77話 嘘を吐いた狼少女(フェリ)
ケン家のリビング。
「何日か後、ワタシは新しい鎖の強度実験だと言われ、再び繋がれる事となる。その時にテュールの腕を……」
俺は、今のフェリからは考えられない壮絶な過去を聞いて、胸の奥が苦しくなってきた。
幼い子供が受けて良い仕打ちではない。
「でも、結局はその鎖も砕いてしまった。そして、次の朝──目覚めたらみんな死んでいた」
表情を変えず、淡々と話すフェリ。
「あ、いや、違うな。屋敷でワタシの事を監視して神々が死んだだけで、テュールとヴィーザルは後で駆け付けた」
俺は、どう反応していいのか迷った。
「後日、犯人不明で、死んだ神々は全員が罪人であったとされて、不思議な事にワタシへの罪は無かった。だけど、みんなはワタシが神々を殺したと思っていた」
詳細な話は分からないが、フェリが気を失っているか、寝ている間に誰かが殺したのだろうか。
神々の天敵とされているフェリの付近でそんな事が起きれば、疑われるのはまずフェリだ。
結局、形無き疑心暗鬼という罰を受けることになったのだろう。
「そこからは神々もワタシを抑え付けることは出来ないと思ったのか、屋敷から解放してくれた。そこでワタシは放浪の旅に出た」
「ふらっとアダイベルグや、エーデルランドに現れたのもその延長上か」
「うん。ちょっとだけ地球に寄った事もあるよ。怒られそうだったからすぐ逃げちゃったけど」
フェリは昔、地球に来ていた?
もしかしたら、どこかですれ違っているかもしれないのか。
いや、こんな特徴的な耳と尻尾の女の子なら、一度見たら忘れない気もする。
「ワタシが主神を殺せば、止まっていたラグナロクの均衡が崩れ、そこから世界が崩壊するって言われてる」
「言われてるだけで、実際にそうなるとは限らないじゃないか」
「ううん。『巫女の預言』は神々の指針になるものなの。それを動かせるのはよっぽどの事か、ユグドラシルよりも上位の存在の介入によるか……。だから、たぶん本当に殺す事になると思う」
ユグドラシルよりも上位の存在……?
「それに、ワタシが力を使えば実際に周りが不幸になるし……エイジもワタシの近くにいない方が良い。……いつか本当の主神となり得るエイジまで殺してしまうかもしれないから」
フェリは悲しそうに笑った。
「エイジの側、居心地が良くて、今まで忘れてて、贅沢すぎて、暖かくて、優しくて……」
──笑いながら泣いていた。
「神殺しは誰も殺さないため、ずっと独りぼっちが良い……ん……だよぉ」
「試しで作ったハムあるけど食うか? 最初に出会った時の草よりは良いだろ」
「……うん。食べゆ」
泣きながら、厚切りのハムをモグモグしている。
両頬を膨らませるフェリは、何だか狼と言うよりハムスターの様だ。
「いいか? 俺はフェリと出会ってから不幸になっていない」
俺は、照れ隠しで頭を掻く。
「選択肢次第では……不幸になる可能性はあったかもしれないけど、そんな大層な事は起きていないし、させてこなかった」
想っていた事を言葉にするのは、考えていたよりずっともどかしい。
「それに、俺を殺すかもしれない? じゃあ、俺がフェリより強くなって、神殺しの狼なんて脅威じゃないと証明してやる。──いや、誰よりも強くなって……お前を守ってやる」
だけど、俺の強い意思を伝えたい。
「これからも俺が、フェリを、フェリの周りを幸せにしてやる。だから、ずっと俺の側に──」
「そ、そんな事よりエイジ! 干し肉おかわり!」
俺の恥ずかしいセリフは、食欲によって遮られたのであった。
「二人とも顔真っ赤ですよ。はい、狼少女さん。ついでに温かいスープもどうぞ」
いつの間にか食器を持ったランドグリーズが、ニヤニヤと笑いを堪えながら立っていた。
これはただの恥ずかしいではなく、死ぬほど恥ずかしい。
「ありがとう、ランドグリーズ。……えと、ありがとう、エイジ」
フェリの金色の眼には、もう涙は無かった。




