90話 蒼霊銀装甲竜(フルメタルドラゴン)
俺は警戒しながら大空洞へと進んだ。
フルメタルドラゴンは、明らかにこちらを察知している。
だが、敵意は見せずに静観といった感じだ。
「お前が魔神オウズエイジか」
大空洞の中に入った途端、フルメタルドラゴンから尊大に話しかけられた。
喋るのかコイツ……いや、それなりの存在なら知性くらいはあるか。
それにしても──。
「あの、ただの尾頭映司で、魔神じゃないです」
何故こんな通り名っぽいものが伝わっているのだろう。
一応、反論しておく。
「ふむ? 我が加護を受けし者達が、上でそう聞いていたのだがな」
その爬虫類のような表情は変わらないが、どこか声音は紳士的に感じる。
外見的には西洋的な竜で、高さは30メートル程。
特徴としては、その名の通り全身がミスリルに覆われている。
間接部のつなぎ目すら見えない、謎の装甲。
顎の部分から見て、必要な時だけ流体金属のようになっているのだろうか。
「それで、『エーテライト』を採りに来たのですが……」
話が通じるという事は、交渉で戦いを避けられるという事だ。
この大空洞は東京ドームくらいの広さがあるとはいえ、上級存在がやりあったら簡単に崩れてしまうだろう。
それは色々と困る。
さっきから、転移陣も疑似空間も使用不可となっているのもある。
嫌な予感しかしない。
「では、我を納得させる事だ。この星守る竜を打ち倒し、屈服させ、エーテライトを略奪せしめよ! 主神に至る者よ!」
的中である。
巨大な相手から膨れ上がる、強い闘気。
こちらも一瞬で頭を切り換える。
ケンを逃がした方がいいか? いや、一定範囲内で防御魔法をかけ続けた方が安全だ。
問題は別にある。
さっきも考えていたが、疑似空間も展開できないため、いくら広いとは言え地下で色々ぶっ放したら……地上というか星自体がやばいだろう。
そのため、近接攻撃辺りで勝負をしなければならない。
だが、スリュムからコピーした劣化巨大拳を使うと大雑把すぎて、この場は崩れてしまうだろう。
ここはリスクを冒して、密着状態で魔法の一撃必殺を狙って──。
「映司さん、フルメタルドラゴンは特性として、ある程度の魔法を反射します」
俺のエーテルから察知したのか、鎧状態のランドグリーズが早口で告げてくる。
危ない、星の中心に入って2分で異世界半壊とかシャレにならなかった。
となると……気は進まないが、ぶっつけ本番でアレを使うしか無い。
昨日、念のために読み取っておいたアイツのエーテル情報。
それを使って完全擬態を遂げる。
俺の髪色は真っ赤に染まり、犬耳、犬尻尾。
背も若干小さくなり──。
「映司さん、その姿は……」
「ああ、地獄の番犬ガルムだ」
神器であるドラウプニルは再現できないが、こいつの近接能力の高さは読み取った時点で分かっていた。
最初からこれを使えば良かったのだが……出来れば、なるべく避けたかった。
理由、それは──。
「こいつの思考パターン、やばいな……」
完全擬態は本人の思考パターンも擬態して戦闘に活かすため、ガルムの滅茶苦茶な頭の中の一部を覗き見ることとなる。
ほぼ、何も考えていないような思考だが、相手をどうやって倒すかを本能で察知しつつ、……結局は無我。
まさに獣。
精一杯、俺の意識を介入させて言語を口に出している。
知性を持ちつつ知性を維持するのが難しい、異常である。
自分の手足を切り取って、獣のソレと取り替えたような不安定な状態。
一言で表すのなら、ガルム頭おかしい。
今の俺ではもう一部にしか頭が働かず──ああ、目の前の竜との戦いは美味しそうだ。
「いくぞ、竜野郎!」
俺はガルムそのままの楽しそうな笑みを浮かべながら、フルメタルドラゴンへと跳躍した。
相手は30メートルの巨体、体格差は歴然。
だが、エーテルとしてはこちらの方が高い。
俺は赤髪を靡かせながら、金属質な装甲へと拳を振るう。
直撃──反動からして硬い。
そう思いながら一撃離脱、すぐにその場をフルメタルドラゴンの踏みつけが襲ってきていた。
相手も巨体に似合わず素早い。
その思考をしている間に反転、二撃目の拳。
硬質な音を響かせながら、内部へと衝撃を伝える。
楽しい。
戦いとはこんなにも楽しいものだったのかと思い出す。
スリュムに完全擬態していた時にも経験したやつだ。
この高揚感、相手を蹂躙すべしと全てをかけての──いや、思考に飲まれるな。
冷静になれ。
自分自身が弾丸となり、三発、四発とヒットアンドアウェイで叩き込んでいく。
フルメタルドラゴンの装甲は段々とボコボコにへこんでいき、一方的に奏でられる打楽器のようになっていた。
「強い、強いな。だが──」
フルメタルドラゴンは踏みとどまり、十数発の拳で受けたへこみを再生させていく。
そして楽しげに咆哮した。
「その程度ではまだ、このエーテライト──『ミスティックゴーレム』は渡せんな!」
突如──地面から巨大な金属の手が突き上げられ、俺を握りしめた。
そのまま腕、頭、胴体、脚とせり上がってきて全体像が見える。
「なんだぁ……こいつは!?」
「オリハルコン製の身体に、エーテライトの中心核」
ランドグリーズは淡々と語る。
「星の意思に使役される、哀れな黒妖精の国の積もり積もった死骸──神代創造せし星の身体です」
……これはやばい。




