74話 嘘を吐かなかった狼少女(2)
私は、黒い鉄格子の部屋に連れてこられていた。
「ねぇ……ここはどこ? 私はなんで鎖で繋がれてるの? お父様は──」
数日ぶりに牢獄を訪れた相手にすがるように問い掛けた。
鎖で手首が、足首が、細い首が拘束されていても……精一杯、問い掛けた。
「ケッ、神々を殺そうという不埒な獣が。巨人の血が混じると、こうも卑しくなれるものかね?」
「この狼のメスガキ、今なら殺せるんじゃないですか?」
私の事を路上に落ちているゴミを見るような眼で見下し、凍えるほどに冷たい表情をした神々。
あるのは乱暴な口調に、侮蔑や差別や殺意。
幼い私は、向けられたことのない感情に戸惑った。
「そうだな。確かに手足を潰して裸にして、首輪だけつけた状態で序列最下位の国へ落としたら~、ククク……最高の死に方をしてくれそうだ。ガキでも女だからな」
下卑た笑い。
私はそれの意味は分からないが、恐ろしかった。
「だが、まだ……。そう、まだ罪を犯してはいない。ここで殺してしまうと我らの序列が下がってしまうかもしれないからな。念のため神に敵意がありますと自白させてから殺したい」
「な、何を言ってるの……私は何も悪い事はしてないし、敵意なんて……」
「そうか、お前は自分の罪深さをまだ知らないのか」
呆れて物も言えないという風に、その神は溜息を吐いた。
「巫女の予言で、フェンリルは──主神を喰い殺すという結果が出た。つまり、お前は神々の敵、神殺しだ」
「神……殺し?」
知らない。
何も知らない。
「最後までお前の父親──ロキはこの事に反対してな。ちょっと幽閉させてもらったよ」
「お、お父様は無事なの!?」
「ああ、無事だとも。お前の可愛い弟の内蔵で縛り上げて、皮膚溶かす毒液が滴り落ちる洞窟に幽閉しているだけだからな。はははッ!」
私は絶句した。
「ついでに内蔵を抜いたお前の弟──ヨルムンガンドは海に捨てた。妹のヘルは焼いてからヘルヘイム……地獄に落とした。どうだ? 楽しそうだろう?」
「あ……あぁ……」
現実を受け入れられなかった。
ただ、自然と涙が溢れてきて、牢屋の地面に力無く頭を垂れた。
「さぁ、神々への敵対心が沸き上がってきたはずだ。素直に白状すれば、妹や弟の元へ送ってやるぞ?」
「嘘だ……そんな……嘘だ……。わ……わたしは……本当はお父様に絵本を読んでもらって、今も夢の中で。……ワ……タシは……ワタシ……は……神殺しの狼じゃない……」
ただ、そんな言葉だけを繰り返していた気がする。
「ちっ、一気に情報を出し過ぎたか。また正気に戻ったら楽しい話をしてやるよ」
神々は立ち去った。
それからワタシは、窓もなく外が見えない牢獄で、虚ろな眼をしながら時が過ぎるのを待った。
信じたくない程に、家族が酷い目に合った話──。
繋がれて動けない事実──。
ワタシを殺そうとする神々──。
ジワジワと侵食するように、絶望や恐怖が襲ってきた。
「やぁ、また来たよ。今度はどんな話をしてあげようか」
数日おきにくる様々な神。
弟が内蔵を抜かれた時にどんな表情、声で泣いたか。
妹の火傷はどれくらい醜かったか。
お父様の肌に毒液が垂れると、どれくらい苦しげにするか。
そんな話を聞かされる。
何日、何ヶ月、何年経ったか分からない。
心は磨り減り、意識は希薄になっていった。
でも──
「さぁ、今日も問おう。汝は神殺しの狼か?」
「ワタシは……神を恨んでいない……」
お父様と同じ神を恨むなんて事は出来ない。
今日もワタシへの責め苦が続く。




