75話 嘘を吐かなかった狼少女(3)
牢獄に鎖で繋がれてから、どれくらい経ったか分からない。
誕生日にお父様からもらった綺麗な服は破れ、ぼろ布のようになっていた。
最近、昔の事ばかりを思い出す。
楽しかった家族との生活。
イタズラ好きのお父様は、いつも何か驚かせようと試行錯誤して、それをお母様から呆れられていた。
愛しく、格好良く、可愛いお父様。
弟のヨルムンガンドはやんちゃだけど、それなりに良い所もある。
……いや、あったっけ。
とにかく手のかかる子だった。
それに比べて妹のヘルは一見お淑やか。
だが、裏側では色々と画策して、お父様を独り占めしようとする頭の良い子だった。
そんな家族で過ごした日々。
「お、こいつまた不気味に笑ってやがる。死んだような眼をしてるのによ」
また神々が来たのだろう。
ワタシは視線を上げず、地面だけを見ていた。
「妹と弟は無残に死んじまったってのになぁ」
またいつものやり方だ。
死者を冒涜する神々。
「おっと、今日はお客様だ。粗相のないようにな」
こんなところに誰だろう。
お父様が迎えに来てくれたのかな……?
きっと全てイタズラで、したり顔のヘルと、とりあえず乗ってみたみたいなヨルムンガンドが脇にいるのだろう。
「失礼する、俺は軍神テュール。──なんだこれは」
「お初にお目に掛かります。私は主神の子、ヴィーザルです。……おっと、これはこれは」
見知らぬ男が2人。
テュールと名乗った方は、白髪の老人でありながら偉丈夫のようなガッシリとした身体をして、2メートルくらいはありそうだ。
ヴィーザルという神も長身だが、彼に比べれば背が低く見える。
こちらは均整の取れた筋肉を白色のトーガで覆い、銀色の髪を靡かせている。
「……服がボロボロではないか」
「え!? ──あっ、ああ。そういう事ですね」
怒気を含んだテュールの声に、ワタシに日々責め苦を与えてきた神はビクッと身を縮めて、何かに気が付いた。
そしてニヤついた顔で言った。
「私達は恐ろしくて手を付けてません。お気に召す服を用意するので、どうぞ神殺しの身体をお楽しみ──」
その言葉は、煌めく剣によって遮られた。
エーテルごと切り裂く、軍神の刃。
広がる血溜まり。
「まだ幼き者になんという仕打ち! 貴様はそれでも誇りある神か!」
「あーあ、やってしまいましたね」
激昂するテュールと、にこやかに笑うヴィーザル。
ワタシは、それを唖然としながら見ていた。
「すまぬな、ヴィーザル。見過ごせなかった」
「まぁいいでしょう。主神の息子である私に狼藉を働こうとした所を、あなたが切り捨てたという事で」
「恩に切る」
テュールは、そのままワタシの方へ歩いてくる。
返す刀でワタシを殺すのだろうか? もっと酷い事をするのだろうか?
眼を瞑り、ギュッと身を縮める。
「あっ」
フワッと何かがワタシの身体を包み込む。
眼を開けると、テュールのマントだった。
「申し訳ないが幼狼よ、俺の服ではサイズが合わないのでな。これで我慢してくれ」
「ブカブカの服というのも可愛いですけどね」
何が起こったのか分からなかった。
きっとこれは、また苦しみから逃れるために見ている夢なのだろうか。
「くそっ、子供の慰め方なんぞ俺は知らん……。歯がゆい」
「何か食べ物でもあげてリラックスさせてあげては? 甘い物とか好きらしいですし、子供」
テュールは身につけている革袋をゴソゴソ。
「酒のつまみの干し肉しかないぞ……。これ、食うか?」
「もうちょっと気の利いたものは無いんですか……これだから軍神は」
テュールは、干し肉を口元に押し付けてくる。
呆然としていたワタシだが、少しだけ良い匂いがしたので口を開けてみた。
デリカシー無く、力強く押し込んでくる。
「子供なら遠慮せず食え」
食べると言うより、無理やり食べさせられているような感じがおかしかった。
おかしくて、何かが堰を切ったかのように涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「あ~あ。あなたが強引だから泣いちゃったじゃないですか」
「な、なぬ!?」
その2人のやり取りがさらにおかしく、泣きながら笑った。
「──おいしい」
久しぶりに喋った気がする。




