84話 愛の鎖(赤面)
夜明け。
泣き疲れて寝てしまった小さな女の子を膝に乗せ──抱き寄せるようにして髪を撫でている狼少女。
聖母……というのは言い過ぎだが、母性を感じられる光景だ。
俺は、小さな女の子を起こさないようにゆっくり近づき、小声でフェリに話しかけた。
「なぁ、いいのか?」
「うん、大丈夫」
慈しむような視線を下に向けながら、フェリは落ち着いた感じだった。
自分に鎖がかけられているのに……だ。
「でも、でもさ……」
俺のやり場の無い思いは、強く心を締め付ける。
「絶対に大丈夫な理由があるから、心配しなくていいよ、エイジ」
何か秘策でもあるのだろうか、そこまで言い切れる何か。
俺がそれを問い掛けようとした時──。
家の扉がノックされた。
失礼します、と入って来たのはイーヴァルディの屋敷で見掛けたメイド。
「イーヴァルディの息子様から、言付かって参りました」
作法をわきまえたらしい一礼。
そのまま淡々と話し続ける。
「フェンリル様は、こちらで預からせて頂きます。返して欲しくば、神槍の材料となる星の核なりし『エーテライト』を調達してこい、との事です」
「──ッ」
俺は反論しようと一歩前へ踏み出したが、フェリに手を掴まれた。
「相分かった。このフェンリル、屋敷へ馳せ参じようぞ」
いつになく威厳ある口調のフェリ。
……ここは信じるしかないのか。
「エイジは、神槍を作る事に集中して。ワタシは大丈夫だから」
この状況で大丈夫だと言われて、大丈夫だなと安心する人間などいるのだろうか。
メイドは、フェリにかけられた鎖をチェックし始めた。
小さな女の子は緩く鎖をかけていた。
そのため、メイドは鎖をギュッと引っ張り、肉に食い込むくらい締め上げた。
「メイド、この程度でいいのか?」
フェリは表情を変えず、いつものままだ。
「屋敷で専用の機具を使って、万力のように締め上げろとご主人様の指示です」
「ふふ、それは楽しみだな」
メイドは、この家のリーダーであるケンを呼び寄せる。
「あなた達、エイジ様を『星の洞窟』へ御案内して差し上げなさい。ご主人様から、道案内と、弾よけになれとの命令ですので」
「あ、あそこの奥は危険だよ! お願いだ、フェリさんも、魔神様も危ない眼に合わせたくないよ!」
小さいながらも、ケンは精一杯の抗議をした。
だが──。
「では妹、カノさんの薬は打ち切らせて頂きます。よろしいですね?」
「……ちくしょう! ちくしょうーッ!」
両拳を握り、悔しさのあまり地面にうずくまるケン。
なるほど、最初からケンも、病気の妹さんを人質に取られているようなものだったのか。
何となく、ケンとの出会いも察してしまった。
都合良く、道案内に現れた少年。
イーヴァルディの息子の息が掛かったものが町での第一接触者なら、色々と動かしやすいとでも思ったのだろう。
現に、俺達はこの家に泊まることになった。
「ケン、気にするな。道案内だけ頼む」
「ごめんな……魔神様。まさかこんな事になるなんて……」
メイドはここでの仕事を終えたのか、鎖に繋がれたフェリを外へエスコートしようとした。
「……フェリ、本当に大丈夫なのか?」
俺は、つい問い掛けてしまった。
さっき遮られた答えの続きを聞きたいがために。
「ワタシは、エイジを信じてる」
予想外の答えが返ってきた。
「ワタシは、この世に存在する物では縛られない。それがどんな強固な物であろうと」
フェリは、子供のように無邪気に笑った。
「今、ワタシを縛って引き留めてくれているのは──エイジの愛だから」
「なっ!?」
いきなり出てきた、その言葉は刺激的すぎて……理解する前に驚きが来た。
思考が完全にフリーズしてしまった。
「あ、いや、その……」
フェリも、俺のリアクションを見て気が付いたのか赤面してしまった。
あたふたとした後に、どもりながら──。
「べ、別にそういう意味じゃないからね!」
テンプレか! と言おうとするも、口が開かなかった。
色々な力を得ても、こういうのに弱いのは変わらない。
「えーっと、帰ったらプリンの作り方を教えてくれるって言ってた事だから、うん! 絶対に教えてもらうんだから!」
フェリはそんな事を早口でまくし立てながら、メイドに連れて行かれた。
何という爆弾発言を残していくんだ、あの狼少女は。
だけど、あそこまで言われたら、男としてはやりきるしか無い。
「さてと、まずは」
俺は、まだ涙の跡が残るケンに視線を向けた。
「妹のカノちゃんの所へ案内してくれるかな」
「カノの所へ? 良いけど……」
ケンに連れられ、カノちゃんの部屋へ通された。
「カノ、入るぞ」
もちろん言っておくが、そういう事では無い。
そういう事とは、つまり、ええと、俺はロリコンでは無い。
何度も言うが、胸が大きく育った感じの方が好みなのだ。
なので──。
「お兄ちゃん、この人誰……?」
「ちょっと、身体を触らせてくれるかな」
ベッドに寝ている、まだ年端もいかない子の素肌を触るのも、そういう事では無い。
ケンに心配そうな目で見詰められているが違う!
絶対に違うってマジで!
俺は、マジメにカノちゃんの身体に触れ、体内の状態を確認する。
魔力の流れ……、いや、これはエーテルの流れ?
肺の辺りがダメージを受けている。
そして、外部からのダメージ要因がもう一つ。
口内から摂取される薬。
食道ルートの蝕みから見て、これもやばい。
推測だが、たぶん元から肺が弱かった所に、イーヴァルディの息子が弱めの毒薬で悪化させ続けたのだろう。
「すぐ気分が良くなるから、カノちゃん我慢してね」
俺は無詠唱で解毒魔法を使った。
これくらいなら音声魔法などに頼らなくても平気だ。
「あ、あれ……楽に息ができる」
ついでに回復魔法と強化魔法もかけておいた。
一時しのぎだが、当分は大丈夫だろう。
「今後、イーヴァルディの息子からもらった毒薬は飲まないように」
「魔神様……治ったの……か?」
「ああ、解毒はした。元から肺が弱いのは、後でどうにかしないとだけどな」
少しだけ得意げに笑う俺。
それを見て、泣き崩れるケン。
大粒の涙がボロボロとこぼれ落ち、鼻水も流れ出ている。
「ありがとう魔神様……でも俺、なんて事を……なんて事を……」
「ケン、お前は世界一、格好良いぞ」
俺は、ケンの頭を撫でてやった。




