80話 ゴールデンアイとモノクロハート(2)
「痛っ」
残念な事に、生きる気力は減衰しても痛覚は残っているらしい。
気が付いた時、仰向けの俺は視界に入る空と、落下したであろう崖が見えた。
いや、よく見ると直角な崖では無く、斜めだ。
そのため落下ではなく、傾斜で転がり落ちたために命拾いしたのだろう。
立ち上がろうとすると、左の足首に鋭い痛みが走った。
裾を上げて肌を見る。
「これは……歩けないか」
大きく腫れ上がっており、まだ怪我の経験も浅いため、折れているのか重度にひねったのか判断が付かない。
とにかく、歩けないというのは分かった。
手持ちの道具で連絡する手段も無い。
状況は何となく察した。
助かる方法としては、大声を上げたりすれば、たぶん山道に近いため──。
そこで思考は止まった。
こんな世界で生きる意味はあるのか? と言う感情が溢れてくる。
「丁度良いじゃないか」
そう、これはそういう事態なのだ。
何かが丁度良く、俺に懺悔をさせてくれる機会を与えてくれた。
一番楽な、懺悔の方法だ。
──俺は大声で助けを呼ばなかった。
そう選択した。
「人間ってどれくらいで死ぬんだろうな」
ゴロンと大の字に寝転がり、リラックスした。
最初は湿った土が気持ち悪かったが、段々とひんやりしていく感覚に慣れていく。
そして、そのまま眠った。
* * * * * * * *
あまり熟睡は出来なかったため、夜に眼が覚めた。
詳細な時間は分からない。
クマにでも食べられてしまえば楽だったかもしれない。
そこでふと気が付いた。
お腹がぐぅぐぅ鳴っている。
精神的にどうあっても、身体は正直なものである。
食べたいという食欲自体は無いのに不思議なものだ。
「ん?」
その時、暗闇の中で手に何か触れた。
まだ明るかった時には何も無かったはずだ。
生き物が移動してきた? いや、違う。
「手触り的に……引き抜かれた雑草?」
家の庭に生えている雑草を積み重ねた物、手触りはそれと一緒だ。
風か何かで運ばれてきたのだろうか。
* * * * * * * *
日が出た。
たぶん、あれから一日が経ったはずだ。
捜索しにきた声が聞こえた気もするが、それに応えることはしなかった。
自分でも馬鹿だなと思う。
人に迷惑をかけているなとも思う。
藍綬が見たら、絶対に怒るとも思う。
ただのワガママだ。
命を無駄に捨てる行為だ。
頭では分かってるよ……。
そうだな、俺が第三者だったら……
「勝手に死ね」
そう思う、正しい。
少女一人助ける事が出来なかったガキが、自己嫌悪に陥って助けられる事を拒んで自然に死んでいくだけだ。
少なくとも、ここで死ねば動物の餌となって少しは役に立つかも知れない。
……いや、人の味を覚えてしまった動物は処分されるとか聞いた事がある。
「それも可哀想かなぁ……うーん」
そんな非生産的な一人問答をしていると、視界の横の茂みがガサゴソと揺れた。
今、考えていた動物だろうか。
クマなら一瞬で殺してくれそうである。
だけど、そこから出てきたのは立派な毛並みをした野犬。
「俺を食うのかな」
つい呟いてしまうが、そこで気が付く。
野犬をよく見ると、口に何かを束でくわえている。
スタスタと歩いてきて、それを俺の前に置いた。
何かの茎だろうか? そんな感じの山菜である。
「俺に?」
犬は何も答えない。
ただ意思の強そうな眼でこちらを見詰めるだけだ。
「別に何か食べたいわけじゃ……」
犬に言葉が通じるはずもなく、じっと視線を向けられて無言の圧力となる。
何だろう、動物が俺を食うんじゃなかったのだろうか。
根負けして、その茎っぽいものを口に入れる事にした。
「う、うぅん……」
食べられなくは無い。
かなりエグみが強かったり、変な酸っぱさがあるが水分も摂れるし食料としてはいける。
本当は何か下処理をしたり、食べる時期があったりとかするのだろう。
美味しいのは感じられずに、不味いのを感じる事が出来る。
酷い話である。
顔をしかめながらも、自虐気味に笑いながら食べ続けた。
俺のその姿を見ると、犬は横に来て座った。
ここが俺の縄張りだ、と言わんばかりにどっしりと主張して。




