71話 しあわせのかたち(プリン)
「い、いいのか? 尾頭映司……お前にとって、オレは邪魔者だろう?」
「関係無い。食で語る」
呆然とするガルム。
「はっ、そうか。敵にカリカリを送るって奴だな! だが、まぁフェンリルの姐さんの顔を立てて誘いに乗ってやるよ。言っておくが、オレは食う事はそんなに好きじゃねーからな」
カリカリって何だ。
俺に通じる言葉を話せ。
「じゃあ、ガルム。今から言う物を買ってきてくれ」
「は? オレは客だろ? ガキの使いじゃ──」
犬歯をむき出しにして威嚇しようとするも、フェリの視線でいさめられる。
俺も呆れたような表情で肩をすくめた。
「お前、子供達も手伝ってくれてるのに、そこで見ているだけか? 俺がフェリだったら幻滅するぞ」
「うっ」
買い物のメモと、金貨を渡してガルムを見送った。
相場はユグドラシル経由で調べておいたし、細々としたものだけだから金貨を換金すれば平気だろう。
「よし、道具はこれくらいでいいか。下処理から開始だ」
時間がかかる料理は、何とか誤魔化そうと思っていたが、意外とユグドラシルへの裏技要請が通った。
一日寝かせるようなものは、一日だけ時間魔法で進めてもらう。
戦闘で時間、空間魔法もこんな感じで軽々使えれば良いのだが、大抵は許可が下りないために有効では無い。
たぶん、地味にクロノスさん辺りが間接的に頑張ってくれてそうな気がする。
ありがとう、時短料理のために──地球の神よ。
「後はこれを冷やしておくか」
デザートの黄色いプルプルした物体を、氷魔法で温度を下げて放置しておく。
出すタイミングが重要だ。
* * * * * * * *
「よーし、みんな集まったな?」
俺の作りだした、金属製の長テーブルを野外に置いての食事。
フェリやランドグリーズ、子供達が、今か今かと待ちわびている。
オマケのガルムも鼻をヒクヒクと動かしながら、よだれを垂らしつつチラ見している。
本当は布製のテーブルクロスも欲しかったが、スリュムからパクった能力にそんなふんわりさは無い。
「ケン兄ちゃん、パンと水以外のご飯久しぶりだよ!」
「ああ、水ですら魔神様が出してくれて透明だ!」
盛り上がる子供達。
たぶん、イーヴァルディのような鍛冶士以外は、濁った水が当たり前なのだろう。
鍛冶の才能による格差。
それがドヴェルグによる聖剣の故里の絶対的ルール。
「それじゃあ、そのいつものパンを持って俺の所に並んでくれ」
下から炙られ、クルクルと回転する巨大肉焼き機。
それにセットされてるサンドイーターミートに細長いナイフを入れ、薄くスライスしていく。
サンドイーターのシュラスコもどき……いや、ケバブか?
ふともも1本で、牛一頭の丸焼きのような状態になっているし、細かい事は気にしないでおこう。
「わー、お肉だお肉。星誕祭でもないのに、すごい!」
「星誕祭?」
「後日行われる、星の意思様を祝うお祭り! 住人は、その日専用の装飾品を付けて──あ、美味しそう!」
パンを二つにスライスしてやり、流れるような動作で切り分けた肉をたっぷりと挟んでやる。
ふとももの部位は特別にジューシーなので、肉汁がこぼれてパンに吸い込まれる。
砂漠だから保湿的な何かでも、内部で作用していたのだろうか。
全員に行き渡ったあと、回転機から取り外し、骨付きマンガ肉状態にしてフェリが丸かじりしているのが微笑ましい。
「野菜も食えよ、野菜も」
何度もしつこく言っている気がするけど、非常に重要な事である!
偏食は良くない!
