83話 ゴールデンアイとホワイトハート(エイジ)
「後日聞いた話では、すぐに捜索していた救助隊に助けられたらしいけど、周りに犬なんていなかった」
「そうですか」
ベッドに俺とランドグリーズ。
俺は天上を見ながら語っている事が多かったが、ランドグリーズはじっとこちらを見詰めてきていたみたいだ。
ずっと視線と吐息を感じている。
「──今思えば、どこからどこまでが、朦朧とした意識による幻覚だったかは分からないな」
「そうですか」
俺は気が付いた。
ランドグリーズの声が、かなり上の空というか、投げ槍というか……。
若干、不機嫌というか。
「あ、あれ。何か怒ってる?」
「いいえ、別に」
すぐ横にいて、腕枕だけではなく、多少身体が触れているランドグリーズの方に首を向ける。
それを察知して、すぐに反対側へ向かれてしまった。
表情は見えない。
こういう時、どうすればいいのだろうか。
そもそも、何に対してこの態度になったのかが分からない。
「えと、もしかして俺に幻滅した?」
「違います」
短い言葉だけで、俺を拒むように告げてくる。
「藍綬の辛い記憶を思い出させちゃったか?」
「そんなもの……。私にとっては、今の奇跡の方が大切です……」
若干、涙声になっている気もする。
俺は訳も分からず、ただあたふたするしか無い。
「こういう時、女の子は抱きしめて欲しいんですよ」
「え、あの……」
意表を突かれた俺は、さらに焦ってしまう。
こんな展開は全く予想していなかった。
「──冗談です。それは私以外の女の子にしてあげてください」
ランドグリーズはベッドから抜け出て、ドアの方へ向かっていった。
「ど、どこへ?」
「トイレですよ、トイレ! もう、女の子に何て事を言わせるんですか!」
言っている事はアレだが、口調的には元気だったので少し安心した。
なので、俺も冗談っぽく返す。
「夜のトイレが恐いなら、俺も付いていってやろうか?」
「襲う覚悟がある場合だけ付いてきてくださいね」
軽く笑いながら、部屋から出て行ってしまった。
──その後、しばらくリビングで、ランドグリーズとフェリが雑談しているらしき声が微かに聞こえた。
もしかして、俺の事でも話しているのだろうか。
いや、そんなまさかな。
しばらくしても戻って来ないし、寝ちゃうか。
──と、そんな感じで俺が眼をつぶって寝ようとしていると、ランドグリーズはベッドに戻ってきた。
そして一言。
「ありがとう、ランドグリーズ」
彼女は、自分自身に感謝を告げていた。
寝惚けているのだろうか?
* * * * * * * *
誰もが寝静まる深夜。
──異変に気が付いた。
何か金属と金属がいくつもぶつかり合うような、ジャリジャリとした不気味な音。
「鎖……?」
俺は浅く眠っていただけだったため、すぐ起き上がった。
音はリビングの方からだ。
「鎖ですね」
「うおっ!?」
ランドグリーズもいつの間にか起きていた。
向かい合う顔と顔の体勢だったため、ずっと寝顔を見られていたのだろうか。
恥ずかしさで顔が真っ赤になりそうだが、今は置いておこう。
俺は、警戒するようにドアを少しだけ開け、リビングを覗き見る。
エーテルを操作して、眼をナイトビジョンゴーグルのように性能変化させる。
我ながら人間離れしているとは思うが、今は緊急事態なので気にしてはいられない。
目をこらすと、暗い中でも視覚を確保出来るようになっていた。
凝視──。
そこには、重そうに鎖の束を引っ張る、ここで見掛けた小さな女の子がいた。
そして、その先には眠っているフェリ。
……嫌な予感がした。
俺はドアから出て行こうとするが──。
「フェリさん、起きてますよ」
背後から、ランドグリーズの声。
俺はそのまま目をこらし、フェリを観察する。
彼女は椅子に座り、背もたれに寄りかかるようにしている。
だが、その金色の眼は開かれていた。
「あっ」
鎖を引っ張る小さな女の子も気が付いたようだ。
暗闇、数センチという距離で二人の目が合う。
小さな女の子はガタガタと震え、鎖も泣くように音を鳴らした。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……でも、イーヴァルディの息子様に言われた通りお姉ちゃんを鎖で縛らないと、カノちゃんの病気を治してもらえなくて──」
畏れ、焦り、早口で言葉を吐き出す。
蛇に睨まれた蛙の様に──必死に。
──確か、カノというのは、ケンの病気の妹だったな。
それを利用して、こんな小さい子を脅すようなやり方で、手を汚さず寝ているフェリを縛ろうとするとか……。
「こ、これは家のみんなは関係無い、私の意思なの……。だから、怒っても……私を殺すだけにしてください」
弱者特有の強い意思。
小さな女の子はそれを持っていた。
フェリは、それを聞いても表情を変えなかった。
そして、一言ぽつりと。
「ワタシが寝ている内に早くしろ」
──不器用に、投げやりに。
「え、でも……」
それに戸惑う、小さな女の子。
フェリは、ただ眼をつぶった。
「ワタシは寝相が悪くて、目を開けながら寝たりするんだ。ついでに、これは寝言だ。だから、気にしなくて良い」
小さな女の子は、泣きながら鎖をかけ始めた。
よく見ると、いくつもの部屋のドアは薄く開いており、俺と同じように子供達が覗き見ていた。
──俺は、フェリの優しさを、意思を尊重した。
だから、見ているだけで何もしない。
だけど……だけど……この胸の中に熱いモノが灯った。
「これを差し向けたのは、イーヴァルディの息子か……」
この非道な相手。
──それ相応の方法で失墜させてやるとしよう。




