79話 ゴールデンアイとモノクロハート(1)
藍綬がいなくなった時、俺はまだ中学生くらいだった。
悲しくても、風璃を心配させないために笑っていた。
『まだ小さかったのに……藍綬ちゃん可哀想に。亡くなった後、お腹の中からプラスチック片とか、プリンのアルミ箔とか見付かったんでしょう?』
親に閉じ込められての餓死。
葬式で誰かが言っていた。
──それでも俺は日常で笑っていた。
「映司、もう食べたの? 早いわね」
「うん、お母さん。ご馳走様、美味しかったよ」
世界から色は消え、何を食べても味がしないのに。
その内、必要最低限の量しか食べられなくなった。
食事という行為が嫌いになった。
世界が嫌いになっていった。
「映司、お父さんの田舎の方で山に登ろうと思うんだけど……どうだ?」
見る見る痩せ、生気を失っていく俺を気遣って、両親は気分転換として提案してきた。
もうどうでもいいと思っていた俺は、特に意味も持たない肯定をした。
「うん」
風璃も心配そうにしていたが、藍綬が遠くに行ってしまったための失恋か何かかと思っていたのだろう。
妹は藍綬が死んだ事を知らない。
「あたし、沢山お弁当作っちゃおうかな!」
元気づけようとしてくる優しさが心に刺さるも、精神面の痛覚は既に死んでいた。
「そうか」
ただ一言、力無く微笑みながら答えるので精一杯だった。
* * * * * * * *
「ここは崖下も危ないが、クマが出るんだぞ~!」
「えぇっ!? パパ、危なくない!?」
「風璃ぃ~、食べられてしまうかもしれないなぁ~!」
都心から離れ、父の田舎にある山。
俺、風璃と両親の4人で中腹まで来ていた。
「こら、そこ子供を驚かせない。良い? 風璃。クマ達も人間を恐れて、昼間は出てこない。それに道から外れたもっと奥じゃないと出会わないわよ」
「そうなんだ~。ママ物知り! パパ嘘つき!」
「は、はは……。まぁ、そうじゃないと地元の人間すら大変な事になっちゃうからね」
都会では見られない、鬱蒼と生い茂った森を脇目に一歩一歩登っていく。
東京育ちからすると、ゲームでよく見るファンタジー世界に迷い込んでしまったかのようだった。
だが、今の俺には全てモノクロのフィルムを通したように、灰色の枯れ木が死を誘っているようにしか見えない。
風璃も楽しんでいるようだが、その表情は──そこにあるはずなのに読み取れない。
水筒に入ったお茶を飲むも味がしない。
世界がバグったのか、俺が壊れたのかと問われたら、間違いなく後者だろう。
なまじ、判断力を残されたままで辛い。
いっそ、何も救えなかった無力な自分を呪いながら──。
「あ……」
いつの間にか自分は立ち止まっていたため、風璃も両親も先へ行ってしまっていた。
そして、道の脇にある茂みがガサッと動いた。
突然の事だったのでクマかと思い、身体が反応するも、落ちていた体力と山登りという相乗効果で足がふらつく。
「あっ」
同時に手に持っていた水筒を落として、それを綺麗に踏んでしまう。
足首が変な方向に曲がりながら、ふらつく勢いが倍加。
何かにもたれ掛かろうとして、反対側の茂みに手をつこうとするも、当たり前のようにペキペキと枝折れる手応えのみで支えきれない。
倒れそうになる視線の先──茂みに隠れていた急勾配。
……この一連の動作を一言で表すと、『ピタゴラスイッチ的に崖下へ落下した』だと思う。
「──ッ」




