」
カナンは自分が殺したとは明かさないようだ。
『主様が殺したって教えないんだな』
『その方が二人にとっては幸せだと思うわ』
この世界では人命の価値は軽い。しかし死が忌み嫌われる事は共通しているのだ。
友達が人を殺した事など、少なくとも今は知る必要は無い。
*
今日も朝から学校だ。パラヒメちゃんもリースリングちゃんももうすぐ復学だ。他にも友達が何人かできて、すっかり馴染めている。
次のイベントは戦闘学科同士の交流戦だ。物理戦闘学、仙術学、魔導戦闘学の三つの生徒同士が大乱闘するらしい。
各学年の各クラスから一人ずつ選出され、当日まで技を磨く……というのが恒例の流れだとか。
ちなみに誰が出るかはまだ決まっていない。
そんな日常で、いつもの校内レストランで昼食をとっていると
「カナンちゃん、隣に座ってもええか?」
「別にいいわよ」
ジョニーちゃんがカナンとオレの相席に座ってきた。
珍しいな、ジョニーちゃんが食堂に来るなんて。
普通にごはん食べてるし。うん、ガーリックトーストを食べてる。吸血鬼ってニンニク苦手じゃなかったっけ?
「吸血鬼って普通に食事するんだな。血を吸うだけで足りると思ってた」
「あはは、それは偏見やな。そもそもワイらにとっての吸血は食事とは違う生理現象なんや。
吸血鬼は闇の精霊の人化種。闇という特性は強力やが、同時に自分の存在をも薄めてしまうんや。存在を濃く保つ為には、定期的に他者の命のエネルギー……つまり血を分けてもらう必用があるんやで。勉強になったか?」
「へぇ、吸血鬼って難儀な体質なんだな。ちなみにずっと血を吸わないとどうなるんだ?」
「それはな……日光に当たった時みたいに、黒い灰になってボロボロ崩れてしまうんや。悲惨やで……」
そ、そんなに……
血を吸わないと死んじゃうってほんとに難儀な体質だ。
って事はカナンも血を吸えなかったらそうなるのだろうか。
これからはもっといっぱい吸血させてあげようかな。
「さて……カナンちゃん、学校には馴染めたか?」
「え、何よ急に」
「すまんすまん、なんだか妙に放っておけんのや」
なんでだろうね。最初に合った時からカナンを気にしていたようにも思える。
単にジョニーちゃんの面倒見が良いだけではない感じがするんだが、何だろうかこの違和感。
二人の顔、なんか似てるんだよなぁ。