テーブルの上にある大皿に、トゲ飛ばしサボテンのサラダを豪快に盛りつけていく。
瑞々しくも、酸味と粘り気のある皮を剥いたサボテン。
地球的に言うと、オクラっぽいものにビネガー風味のドレッシングをかけた感じだろうか。
肉によく合う。
「このサボテン、えらい鍛冶士様でも少ししか食べられないやつだー!」
何か子供達はこれを知っているらしい。
俺も知ってる、トゲを飛ばしてきて服に穴が空いたから。
幸いな事に、野菜嫌いの子供はいなかったようだ。
隠し味として、密かに持ち込んでいた醤油も報われるだろう。
「まだまだあるぞー。腹一杯食え!」
いただきますもせずに食い始めているが、それはご愛嬌というものだ。
こちら視点のルールやマナーなんて押し付ける気も無い。
腹一杯食って満足してくれれば、俺も満足なのだから。
俺は、子供達が必要以上にがっつく姿に苦笑しながら、次々と料理を運んだ。
サンドイーターの少し硬めの部位をトロトロになるまで煮込んだ、砂漠根菜と龍茸の煮込み。
「スープがすっごい濃厚で、根菜やキノコにも味が染み込んでる!」
「こんなの食べた事無い……本当にこれ砂漠で採れたの!?」
ちょっと食感の変化も欲しいと思って作ってみた、軟骨入りサンドイーターハンバーグ。
「ケン兄ちゃん、これコリコリする……変なの~」
「ん~、慣れれば結構癖になりそうな気も」
軟骨はちょっと早かったかもしれない。
割と賛否両論だった。
現地調達でぶっつけ本番だったが、もう少し年齢層を考慮すべきだったか……。
確かに、いきなり幼女とかが軟骨大好きっ子という可能性は低いだろう。
「そういえば、ケン。お前の妹──カノちゃんっていったっけ。どこにいるんだ?」
ケンは、一度も妹らしき人物と会話していない気がした。
無性に軟骨好きか確かめたいのもあり、聞いてみたのだ。
「カノは……部屋で寝込んでる。食事は後で持っていくよ」
「よし、今すぐ持っていこう。冷める前に。これ、すごい大事なことだ!」
俺は皿に料理を取り分け、デザートとして用意しておいた黄色いモノを一足先に載せる。
「え、いや。みんな楽しそうだし、魔神様も疲れているだろうし……」
「おいしいものを、おいしいタイミングで食べさせるまでが俺の役目だ。ほら、手伝いはもう良いから妹の所へ行ってやれ」
ケンは子供達のリーダーとして、ずっと俺をフォローするように手伝っていた。
そんな気の遣われ方はゴメンだ。
さっさと面倒そうな顔をして追っ払ってやる。
「は、はい。ありがとうございます!」
料理を落とさないように、でも早足で進む少年。
少しだけ微笑ましい。
「映司さんと、風璃みたいですね」
俺の横で、クスリと笑うランドグリーズ。
彼女の眼にはそう映るのだろうか。
「そうか? 風璃なら早く持ってこいと催促がうるさそうだ」
「仲が良いって事ですよ」
不意に、脇腹辺りに体重を預けられる。
小さいランドグリーズの背だと、頭が丁度その位置。
つい反射的に抱き留めてしまい、懐かしさを感じる。
「私もたまには~、こうして欲しいな~。なんて……」
「お、おう」
アルマジロのランちゃんの時はともかく、人間形態だと藍綬的な成長した姿も見てしまっているためにドキドキしてしまう。
って、いかんいかん。
俺は何を動揺しているんだ。
そろそろお腹いっぱいになった子供も出てきたっぽいし、デザートの出番だ。
「よ、よし藍綬。デザートのプリンを出すぞ。手伝ってくれ」
俺は、緊張しながらも距離を離し、準備に取りかかった。
「え、あ。はい……」
「好きだったよなプリン」
悲しげに笑うランドグリーズ。
「そう、藍綬の記憶ではそうですね……。ですが、私はランドグリーズです」
そこで、自分が名前を藍綬と呼んでしまっていた事に気が付いた。
記憶だけがある存在と、ランドグリーズ本人の間には複雑な感情があるのだろう。
「俺は……ランドグリーズが食べてくれれば嬉しい。墓に供えても、本当に天国に届いているのか分からなかったしな」
「と、届いてますっ! たぶん……その……気持ち届いてます……」
ランドグリーズなりに励ましてくれているのだろうか。
たぶん、俺が食べ物にこだわる理由も、その記憶から察しているのだろう。
「うん。でも、今日はランドグリーズに──子供達に。俺の手作りプリンをお届けだ」
小さく、冷たく、甘く、黄色い幸せ。
たぶん、彼女が最後に食べたいと思った物。
俺が最初に覚えたレシピ──プリン。




