81話 ゴールデンアイとモノクロハート(3)
「ありがとうな」
茎を食べ終えた後、俺は犬に向かって話しかけた。
何となく理解したのか、犬は耳を立てて、ニッと笑った気がした。
「だけど、不味いな、これ」
犬は耳をションボリさせ、俯いてしまった。
随分と賢いが、元はペットだったのだろうか?
よく見ると波打つ毛並みは立派で、意思の強そうな鋭い瞳は威厳に満ちている。
どことなくお高い血統書付きな気もする。
「お前も独りぼっちか?」
首輪が無いと言う事は、そういう事なのだろう。
犬は何も答えない。
……当たり前か。
俺は、何となしに寄り添った。
いや、犬が大きかったため、寄りかかったという方が近いだろうか。
「暖かいな」
見た目より、ずっと肌触りの良い毛質。
母が使っている高級品の毛皮も触った事はあるが、それよりずっと優しい感じがする。
「犬の毛、気持ち良いな」
ペシッと尻尾で叩かれた。
調子に乗りすぎただろうか。
だが、犬は黙認したかのように、それ以降は何もしてこない。
何か、こんな状況なのに久しぶりに安心しきってしまう。
「俺、さ」
何かが紐解かれたかのように、心の蓋が開いていく。
「自分より小さい女の子を、助けられなかったんだ」
犬は身じろぎすらせず、ただ聞いていた。
「出会った時は、全然話しても反応しない子でさ」
俺も、ただ話し続ける。
「でも、徐々に打ち解けていって、何年もかけて理解し合って、仲良くなっていって……」
自然と涙がこぼれていた。
「それがちょっと前、ほんのちょっと前に亡くなった。知ってるか? 死んだ奴って、話しかけても……本当に何にも反応してくれないんだ……」
もう、止まらなかった。
怒り、悲しみ、後悔、そういった衝動が全て襲ってきた。
今まで耐えていたものが全て噴き出した。
「なんで! どうして俺は助けられなかった! あの子を! いくら俺がガキだっていっても!」
衝動的に、力一杯抱きしめてしまう。
涙もぬぐわず、その身体に落としてしまう。
犬は、それを不快そうな仕草など一つもせず、ただこちらを見詰めた。
俺は、その時に気が付いた。
世界に色が戻っていた事を。
──その美しい、金色の瞳の輝きを見て。
「綺麗な瞳だな」
つい、柄にも無くそんな事を呟いてしまう。
人間相手では誰にも辛い気持ちをぶつけられず、動物にならと──、この状況だからこそ気持ちをはき出せて……いや、違う。
ただ、その瞳の色を知りたくて、白黒だった世界から色を取り戻したかったのかもしれない。
自分でも何を思っているのか分からないが、感覚的なものだ。
さっきまで俺がくだらないと思っていた感情的なもの。
──藍綬の死に直面し、現実逃避で捨てていた心。
あの日から──藍綬が亡くなった日から、初めて普通の自分に戻れた気がする。
普通……それがどれほど取り戻せなかったものか。
深呼吸して、大きく息を吐き出した。
「俺、美味しい物でも作れるようになろうかな」
犬は頷いた。
やはり、この金色の瞳をした犬は賢い。
「それで、周りの奴らにいっぱい美味い物を食べさせてやるんだ。和洋中、なんでもござれってな!」
精一杯撫でてやる。
すると、くすぐったそうだが、気持ちよさそうに目を細めてくれた。
「あ、でもプリンを最初に作れるようにならないとな。そんなに甘い物が好きって程でもないけど、藍綬の墓に供えてやるんだ」
それを聞いた犬は、俺の両腕から抜け出した。
──そして、一瞥して走り去っていった。




